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閑話 ミリモス・ノネッテという存在

 神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタル。

 帝国との定期的な戦いの後、兵士と騎士の訓練を強化している昨今で、話題となっている存在がいた。

 ミリモス・ノネッテ。とある小国に生まれた、上に何人も兄姉がいる、取るに足りない末弟王子。

 当初の報告では、そうなっていたが、いまでは騎士どもが興味を持つような、注目すべき存在となっていた。


 ミリモス王子がそれがし――騎士王テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウの目にとまる切っ掛け。

 それは騎士ファミリス・テレスタジレッドが、ノネッテ国と帝国とがメンダシウム国の領地についての会談の仲裁役として赴いた後のこと。某の次女姫ことパルベラが己の短剣を下賜した者があり、それこそが件のミリモス王子であると、騎士ファミリスから報告が上がってきたときだった。

 この事実を、騎士国の政治畑の人間が問題視した。


「戦場のことゆえ、パルベラ姫が知りようがなかったとはいえ、他国の王子に騎士王家の紋章入り短剣を与えるなど、由々しき事態になりかねません! ここは一刻も早く、彼の者の手から短剣を取り上げるべきかと!」


 その主張は正しい。

 騎士国の紋章入り短剣を用いれば、某と面会し、言葉を交わすことができる。

 転じて、仮にミリモス王子が野心を持って短剣を利用すれば、騎士国の威を借りて他の小国に威圧をかけることも出来るようになる。

 無論、そんな真似は騎士国の紋章入り短剣の用い方として『正しくはない』ため、黒騎士に命じて回収する運びになるだろう。しかし、それ以後でもやりようによって、あたかも短剣を保持し続けているように演じ、威圧をかけ続けることもできる。


 そんな危険な可能性もあるが、現時点でミリモス王子に瑕疵は全くない。それどころか、他国から侵略を受けた戦争においても、帝国と会談を行ったときにも、件の短剣を用いれば騎士国に助けを求められたやもしれぬのに、そうはしなかった。

 故に、政治畑の者の主張を取り入れ、彼の者から短剣を取り上げることは難しい。

 某は熟考に熟考を重ね、騎士の王らしく端的に、かつ重々しく発言する。


「ならぬ。彼の王子の動向を見るのだ」


 某の言葉に、政治畑の者は委縮したように頭を下げる。

 それもそうだろう。某は王であると同時に騎士の頂点でもある。神聖騎士国の将軍とまでは行かぬが、それに準じるほどの神聖術と剣術の腕前を誇っている。

 いわば生きた台風とも言える破壊力を持つ存在に、人並みの力しか持たぬ政治畑の人間が強く出られるはずもない。

 だがミリモス王子から取り上げる案を却下したとはいえ、他国の王子が騎士王家の紋章入り短剣を保持しているという点は、引き続き問題視しなければならない。

 黒騎士に命じ、ミリモス王子の動向および人となりを、専属で監視させねばならないと判断し、そう命じることにした。



 その後、大して時間も経っていない間にノネッテ国とロッチャ国が戦争状態になり、そしてミリモス王子が先頭にたちロッチャ国の軍隊を撃破したと知らせがきた。

 ロッチャ国は小国の一つとはいえ、大陸の東側で最も優れた武器防具を作る国として有名だ。帝国ですら一目を置き、その武器を輸入していると聞く。

 そんな強国を、爪の先ほどの領地しか持たぬうえ、大して強いとも聞かぬノネッテ国がどうやって破ったのか。

 ミリモス王子に張り付けていた黒騎士からの報告を読み、感心と呆れが半分半分の気持ちになった。

 そんな某の内心を代弁するかのように、政治畑の者が驚きで大声を上げる。


「この報告は正しいのですか! あの王子が黒騎士の監視を逆用したことと、神聖術を用いて戦ったという点は!?」


 その疑問は最もだ。故に某は黒騎士の団長に視線を向ける。

 すると黒騎士団長は、恥じることはない、と体言するように胸を張って喋り始めた。


「報告は正しいと、団長であるこの身が保証する。ミリモス・ノネッテは、騎士国の秘術を用いずに神聖術に目覚めた、天然者であると」


 この言葉は、神聖騎士国の重鎮に対する衝撃をもっていた。

 天然自然に神聖術を用いることができる者の協力を得られれば、神聖術はより高い段階に移行できると目されていたからだ。

 待ちに待っていたその天然者が、よりにもよってパルベラが短剣を下賜した王子とは。

 運命とは数奇なものだ。

 仮にミリモス王子が、小国であっても王の子ではなかったのなら、事情を話して神聖騎士国に招致しただろう。

 しかし、他国の王子に神聖騎士国の強みである神聖術の研究に関わらせることは、国防の観点から難しい。

 さてどうするべきかと悩んでいると、パルベラが一歩前に進み出て発言の許可を求めてきた。

 某が頷いて許すと、パルベラは堂々とした態度で喋り始める。


「御父様――いえ、騎士王テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウ様にお願いがございます。このわたくしに、ミリモス・ノネッテ王子の監視の任をお命じください」


 意外な人物の予想外の要求に、重鎮たちが困惑のざわめきを発した。

 某は手を上げて場を静まらせると、パルベラに続きを話すようにと視線で促した。


「今回の件で、ミリモス王子は騎士国にとって注視するべき存在と変わりました。そして元より、ミリモス王子に私が短剣を渡したことは問題とされておりました」


 パルベラの現状認識に間違いはない。他の者からも制止の声は上がらなかった。


「そこで私自身が問題の責任を取る形で、ミリモス王子の近くに赴いて動向を監視し、問題が起りそうな際には起こさないように誘導するべきだと、そう考えたのです」


 パルベラの主張は正しく、そして騎士国としての益は多々あった。


 パルベラは某の実子ではあるが、心根の優しさから神聖術が不得意であった。そして先の帝国との戦争で怖気づき、守役であった騎士一人を失うという失態もあった。それ故に、次期騎士王の座を望める立場ではなくなってしまっていた。そして将来は配下の騎士の誰かか、隣国かつ友好国の王家かに嫁ぐことになると、半ば決まっていたようなものだった。

