百二十話 プルニャ国の思惑は
プルニャ国の王城近くで休憩すること三日が経った。
その間、日に日に野次馬の数は多くなって、こちらに投げてくる言葉も多種多様になってきた。
「お前たちが陣を敷いている場所は、プルニャ国の土地だ! 即刻、退散しろ!」
「戦争の装いを見せつけて、私たちの生活を脅かして、何がしたいのよお!」
「この国に傭兵は要らない! 即刻祖国に帰れ!」
彼らは自分たちの要求や、間違っている情報を声高く叫んでいる。
それ自体は、うるさい以外の実害はないので結構なんだけど、俺は彼らの頭は大丈夫なのかと心配になってきた。
なにせ俺たちは他国の軍隊で、そしてプルニャ国を攻めに来ている。つまりは、陣地の外でデモ活動もどきをやっている人たちの命を奪いこそすれ、守ってやる義理は一切ないのだ。
それこそ、俺がうるささに癇癪を起して兵士に「あいつら、殺してこい」と命令したら、あっさりと実現できてしまう。
その事実を理解して、あの人たちは自分の命をなげうつ覚悟で、デモもどきをやっているのだろうか。とてもそうは思えない。
「人のやることって、理解できないことも多いなぁ」
思わず呟いた言葉に、笑い声が反応として返ってきた。
声の元を辿ると、パルベラ姫が口に手を当てて笑っていた。
「ミリモスくんが、それを言うんですか」
「そんなに笑われるようなことを言ったかな?」
「言いましたよ。だって、ミリモスくんの行動の方が、多くの人は理解できていないと思いますから」
そうだろうか。俺は『必要だったから』とか『できそうだから』という理由でしか、行動してこなかったように思うけど。
俺が疑問顔になっていると、パルベラ姫の意見に彼女の後ろにいたファミリスも同意してきた。
「魔法と神聖術を共に使えるという点だけで、多くの人はミリモス王子のことを理解できないと確約しますよ」
「それは騎士国の人間であってもってこと?」
「もちろんです。そも、正と負の神聖術を使い分けること自体、規格外なのですよ」
「いやいや。神聖術の出力を絞っていけば、隠れ身の――負の神聖術は使えるでしょ?」
「ミリモス王子。普通の者は、神聖術の威力を上げるか、もしくは下げるかの一方向しか、調節が効かないものなのですよ」
「それは練習しても出来ないってこと?」
「そも練習しようだなんて思いませんよ。仮に誰もが正負の調節が可能だったにせよ、正なら正のみ、負なら負のみに注力した方が、同じ訓練時間でも調節が可能になる幅が変わってくるわけですから」
ここまで言われたら、俺の何がこの世界の常識と違うかを理解できた。
「正負の神聖術に加えて、魔法も使えるなんて、時間と才能の無駄遣いにしか見えないってわけだね」
「無駄とまでは言いませんが、そうする必要性が理解できないというわけです」
「単純に、できそうだから試してやってみたってだけなんだけどなぁ」
「そんな趣味の手習いように」
「いやいや。そもそも俺って、小国の末弟王子だよ。魔法の練習は日常の手慰みみたいなものだったし、神聖術だって魔法の練習の派生で身に着けたものだからね」
俺の弁明に、ファミリスは呆れ果てた顔になり、パルベラ姫はより嬉しそうな笑顔になっていた。
「それが普通じゃないと言っているのですけど」
「自分の行いに、正しい評価が出来ていない点など、ミリモスくんらしいですよね」
ファミリスは兎も角、パルベラ姫からはよく分からない評価をされた。
意味を図りかねていると、俺たちの会話の邪魔をするように伝令が現れた。
「ミリモス王子。兵士たちの休息は十分であると、調査が上がりました」
「報告ありがとう。ザードゥ砦方面から進軍中のはずのロッチャの兵たちの状況は?」
「そちらも偵察兵より報告があります。あと二日で、こことはプルニャの王都を挟んで反対側の位置に到着する予定です」
「彼らと戦っているはずの、プルニャ国の兵士たちは?」
「ロッチャの兵の追撃から本隊を逃がすために殿を何度も使ったことで、大分兵力が減っているようです。脱走者も多く出ているという見解もあります」
「プルニャ国の兵士たちの目標は、プルニャ国の王城に立てこもることかな?」
「そこまでは分かっていません」
「そう。ならプルニャの王城の様子はどう? あの喧しい人たちを扇動しているのは王城っていうのが、俺の見立てなんだけど?」
「王都で流れている噂ですが、王都の警備を全て城に引き上げて戦力を集中させているようで、治安の悪化が問題視されています」
だから「私たちの生活を脅かして」なのか。
でも、王城に戦力を集中させることは、当たり前の手段だろうな。俺たちが王城の裏側――つまり王都の端っこ近くに陣取っているから、俺たちの進軍によって王都に被害が出る可能性は薄いしな。
でもそうなると、ザードゥ砦のロッチャの兵たちがくる明日か明後日の間に、プルニャの王城に動きがないとおかしい。なにせザードゥ砦からきたロッチャの兵たちが現れるのは、俺たちと王城を挟んで反対側――つまり王都全域が戦闘領域に入ってしまうんだから。
王都に被害を出さないようにするとなると、乾坤一擲の突撃しかプルニャ国側には手はない。
失敗すれば後がない背水の陣をしっかりと敷くためには、ザードゥ砦から逃げてきた兵力を取り込める明後日が適している気がする。
なんて予想をしてみても、プルニャ国の首脳陣がどう考えるかはわからないから、こちらは用心することしかできないんだよね。
「ありがとう、助かったよ」
礼を言って伝令を立ち去らせると、俺はパルベラ姫とファミリスと一緒に気楽な休憩で時間を潰すことにした。
そして俺が予想した通りに、二日後、プルニャ国側に動きが現れた。
「プルニャ国の王城を出発した兵士、およそ二千がこちらに進出してきています」
伝令の報告に、俺は頷き、兵士たちに迎撃の指示をだす。
たっぷりと休憩を入れられたので、兵士たちの気力も体力もみなぎっている。
千人も数が少ないうえに装備に劣った相手なんだから、戦争の勝利は堅い。
戦争に絶対はないから、気は抜けないけどね。
「さて、寡兵なのに野戦を仕掛けることを選んだんだ、どんな戦法でくるかな?」
俺の度肝を抜くぐらいの作戦があるに違いないと、ロッチャの兵たちと共に緊張感を持ちながら待つ。
そうして、俺たちの前――およそ二百メートル先のところで、プルニャ国の兵たちは停止した。
さあ何をしてくると身構えたところで、プルニャ国の兵の先頭の一人が、盛大に旗を振り始めた。しかも豪華な装飾が入った旗をだ。
なにかの合図かと周囲を警戒するが、側面から突撃してくる伏兵がいるわけでもなく、何事もなく時間だけが過ぎていく。
「どういうこと?」
と俺が疑問の声を出すと、隣にネロテオラがやってきた。勿論その背には、ファミリスとパルベラ姫が乗っている。
そしてファミリスが、あの振られている旗の意味を教えてくれた。
「ああして王家の紋章に斜め線を入れた旗を振るのは、こちらへ降服をすると意思表示する動作ですよ」
ファミリスに指摘されて、よくよく見てみると、振られている豪奢な旗には斜めに黒い線が入れられていた。
なるほど、あれがこの世界で言うところの『白旗』なのか。