百十六話 フェロコニー国の最後
千人ほどのロッチャの兵と合流した俺は、判断を迫られていた。
このままフェロコニー国の兵と戦うか、それとも他のロッチャ兵たちと合流するかを。
「他の兵がどこにいるか、予想はつく?」
ロッチャ兵たちに尋ねると、微妙に困惑した顔が返ってきた。
「詳しい位置までは分かりませんね」
「ですが、撤退を素早く行うために、すぐに外縁部から出たはずなので、おおよそ東西南北に分かれて集合している可能性が高いと」
四か所に千人ずつ集まったってことか。
太陽の位置と今の時間を考えると、俺たちがいる場所は西の集合地点ってことになるな。
北や南にいる兵たちと合流することは可能だけど、東側の兵たちとは街を挟んで反対側なために合流は難しいだろう。そも、北や南の兵たちの行動がわからないんだから、合流することが可能かどうかも怪しいな。
俺はどうするべきかを考えて、決断した。
「この約千人で、襲ってくるフェロコニー国の兵を蹴散らし、そのまま王城まで逆襲することにする」
俺の決定に、ロッチャ兵たちは驚き、そして呆れ顔になった
「ミリモス王子なら、そう言うんじゃないかって思ってましたぜ」
「フェロコニー国の正規兵は数が少ないっていうし、この人数でも大丈夫でしょうや」
兵士たちも同意してくれたところで、俺たちは再び街の中へと舞い戻り、中央部にある王城を目指して大通りを進み始めたのだった。
大通りを進んでいくと、フェロコニー国の兵たちが待ち構えていた。
人数は五百をやや超えるぐらい。その中には、俺たちを追っていた兵士の姿もあった。
彼らは俺の姿を見て、獲物を見つけた狩人のような殺意と期待が入り交じった顔になった。しかし直後、俺の後ろに千人ほどのロッチャ兵が居るのを知って、顔面を蒼白に変えていた。
その怯えの表情から、俺は彼らが逃げ出すと直感し、ロッチャ兵たちに即座に命令を発した。
「全員、突撃! こちらの人数に、相手は浮足立っている!」
「五百人ぽっちだ! 一気に蹴散らすぞ!」
俺の命令に兵のまとめ役が即座に反応。呼応して、他の兵士たちも武器を手に走りだす。
全身甲冑の厳つい男たちの突撃に、フェロコニー国の兵たちは泡を食ったようで咄嗟の統率が取れていなかった。
多勢かつ万全の心が前で襲うロッチャ兵と、少数かつ及び腰のまま襲われるフェロコニー国の兵たち。
結果は、予想するまでもなく、ロッチャ兵の圧勝だった。
「この勢いのまま、王城へ!」
「「「おう!」」」
打ち倒された屍が転がる現場を、俺たちは踏み越えて王城へと突き進む。
外周部を抜けて、中心部へ。消火活動が遅れているようで、近くに火の手は見えないけど、煙たい空気が立ち込めていた。
フェロコニー国の兵は、先ほどの一団が全部だったかのように、現れない。
そのため俺たちは易々と、王城の門まで近づき終えることが出来た。
そして不用心なことに、門兵を四人配置してはいたが、門自体は開けっ放しになっていた。
侵攻する俺たちにとってはいいことなので、構わずに王城に入ろうとする。
すると当たり前だが、門兵が槍を突き出して制止してきた。その穂先は、鉄の鋳造品らしく、厚みに歪みが見受けられた。
「お前たち、何者だ!」
「邪魔だ!」
職務に忠実な門兵を、問答無用とばかりにロッチャ兵たちが、長尺の武器で打ち据えて倒してしまう。
怪我を負って立ち上がれない門兵を後に、俺たちは王城の中へと侵入を果たした。
フェロコニー国の王城は、ザードゥ砦のような平城の奥に天守閣がある作りになっていた。
しかし、ザードゥ砦やフェロコニー国の砦とは少し作りが違っていて、天守閣までの道は迷路にはなっていなかった。