 しかし、騎士王家の姫を嫁がせると、嫁ぎ先の家ないしは国の発言力が、否応なく増してしまう。そのことを問題視する政治畑の者たちによって、輿入れの話が前に進まない状態でもあった。

 以上のことから、言い方は悪いが、パルベラの使い道は閉ざされてしまっていたのだ。

 

 しかし、ミリモス王子を長期に監視する任務に就かせることは、それらの問題を一気に解消することに繋げられる。

 短剣の問題と騎士を失った失態は、監視任務の達成で減じることができるはず。

 輿入れの問題も、監視任務を行う期間を用いれば、調整がつくことだろう。

 このまま肩身の狭い思いを抱えたまま、神聖騎士国で暮らすよりはよっぽどいいと考えられた。


「パルベラの求めに応じる。汝に、ミリモス・ノネッテを直近で監視する任務を与える。だが期間は設けぬ。理由なき途中帰還も認めぬ。長期に渡り国を離れることは覚悟せよ」


 厳しい条件を突きつけたのだが、パルベラの考えは変わらなかった。いや、むしろ嬉しそうですらあった。


「御父様、ありがとうございます。では、ミリモス王子の下へ行って参ります」


 一礼し、跳ねるように去っていこうとするパルベラに、待ったをかける。


「汝の任に、騎士ファミリス・テレスタジレッドを連れてゆくがよい。彼の者は、汝の守役であるのだから」

「重ね重ね、ありがとうございます、御父様!」


 パルベラは喜色を隠すことなく言い放ち、玉座の間から去っていった。



 パルベラが監視に向かったことにより、ミリモス王子の行動は大人しくなると思いきや、違った。


「理由もなく戦争を引き起こしたアンビトース国を逆襲し、瞬く間に領土と化したと、騎士ファミリスから報告が!」

「ロッチャ地域は国であった頃より、発展が凄まじいと、黒騎士からの知らせが来ております!」

「ミリモス王子が神聖術と魔法を同時に使えるようになり、騎士ファミリスが訓練で楽しそうと、パルベラ姫様からの文が!」

「今度はハータウト国の求めに応じて、フェロコニー国とプルニャ国と戦争をすることになったと!」


 次々とやってくる報告に、神聖騎士国の実直な騎士たちでさえ、ミリモス王子について噂する。


「騎士ファミリスの直弟子も同然と聞いてはいたが、敵国を次々と迅速に破るとは、どれほどの強さを持っているのだろうか」

「剣や神聖術の腕前だけではなかろう。権謀術数にもたけていると見るべきだ」

「施政者としても有能らしい。領地に硬い道を敷設し、反乱があった際には素早く鎮圧したのだそうだ」

 

 騎士たちが、ことさら注目する理由はわかる。

 詳しい報告を見れば、ミリモス王子が望んで戦争が起ったのではないこと、そして必要に従って敵国を滅ぼして領地を得たことはわかる。

 だが数年という短い期間で、これほどの数の国を滅ぼして領地を得た人物は少ないのだ。

 ましてや元は吹けば飛ぶような小国の出身で、国王ではなく一領地を預かる領主という立場で成した人物などは、極稀にしかいなかったはずだ。

 それこそ英雄伝説ではなく証拠が実在する実例としては、神聖騎士国家の初代騎士王様の若かりし頃しかなかったと記憶している。

 騎士王として、初代騎士王以来の快挙とミリモス王子に賛辞を送ればよいのか、それとも帝国に次ぐ新たな脅威と認識するべきか、悩んでしまう。

 ミリモス王子の人となりに問題はない。パルベラの恋する先にミリモス王子がいると知った際に、消極的ながら仲を認めるほどには、彼の者が善良であると分かっていた。


 ――ふむっ、なるほど。

 パルベラの輿入れ問題と、ミリモス王子が神聖騎士国の脅威と化さないための解決法が一つあったか。

 某は、騎士団の団長と政治畑の頂点を呼びつけ、宣言した。


「ミリモス王子に、パルベラを嫁がせる。そのように準備せよ」


 某の命令に、騎士団長は諾々と従い、政治畑の者は意を唱えた。


「パルベラ姫様を、小国の王位を継げるかも怪しい末弟王子に嫁がせるのですか! そもそも、いま彼の者は戦争の真っ只中。戦いで死亡し、準備が無駄になることもあり得ます!」


 現状認識に間違いはないが、某は直感していた。


「ミリモス王子は勝つ。そして領地を広げる。そも、本国より広い領地を持つ者が、本国の王位を求める理由があるはずもなし」


 少し長く喋りすぎたが、政治畑の者を納得させるには、必要な発言量だろう。

 事実、政治畑の者は納得し、発言を取り消した。

 これで、パルベラがミリモス王子に嫁ぐことは決まった。

 だが本決まりにする前に、その顔を直に見なければならないだろう。

 某も人の親。娘の幸せのために、彼の者を見極める必要があるのだから。


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[気になる点] 政治畑の者は意を唱えた。→異を唱える
[気になる点] この閑話だと、ロッチャ国との戦争の際には黒騎士からの報告で、ミリモスが神聖術を使える事が既に騎士国で判明しているわけですが、 パルベラ姫やファミリスが、初めてミリモスの神聖術を知った(…
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