百十九話 プルニャ国の王城近くで休憩中
プルニャ国の王都近くに陣取り、ロッチャの兵たちを休ませて精気を整えさせていく。
その間、各種の確認を兵の指揮役と行っていく。
「ファミリスが小川を発見してくれたから、水の心配はなくなった。食糧の方はどう?」
「フェロコニー国の王都で接収したものがあるので、大分余裕はありますな」
「兵たちの武器の調子はどう? 砦の門を破壊するのに使ったりと、酷使しちゃったけど」
「兵の中には、鍛冶屋の息子もおり、応急修理はできております。もっとも、それほど損耗はしていないようです」
「流石はロッチャで製造した武器ってことかな。次――プルニャの王都の様子は?」
「偵察兵の情報では、我らが行った『フェロコニー国に勝った。プルニャ国は下れ』という宣言で、民に混乱が広がっていると。本当にフェロコニー国は負けたのか、プルニャ国はどうなるのかと」
「じゃあ王城のから、なにか宣言はあった?」
「特になにもありませんな。我らがきて一日も経っていませんからな。対応を決めかねておるのではないかと」
俺たちがもうここにいるのに悠長なことだと思うけど、プルニャ国の側に立って考えてみると、仕方がないのかなとも思える。
「戦争を主導していたフェロコニー国が無くなっちゃったんだ。混乱して方針が決められないんだろうなあ」
「二国で一国を攻める楽な戦争のはずが、国を二方向から攻められる形になってますからな」
「それを実行しているのは、戦争の当初では関係がなかったロッチャ地域の兵だから、想定の外の事態だろうね」
本当に、なんで俺が出張っている事態になっているのだろうと、世の中の不思議について考えこみたい気分になる。
そんな益体もないことを考えても仕方がないと気分を入れ替えて、確認を続けていく。
「ザードゥ砦の方の情報はない?」
「どうやら、あちらのプルニャ国の兵は撤退中という噂がありますな」
「へぇ。上手くやったんだ。どうやったか知っている?」
「不確かな噂ではあるのですが、なんでも自由自在に動く火の球が現れ、食料の集積所と指揮官の天幕に当たり、大炎上を起こしたのだとか」
「いやいや。帝国の魔法じゃあるまいし、そんな真似、できるはずが――」
と口にしかけて、本当にできないかを考えてみた。
単純な魔法では絶対にできない。それほどの技術は、ロッチャ地域にはないからね。
油を染み込ませた布に火をつけて投げるのはどうだろう。投げ方を変えれば、変化球のようなことができるかもしれない。
いや、物資の集積地や敵指揮官をピンポイントで狙うのは無理か。
そう考えこんでいると、兵の指揮役が不審な顔を俺に向けていることに気付いた。
「ああ、ごめん。どうやったら、火の球を自由に操れるのかなって考えちゃってね」
「ミリモス王子。さっきのはあくまで噂ですからな。もし噂が本当だとしても、使用したのは我がロッチャの兵。あとでどうやったかお聞きになればいいでしょうに」
「それもそうだね。じゃあ次は――」
そう話を進めようとしたところで、陣地の外から大声が聞こえてきた。
「我らがプルニャ国に攻め入ってきた、野蛮な連中にモノ申す!」
不躾な大声に、俺と指揮役は揃ってお互いに顔を見合わせると、天幕の外へと出て謎の声の出元を確かめに走り出した。
休憩していたロッチャの兵たちも武器と鎧を装備して、声がした付近に集まり始めていた。もちろん、周辺警戒用の人員は配置されていて、その人たちに限っては持ち場を離れてはいない。
屯する兵士たちの向こう側から、また大声がやってきた。
「フェロコニー国が滅んだなどと虚言を用い、プルニャ国の人心を惑わせ、その隙に略奪を行おうという腹だろう! 騙されんぞ、戦争から逃げてきた腰抜けの傭兵め!」
随分な言われようだなと思いながら、俺は兵士たちを掻き分けて最前列へと進み出た。
構築した陣地にある簡易の柵の向こう側に、数人の人物がいた。
声を上げている人の身なりが少しだけ上等だけど、服装は押し並べて一般民風だ。
この世界にも一般民の抗議デモのようなものがあるのだろうか。
俺が疑問に思っていると、抗議の声がまたやってきた。
「傭兵に与えるものなど、悪貨一枚ともありはしない! さあ、さっさとこの地から出ていけ!」
「「「出ていけー!」」」
勇ましいことだと感想を抱きつつ、俺は兵の統率役に質問する。
「彼らの目的は、なんだと思う?」
「彼らが言っている通りでは?」
頭から相手のことを信じる物言いに、彼はドゥルバ将軍とはやっぱり違うのだと思い知らされた。
「もう少し裏を読もうとしてよ」
「そう言われましても。兵は考えるのではなく、行動するものですので」
彼は指揮役といっても、将軍や士官ではないということだろうか。
こういった軍の仕組みは、ドゥルバ将軍に任せていたから、あんまりよくわからないんだよなぁ。
ともかく、俺はこの世界の一般人の考えに疎いところがあるので、この指揮役を使って考察を深めていくしかない。
「仮に俺たちが、あの抗議者を殺した場合、どうなる?」
「それは止めたほうが良いでしょう。我らが民を殺すような無頼の輩と思われれば、王都の住民全てが敵に回る可能性がありますので」
「それじゃあ、ああやってがなり立てているのは、こちらを怒らせて手を出させるつもりってこと?」
「ああー、そうかもしれませんな。まあ、うるさい以上に害あるものではなさそうですし、放っておくということでどうでしょう」
「放置していると、問題が大きくなりそうな気もするんだけど?」
「下手に捕縛したところで、世話が面倒なだけですぞ?」
確かに、彼らを捕虜にしたら、監視を立てなきゃいけないし食事と生活の世話もしてやらないといけない。
それだけの労力を払う必要性が、果たして彼らにあるだろうか。いや、無いな。
「とりあえず、周辺警戒の人員に、陣地に入ってきたら捕縛って命令を出して、後は放っておこう」
「あれだけ大声を出し続ければ、喉が枯れるでしょうから、すぐに静かになるでしょう」
そんな方針を固めたところで、野次馬として集まった兵士たちを解散させて、休憩の続きを行うことにしたのだった。