百十八話 プルニャ国内、移動中
こちらの侵攻に対して、プルニャ国がどう対応してくるかを見定めるべく、俺たちは街道を堂々かつ急ぐことなく進んでいた。
それはどうしてか。
プルニャ国の軍勢はザードゥ砦に多くを割いているはず。そこで敵を砦に籠らせるのではなく、国内に残っている兵力を誘因して撃破するため、あえて身を晒すように行軍しているわけだっだ。
しかし、この俺の思惑は、あまりうまくいってない。
なぜかというと、フェロコニー国の側から攻められることを予想していなかったようで、関所以降は砦どころか配置している兵すらないありさまで、敵兵が俺たちの姿を見つけることすらできていないためだ。
俺たちが近くを通りかかった村の住民たちが、プルニャ国の兵士に報告に行かないか期待してみた。けれど、こちらが悪事を働かないことを悟ると、何もしない沈黙を選んだようだった。
村人としては、下手に動いてこちらの心証を悪くし、腹いせに村に報復されたら困るといったところだろう。
気持ちはわかるけど、国の危機に対して、立ち上がろうという気概はないのだろうか。
そう考えたとき、俺の隣にいる、ネロテオラに乗ったパルベラ姫とファミリスが目にはいる。
「……ああ、騎士国がいるからか」
「? どうかしましたか、ミリモスくん」
「何でもない、単なる独り言だよ」
パルベラ姫に誤魔化し笑いで対応しておいた。
この世界で兵以外の住民が抵抗せずに大人しい理由は、やはり騎士国の存在が大きいんだろうな。
例えば、国の頂点に立った人物が民を虐げたら、民はあっさりと騎士国に泣きつくだろう。そして騎士国が『正しさ』を判定し、国のトップが悪だと判断すれば処断されるだろうし、悪ではないから放置だと決定すればその国の民は『トップの行いは悪いことじゃない』と納得する。
そんな仕組みがこの世界で成り立っているからこそ、国の運営者が変わるだけで生活に大差は起きないと判断し、小国の村人たちは命をかけて国を守ろうとしないんだろうな。
要するにこの世界の戦争は、将棋やチェスのように王を攻略したら、戦争に勝てるし国を奪えるということだ。
そう考えると、俺の身分が『領主』であるのも強みだろうな。
仮に俺が『王』だったら、前線で打ち取られてしまうと、そのままロッチャ地域が敵の手に落ちかねない。けれど『領主』なら、打ち取られたところで、『王』が次の『領主』を立てれば済むだけだし。
そんな益体もないことをつらつらと考えてながら、街道を進みに進んでいく。
すると、あっけなくプルニャ国の王都の近くまで進出できてしまった。
運悪く通りかかった住民を怖がらせないように捕まえて、あの都市が王都であっているか、王城の位置はどこかを尋ねた。
「あれが王都で間違いないっす。王城は街のこっち側にある、あの大きな建物――ええ、はい、あれっす。どうしてあんな場所にっすか? なぜもなにも、こっち側が王都の裏の位置っすよ?」
話を聞くに、フェロコニー国とプルニャ国は長い間同盟国だったこともあって、プルニャ国の王都はフェロコニー国に近い場所に作られた。王城も、フェロコニー国からの使者を少しでも早く迎え入れるために、王都でもフェロコニー国に近い場所に建てられたらしい。
話してくれた住民にお礼として金銭を渡し、丁寧に送り出してから、俺はそっと溜息を吐いた。
こうして侵攻する距離が近いのは良いことのはずなんだけど、ザードゥ砦にいるロッチャの兵をあてに考えていた俺としては、ちょっと困った事態だ。
今後のことを決定するために、兵たちと会議を持とう。もちろん、パルベラ姫とファミリスも同席してもらうことになるけどね。
ロッチャの兵たちに休憩を命じて、兵の指揮役とパルベラ姫とファミリスで内緒話を始める。
「予想外にも敵の王都に早く着いちゃったんだけど、このあとどうするべきと考えている?」
俺がそう指揮役に尋ねると、小難しい顔が返ってきた。
