百二十四話 統治作業は続く
ハータウト国のクェルチャ四世はフェロニャ地域を去った後、その足でノネッテ国に行きチョレックス王と面会し、ハータウト国がノネッテ国の属国になるための交渉を行うらしい。
この案件は俺の手から離れたと判断して、フェロニャ地域の統治に力を改めて入れることにした。
次々に上がってくる報告書や財務状況を読み込み、役人たちに的確な指示を心掛けていく。
統治作業も三地域目だし、慣れたものだ。
「両国間にあった緩衝地帯を取っ払い、開発地として運用していく。旧フェロコニーと旧プルニャの住民が半々になるよう、移住者の選定をお願い」
「その地に畑や建物を作るのは、移住者が行うのですか?」
「畑はともかく、当面の寝泊まりのために必要な簡単な小屋ぐらいは、こちらで作ることにしようか。緩衝地帯の魔物の調査に兵士を当てる予定だったから、その兵士たちに作らせよう。ドゥルバ将軍が捕まえた傭兵たちと共に戻ってきてから命じることにするよ」
「ドゥルバ将軍といえば、各地に散った傭兵を追っているとのことですが」
「次々に成果を上げているようだよ。ザードゥ砦から来たロッチャの兵たちを別動隊として使って、追い込みをかけているようだ」
そういえば、俺がザードゥ砦に向かわせた兵の統率役は、ロッチャ国との戦争でノネッテ国の山を占拠した先遣部隊の隊長だったな。
ザードゥ砦からプルニャ国を攻めろって無茶振りしちゃった詫びと、今回の戦争の功績で、将軍位を上げることにしよう。
忘れないうちにメモを取り、統治作業に戻る。
「産業の調子はどう?」
「この付近は森林地帯なので、特産の木工細工はあまり売れていません。帝国へ販路を広げたいのですが、ハータウト国と競合していsまっていますので」
「新しい産業が必要ってことか」
現状はわかるけど、悪いが俺は森林地帯について門外漢だ。起死回生となる方策は浮かばない。
「新規産業については、おいおいでいいんじゃないかな。ここはノネッテ国の一地域になったわけだから、違う地域との繋がりで販路が開けるかもしれないしね」
「そう願っております。続いて、フェロニャ地域と国土を接する、バイブーン国から親書が届いています」
「ノネッテ本国のチョレックス王に転送しておいて」
「いえ。ミリモス王子を名指しで来てますので」
俺に? と疑問を抱きつつ、バイブーン国からの親書をやらを開封した。
一気に読み下して、すぐに興味を失った。
「単なる挨拶だったよ。仲よくしましょうって感じの文章を、外交的に整えて送っておいて」
「あの国と、仲良くするのですか?」
役人の一人が嫌そうに言い放った言葉が、不思議だった。
「バイブーン国は、仲良くしちゃダメな国ってことかな?」
「いけないとまでは言いませんが、彼の国は『コウモリ』です。帝国とフェロコニー国とプルニャ国を始め、その他周りにある国々の情勢を常にはかりにかけ、上手く立ち回るだけで利益を得ようとする、あくどい国なのです」
バイブーン国に辛酸を舐めさせられた経験があるようで、口調が苦々しい。
「気持ちはわからなくはないけど、帝国相手でもはかりにかけるほどに外交手腕に長けているって、評価すべき点じゃないかな」
「そのことに、帝国が気分を害しているという噂があるとしてもですか?」
「……侵略する理由が出来て帝国が出張ってくることになったら、ちょっと困るかな」
バイブーン国が帝国領土になってしまったら、ノネッテ国の領土が立地的に帝国に頭を抑え込まれる形になってしまうしね。
でも、困りはするけど、そうなったらそうなったときという気持ちもある。
なにせ帝国相手には、武力でも経済でも勝てないんだ。帝国がやることを受け入れて、上手く付き合っていくしか生き残る方法はないんだしね。
「とはいえ、隣国と仲悪いよりも、仲良くしていたほうが利点は多いはずだ。こちらから友好の手を伸ばすぐらいはしてもいいでしょ」
「ですが――」
「別に懇意にしたいってわけじゃないのも事実だからね。外交的な礼節として、仲良くしましょうと言うだけでいいから」
「――そういうことでしたら」
