百二十一話 終戦交渉
プルニャ国側の降伏示唆によって、戦争は一時休戦に。そして両側の代表者が、終戦交渉に入ることとなった。
こちら側の代表は、もちろん俺。
相手側の代表はプルニャの国主、パストリア国王。
そして議長役には、もう当たり前になりつつあるけど、パルベラ姫とファミリスが担ってくれることになった。
「では、ノネッテ国ロッチャ地域の領主ミリモス・ノネッテと、プルニャ国が国王パストリア・プルニャ。双方、いまより終戦交渉を開始しなさい」
ファミリスの宣言の直後、真っ先に口火を切ったのはパストリア国王の方だった。
「まずは、このように終戦交渉に応じてくれて礼を言わせていただく」
「まだ交渉が締結していないのに、お礼を言うのは早いと思いますけど?」
「それでも、礼を言わせていただきたい。ミリモス王子は、こちらの要請を無視して戦争を続行することが出来た。しかしそれをしなかった。そちら側が優位に勝つ目算が高かったにも関わらずだ。お陰で、王都に住む無辜の民に戦火が降り注ぐことを防げる可能性が生まれたのだから」
無辜の民、ねえ。
俺たちに向かって、陣地の外からデモまがいの罵詈雑言を浴びせてきた人たちを考えると、そうは思えないんだけどなあ。
まあ、あの人たちが特殊な事例だったり、プルニャ国が雇った人物だったりする可能性もあるから、言い分については納得しておこう。
「前置きはそのあたりで。それで、パストリア国王。終戦を締結するにあたり、貴方は、貴方の国は、こちらに何を差し出す心づもりなのでしょう?」
俺が王子口調かつ強気な態度を演じながら告げると、パストリア国王の表情がぐっと硬くなった。
「国土の半分を割譲いたす」
国の半分を売り渡すとは、思い切った提案だ。
でも、今の状況はロッチャの軍がプルニャ国の喉元に剣を突きつけているのも同然。生殺与奪の権利はこちらにある。
そう考えると、向こうが渡すものが軽いと思わないでもない。
しかし、利点もある。
国が存続するということは、その国が抱えている借金を、国土を支配した国が肩代わりしなくてもいいということ。
現時点で、俺はフェロコニー国を滅ぼして土地を手にしてしまい、フェロコニー国が抱えていた借金が上乗せされてしまっている。ここで更なる借金の上乗せは勘弁してほしいところだ。
そう考え、相手の要求を呑もうとして、待てよと考え直した。
プルニャ国は帝国と接していない。つまり、帝国からの借金を抱えていない可能性が高い。
むしろ、親交国だったフェロコニー国に借金をしていると考えるほうが自然だろうな。
さて、フェロコニー国の借金と資産は、全て俺の手中にあるわけだ。ここでプルニャ国を滅ぼして支配したところで、フェロコニー国と一元化してしまえば、国内事情としてプルニャ国がフェロコニー国にしていた借金を帳消しにすることが可能にできる。
では借金のことを考えなくていいのなら、プルニャ国に国土の半分を相手に残してあげる必要性はあるのだろうか。
正直言うと、支配地の拡大は面倒事が増えるのでイヤではある。
けれど、国土の半分をもらおうと、全部を武力で奪おうと、統治する際の作業量的にはあまり変わりがない。このことは、ロッチャ地域とアンビトース地域での統治作業で理解していた。
「国土の半分ですか。ちなみに、どこを割いて渡してくれるつもりでいますか?」
普通に考えるなら、こちらが治め易いように気を利かせて、こちらが接収したフェロコニー国に接する上半分の土地を渡してくることが道理だろう。
しかし、プルニャ国の王都と王城はフェロコニー国の近く、つまり上半分の中にある。
もし上半分を提案し、王都と王城を遷都する決断をするなら、その心意気を汲んで終戦を了承しよう。
だがもし下半分と言ってきた場合には――
「国土の右半分を差し出そう」
――これは予想外だ。
「すみません。右半分とは、詳しくはどこを指しますか?」
「国土の真ん中を縦に割り、右をそちらに、左はこちらのままということだ」
地図を頭の中で思い浮かべるに、鉱石が採れる山側をプルニャ国側は堅持したいのだろう。
そして、プルニャ国の右側に存在する他の国の脅威を防ぐ盾として、こちらを使う気なのだろうな。
生憎だけど、そんな条件が飲めると思っているのだろうか。
「話になりませんね。こちらを甘く見過ぎているという他ありません」
「なぜだ。貴国の誠実さを信用し、割譲した際には、この王都と王城が国境近くになるようにしているのだぞ」