「そうですな。兵たちには無理をさせっぱなしだったので、敵側の動きがない限りは休息を取り、体力の回復に努めるべきかと」
「休憩が必要とは分かるけど、そんな悠長なことでいいのかな?」
「もちろん、ただ休憩するわけではなく、プルニャの王城へ降伏勧告をするのです。フェロコニー国は我が手に落ちた、こちらに下れば無碍には扱わないと」
「なるほど。それは良い手だね」
兵を休ませることが出来る上に、プルニャ国側には情報で混乱を与えられる、一挙両得の策を実行しない手はない。
「じゃあ、本格的に休憩用の陣地を作らないとだね。場所はどこがいいかな?」
「さて、我らはここらの地理には疎いですからな。できれば、川がある近くに陣を張れればいいのですが」
偵察兵に付近を探らせようと考えていると、パルベラ姫がファミリスになにかを耳打ちしていた。
俺が目を向けると、ファミリスが一瞬嫌そうな表情をした後で、騎士らしい厳めしい顔つきに変わった。
「パルベラ姫様の求めとあれば――良かったですね、ミリモス王子。パルベラ姫様は私に、付近の川の捜索をお命じになられた」
「それはありがたいけど、どうして?」
疑問を向けると、パルベラ姫は恥ずかしそうに自分の髪を指先で弄り始める。
「戦場においても常に身綺麗なように心掛けていますけど、ここまで長い行軍となると、女性の身としては一度本格的に綺麗になっておきたいと思ってしまうのです」
恥ずかしそうに言うけど、それはこちらを助けるための方便だと、俺は直感した。
「ありがとう、パルベラ姫。ネロテオラに乗ったファミリスの機動力があれば、すぐに川を発見できるよ」
「いえ、これは私の我が侭ですから」
「でも、こちらも助けるのは事実だよ。そうだ。身綺麗にしたいのなら、樽一杯にお湯を沸かしてあげるよ。それで体を洗うといいよ。もちろん、誰にも覗かれないよう、天幕を春からさ」
「そんな、悪いです」
「大丈夫。体を洗うためのお湯なら、すぐに沸かせられる。それに、これはお礼だから、パルベラ姫が悪いと感じる必要はないんだよ」
樽に水を張ることさえできれば、中に火で焼いた石をいくつか投入すれば、お風呂ぐらいの温かい湯なら大量に作れるので、あまり労力はないしね。
いや、そもそも俺は魔法で水を作れるんだから、いままでもパルベラ姫の体を清潔に保つ手伝いをするべきだったんじゃないだろうか。
パルベラ姫が行軍に同行することは何度もあったのに、いまさらこんなことを思いつくだなんてな。
「これから先、身綺麗にするためのお湯が欲しいのなら、俺に言ってくれれば用意するから」
と言葉を口に出して、少女であるパルベラ姫が男の俺に言うのは、難しい注文だと気付いた。
本当に俺ってデリカシーがないなと、自分のことに呆れる。
しかしパルベラ姫は気にした様子はなく、むしろ期待するような目をこちらに向けてきた。
「ミリモスくんは、私が綺麗でいると、嬉しいですか?」
質問の意図が掴めなかったけど、一般論として返答と今の状態へのフォローを入れることはできる。
「嬉しいよ。でもパルベラ姫は元が可愛いから、多少のことなら、あまり変わらないとは思うけどね」
「そんな、可愛いだなんて」
照れるパルベラ姫の様子を可愛いなと思って見ていると、ファミリスから舌打ちがやってきた。
「チッ――ミリモス王子、いくらパルベラ姫様が可愛いからと、婚姻前に手は出さないようにしてくださいね」
「そんなこと、しないよ!」
「ファミリス、何を言っているの!」
「では、川の捜索に行ってまいります。ミリモス王子、パルベラ姫様の身の安全を任せましたよ」
ファミリスはネロテオラに乗り兜を被ると、こちらが文句を言い終わる前に、あっという間に森の木々の向こうへと消えていってしまった。
言えなかった言葉を飲み込む俺と、隣で同じような様子のパルベラ姫。
二人して作り笑顔でファミリスの発言を誤魔化すと、関係のない話題でファミリスが戻ってくるまでの時間を潰すことにしたのだった。