なにやら根深いものがありそうだなと感じつつ、俺は統治作業を続行していくのだった。
ドゥルバ将軍がフェロニャ地域の全域を精査して、戻ってきた。
そして捕獲して連れてきた傭兵は、二千人にもなっていた。
「随分と捕まえてきたね」
「これでも、フェロニャ地域の兵になると約束した者だけを選別したのですよ」
「それ以外の傭兵は?」
「こちらの提案を拒否した傭兵は、すべからく無謀な突撃をして参りましたので、野草の肥料と化しましたな」
「無茶な要求をしたんじゃない?」
「まさか。フェロニャ地域の兵となるからには、これぐらいの訓練をやると、懇切丁寧に説明を行っただけですな」
「……傭兵たちは、そんな訓練には耐えられないって逆上して襲ってきたってこと?」
「まったく、訓練を嫌がり命を投げ出すなど、軟弱にもほどがありますな。これだから傭兵に堕した者は、民から信用されんのです」
どんな訓練をすると言ったのか気になるけど、俺が参加する未来が見えて、藪蛇にならないよう尋ねることは止めることにした。
「その傭兵を訓練して、立派な兵士に育てるわけだよね」
「なにやらフェロニャ地域周辺に、きな臭い国が存在するらしいので、兵のシゴキ甲斐があります」
「潰れない程度にお願いね」
「潰しきる前に、兵に仕立てて御覧に入れましょう」
ここで俺は、ドゥルバ将軍の言い分を正しく理解する。
元傭兵たちには悪いけど、フェロニャ地域の安定のためだ。命の残量を削って人格が変わるぐらいに過酷な訓練を、甘んじて受けてもらおう。
「さて、今回も民に大した被害を出さなかったこともあって、統治作業は順調だ。もうちょっとしたら、俺はロッチャ地域に戻ることにするよ」
「フェロコニー国とプルニャ国の王族は追放したのでしょう。代理は誰を立てるので?」
「役人の一人に真面目な人が居てね。彼に一先ず任せることにした。この地の領主についてチョレックス王の裁可が下るまでは、平穏に収めてくれると思う」
「本当に大丈夫ですかな。いまは真面目に見えていても、立場は人を変えるものですぞ」
「平気だよ。俺の後ろには、こわーい騎士国の監視がついているんだ。悪いことなんてしようものなら、頭と胴体が分かれることは、その彼に伝えてあるしね」
「それは効果的な脅し文句ですな」
ドゥルバ将軍と共に人が悪く見える笑顔を交換していると、執務室にパルベラ姫がファミリスを伴って入ってきた。
お茶の時間には早いし、どうしたのだろうと見ると、パルベラ姫は満面の笑みで、ファミリスは諦めと苦悩が混ざった表情をしていた。
「本当にどうしたの、二人とも?」
事情が予想できなかったので言葉で尋ねると、パルベラ姫がその笑顔と同じように嬉しそうな声で告げてきた。
「御父様――騎士王陛下が、ミリモスくんを王城に連れてこいって仰っているの」
「……はい?」
超大物からの唐突な要請に、俺の頭の中はパニックだ。
騎士王に呼び出されるだなんて、それぐらいに悪いことを俺はしでかしたのだろうか。
いやまあ、小国を三つ四つ落としたことは、悪いことに当てはまるかもしれないけど、それは吹っ掛けられた戦争に対応した結果であって、俺自身が侵略しようと思ったことはないんだけどなあ。
そんな風に思考が暴走していると、ファミリスが溜息を吐きだしたことに気付いた。
「はぁ~~~。跳躍著しい稀代の風雲児を一目見たいと、騎士王様が仰られているのだ。ついでに、パルベラ姫が短剣を渡した男の子の性格も直に見てみたいと」
「稀代の風雲児って、それと俺の性格をって」
変な評価のされ方に困惑する。
一方で、ファミリスが『騎士王が俺の性格』を重視していると語った際に、より苦渋に満ちた顔をした点が気になった。
その様子はまるで、可愛いい妹に恋人ができたと知った姉のようで――
「ミリモス王子相手ですので単刀直入に言いますが。騎士王様は、ミリモス王子がパルベラ姫に相応しい相手だと判断したら、婚約者という形を取っても良いと考えています」
「――って、本当にそういうことだった!?」
ファミリスの言葉に驚く俺とは反対に、パルベラ姫は人生の絶頂期の到来を予感しているかのような満面の笑みを浮かべていたのだった。