調子の良いことを言ってはいるけど、プルニャ国の主要輸出品と目される鉱石と王都の位置は堅持したい、という思惑が透けている。
敗戦間近で国土の全てを失う寸前の国が、終戦交渉で提案していい条件じゃないだろうに。
こんな相手に、慈悲をかけてやる気は失せた。
「そちらの言い分は聞きました。では、こちらの言い分を言わせていただきますと――プルニャ国の無条件降伏です」
俺が笑顔で告げると、パストリア国王は唖然とした後で顔色を怒りで真っ赤にした。
「無条件だと! そんなものが――」
「飲めないというのなら、交渉は決裂。明日に戦争が再開です。そうなったら、プルニャの王都と王城は火の海に沈むことになるでしょうね」
俺は無慈悲に未来予想を言い放つ。
パストリア国王は口惜しそうし、そしてパルベラ姫とファミリスの方へ顔を向ける。
「騎士国のお二方。ミリモス王子の情のないこの物言い、看過してよいのですか!」
助けを求めるような声だったけど、パルベラ姫とファミリスは取り合わない。
「申し訳ありませんが、ミリモスく――ミリモス王子の言い分に過誤はないように感じております」
「過ちがあるとすれば、そちらの言い分であろう。剣の切っ先が喉元に突きつけられている者がする命乞いにしては、現実が見えていないと言う外がない」
ファミリスにバッサリと発言を着られて、パストリア国王は呻く。
「うむむっ。では、どのようなものなら妥当だと」
「国土は全て明け渡すので、王の首一つで事態を収め、統治の際には民に惨い真似はしないで欲しい。これが終戦を締結するに最低限の条件であろう」
「そんな! 騎士国の騎士様の発言とも思えない、厳しいことを!」
「なにが厳しいか! 将来の遺恨を断つために、王族とその親類を連座させることが普通なのだ! 王の首一つで許されるなど、これ以上がないほどに優しい条件であろうが!」
騎士口調で怒鳴られて、パストリア国王が身を縮めている。
小国の一軍なら単身で殲滅可能な騎士国の騎士の怒声は、やっぱり怖いものだよね。
そう理解しながら、俺はファミリスの発言を王子口調で訂正しに入る。
「僕としては、プルニャ国の国土を渡し、王族は国外へ出てくれるだけで十分ですよ。王族の命や首なんて貰っても、使い道がありませんしね」
今までもそうしてきたしと思いながらの発言は、ファミリスには不評だった。
「ミリモス王子。優しいだけでは、領地を治めることはできないのですよ」
「それは分かっているけどさ、人間生きていればこそ浮かぶ瀬もあるってものでしょ」
「滅んだ国の王族の瀬など、浮かべば災厄しかないのですから、踏み付けにしてでも浮かべさせないに越したことはないでしょう」
ファミリスの言い分の方が、この世界で当たり前なんだろう。
下手に温情を与えて、将来の禍根を残すことはないというのは、理屈の上では当然だ。
でも、俺にだって言い分はある。
多少の譲歩をしてでも、戦争は早く終わらせるに限る。
王と王族の命だけは助けると言えば、彼らが徹底抗戦を選ぶ理由は失われる。そして王都決戦を起こして民に被害が出る前に済ませられれば、民の悪感情がそれほど募らずに済ませられる。
その利点を考えれば、王族連中が他国で再起を図るのを見過ごすぐらい、どうってことはない。
むしろ他国の手を借りて戦争を仕掛けてこようものなら、今回のように返り討ちにして、国土を奪い取ることだってできるかもしれないしね。
って、いけないいけない。
連続で戦争をし続けている弊害か、思考回路が物騒になりつつある。
平和が一番。これを忘れないようにしないと。
「それでパストリア国王。どうします?」
「……どう、とは?」
「騎士国の騎士様の意見を受け入れて、その首をこちらに差し出す。僕の意見を受け入れて、王族は他国へ出奔する。どちらにするかということです」
「プルニャ国の全国土を明け渡さなければいけない点は、譲れないと」
「交渉を蹴り、敗色濃厚な戦いで王都と王城を戦場にし、敗北して一族郎党連座することが、お望みですか?」
現実を突きつけるように言うと、パストリア国王は項垂れた。
「プルニャ国をお渡しすれば、我が一族の命は助けてくれるのですな」
「ええ。他国へ逃げるための馬車、多少の資金と食料も融通してあげます」
「……わかった。その提案を受け入れ、降伏する」
パストリア国王の決断によって、ハータウト国とフェロコニー国を発端とする戦争は、集結することになったのだった。