百二十三話 ハータウト国の判断
元エイキン王太子ことクェルチャ四世が、フェロニャ地域と名を変えた土地の中央都にやってきた。
「よく起こしになりました。そして即位とクェルチャ四世への戒名、おめでとうございます。混乱を収めている最中なので、大したおもてなしができず恐縮しきりです」
「いやいや。忙しい時期と承知で来たのだから、気にしないでくれたまえ」
クェルチャ四世は、王太子から王に相応しい口調に変わっていた。
それからお互いに他愛無い挨拶を交換し、双方とも忙しい身だからと、さっそく会談に入ることにした。
今回は友好国同士の話し合いとあって、パルベラ姫とファミリスの監視はしないことになっている。
「それで、早急に話し合いたいこととは?」
俺が水を向けると、クェルチャ四世はハータウト国の内情を話し始めた。
「先の戦いによって、我が国の情勢が大きく揺らいでしまっている。それこそ、国の運営の屋台骨を揺るがしかねないほどに」
「結果的に戦勝しているのにですか?」
「そう『結果的に』だ。民たちの考えでは、我が国のみの戦いであったのなら、国が滅んでいたと見る向きが強い」
確かに、ハータウト国だけで戦っていたら、陥落していた可能性はとても高い。
「ですが、こちらに助けを求めるという決断をしたのは、クェルチャ三世国王でした。そのお陰で国が滅ばずに済んだという事実を無視する意見は真っ当ではないのでは?」
「ふっ。ミリモス王子は思慮深いな。しかし覚えておくとよい。民とは目の前にある出来事にしか認知できないものであるとな」
随分な言い方だなと、前世では小市民の一人だった身からすると感じてしまう。
けど、この世界に生まれ暮らしてから培った知識に基づいて考えると、クェルチャ四世の考えも分からなくはなかった。
なにせ、この世界の人民の数割は四則演算が覚束ず、さらに大半が文字の読み書きができないという。
兵士教育課程で習うノネッテ国や、鍛冶などの商業が盛んなロッチャ地域は、知識的なアドバンテージが他の国よりあるほど。
そんな物を考えるという習慣のない人たちだからこそ、物事の前後関係を考慮に入れるということが難しいという評価は、多少納得がいくものでもあった。
「ハータウト国の国民は、どうしたいって言っているんですか?」
「不満を言うだけで、具体的な考えは全くないのだよ。ただただ、不安だ不安だと叫ぶのみだ」
「そんな状況を平定するには、その不安感を払しょくするしかないように思うんですが?」
「その通り。不安感を取り除くために、我はここに来たのだよ」
事情はわかったけど、本題が見えない。
「それで、ハータウト国はノネッテ国に何を求めるのです?」
「求めるのではなく、お願いするのだよ。ハータウト国を、其方の属国に落としてはくれぬかとね」
予想外の提案に、俺は目を剥いて驚いてしまった。
「属国って、本気ですか?」
「個人的な要望では領地と化してくれても良いとも思っていたのだが、流石に家臣たちが納得しなくてな」
「……よくそんな思い切った考えに至りましたね」
「現状を正しく認識すればこそだよ」
そこからクェルチャ四世が語ったのは、ハータウト国の現状の立地についてだった。
「北に帝国、東西と南には帝国が同格国と認めたノネッテ国の領土。まさに四方を囲まれてしまっている。この状況では、経済活動も治安も、帝国とノネッテ国に握られたも同然とは思わぬか?」
現状、ハータウト国が貿易できるのは、帝国とノネッテ国だ。しかしハータウト国は帝国に借金があり、ノネッテ国――ロッチャ地域にも武器の代金を現物で支払っている最中。
もし帝国とノネッテ国が協調してハータウト国に経済戦争を仕掛ければ、あっという間に干上がってしまうだろう。
干上がる前に国として起死回生の一手として戦争をしかけようと、大陸を二分する超大国である帝国に勝てるはずがないし、鋼鉄を装備するロッチャ地域の軍を相手にしても勝ち目が薄い。
まさに四面楚歌だった。
「国が徐々に衰える未来しかないのなら、元気なうちに身売りをしようということですか?」
「まさに。そしてその相手は、ノネッテ国こそが相応しい。いや、ミリモス王子が治めるロッチャ地域にと言った方が正しいかもしれない」
「評価してくれることは有り難いですけど、国の規模からいって、帝国の方が安泰では?」
「それは違うぞ、ミリモス王子。帝国は下ってきた国を、そのまま国として存続させるほどお人よしではない。国は解体され、接収された人民は二等民という、一段低い位置に置かれることになるのだよ」
話を聞くだけでは実感が得られないけど、前世でいうところの植民地政策のようなものだと考えることにした。
「ハータウト国という形を残すためには、ノネッテ国の属国になる道しかないということですね」
「それに、我が国が帝国の土地に組み込まれたら、ノネッテ国側も困るのではないかな?」
クェルチャ四世の言い分には一理あった。
もしハータウトの土地が全て帝国のものになったら、ロッチャ地域とフェロニャ地域の接続が分断されてしまうからだ。
けど、それに対する妙案は、俺の中に存在していた。
「そんな事態になったら、フェロニャ地域を帝国に売り渡しますよ。そうすればロッチャの借金を失くすことができるでしょうしね」
「戦いで得た土地を、そんな簡単に手放す気なのか!?」
「戦争の棚ぼたで手に入れたようなものですから、フェロニャ地域に愛着なんてありませんから。でもまあ、仮定の話ですよ」
別案として、ロッチャ地域からフェロニャ地域まで、山に穴を開けてトンネルを通すというものも考えてはいた。
これはハータウト国が意地悪してきたときのための用心なので、クェルチャ四世に教える気はないけどね。
「ともかく、ハータウト国がノネッテ国の属国になりたいという要望は聞きました。それで属国になる際の条件について、なにかありますか?」
「属国になるというのは表向きのことで、実質はいままでと変わらないようにしたい」
「旗印だけ変え、他は同じでいたいだなんて、虫が良いと思いません?」
俺のツッコミに、クェルチャ四世は分かっていると頷く。
「何もかも同じというわけにはいかぬだろう。なので、ロッチャ地域とフェロニャ地域を行き来する際に関税は一切取らないというのはどうか?」
流通を考えると、嬉しい提案だった。
「でも、それだけですか?」
「逆に問うが、他になにを欲するのか」
折角傘下に入ってくれるならと欲をかいてみたものの、ハータウト国に期待できることは少ない。
ロッチャ地域でハータウト国から輸入しているものというと、木の実や果物と香草に木材関係しかない。
でも、食料には困っていないから――
「毎年一定量の炭や木材を、ノネッテ国に献上してくれるっていうのはどうでしょう」
「むっ……量によるが、それぐらいならば」
「では、その取り決めでお願いします。もっとも、より詳しい内容は、ノネッテ本国にいるチョレックス王と詰めてくださいね」
「もちろんだとも。だが、ミリモス王子との事前決議という下敷きがあれば、すんなり了承してくれるであろうがな」
クェルチャ四世の俺への評価が、ちょっと過剰に感じた。
「そんなことはないと思いますよ。なんたって僕は、末弟王子ですし」
「ははっ。これほど孝行な末弟がいたら、上の兄姉は心休まらぬに違いない」
なぜか冗談のように受け取られちゃったようだけど、訂正するのも面倒だしと流すことにした。