日常的に使う通路としては、迷路状の道にするよりかは、こちらの方が便利だからだろうな。
歩き続けてやってきた天守閣は、大きな木造の二階建てではあったんだけど、外壁は茶色の壁で屋根には平たくて赤い日干し煉瓦を乗せてあるという、日本のものと比べると粗末な見た目をしていた。
なんだか残念な気分になりながら、天守閣の閉じられた門をロッチャ兵にこじ開けさせた。
打ち破った扉から入ると、鎧も来ていない人たちが武器を手に立ちはだかっていた。
「狼藉者め! ここから先は――」
口上の途中で悪いとは思ったけど、俺は身振りで命令してロッチャ兵に制圧させた。
その後で邸内を探索し、フェロコニー国の王族を捕まえて回った。
ザードゥ砦で予習していたことが生きて、天守閣の中にあった脱出路を先に抑えられたこともあり、どうやら城の中にいた王族は全て捕まえることができたようだった。
「さて、これで君たちの未来は、俺の手の内になったわけだ」
フェロコニー王族に告げると、罵倒が返ってきた。
「このようなロッチャの蛮行、騎士国が見逃すはずがない! 今日は勝ったとて、お前にも未来はないぞ!」
「卑劣漢! 我々を解放しなさい!」
もう詰めの段階だし、言わせるだけ言わせておこうかなと黙って待っていると、背後から声がかけられた。
「貴方がたにとっては残念ですけれど、ミリモスくんの今回の行動に騎士国は関与しませんと、騎士王が次女である私、パルベラ・エレジアマニャ・ムドウが保証します」
静々と現れたのは、パルベラ姫。後ろにはファミリスがつき従っている。
騎士国の姫の言葉となれば、これ以上ない証明だ。
しかし、フェロコニー王族は疑った。
「貴様が騎士国の姫だと! そのような話、信じられるわけが――」
「ほう。なら、こうすれば信じられるか?」
パルベラ姫を侮辱されたことに腹を立てたのか、ファミリスは腰の剣を抜くと、横へと一線させた。
すると天守閣の壁が削られる音と共に、一直線の斬り跡が壁に生まれていた。その後は壁の裏まで貫通しているようで、外の光が差し入ってきてもいた。
今のは神聖術を用いて剣撃を飛ばす技だと、訓練でさんざん見ている俺は知っているから驚かなかったけど、初めて見るフェロコニー王族は度肝を抜かれたようだった。
「こんな人外の技を行えるなんて、騎士国の騎士でしかありえない……」
「それじゃあ、あの少女が騎士国の姫だというのも、本当なの!?」
現実を理解すると、フェロコニー王族は一転して命乞いを始める。しかし向ける相手は、俺じゃなくてパルベラ姫にだった。
「お願いします! どうかどうか、命ばかりは!」
「騎士国の姫を侮辱しかけたことは謝ります! ですから、ですから!」
必死に頼み込む姿に、パルベラ姫は困惑している。
どうしようかと助けを求める顔を向けられたので、俺が会話を引き継ぐことになった。
「侵攻してきた敵国を、逆侵攻で攻め落として組み込むことは、騎士国でも認められているそうです。だから、分かりますよね?」
「国を明け渡せというのか!?」
「いいえ、明け渡すことは確定しています。だって、こうして王城まで占拠しているんですからね。ただ、貴方たちを殺して奪うか、命だけは奪わずに済ませるかの違いだけです」
残酷なようだけど、むしろ問答無用で敵国の王族を皆殺しにしないだけ、この世界の常識と照らし合わすと優しい行いといえた。
こちらは譲歩を出した。
ではフェロコニー王族の判断はどうかと待っていると、王様らしい衣服をつけた男性が苦々しい声を出す。
「わかった。この国は、そなたへ明け渡そう。それで我らの命を助けてくれるのだな?」
「もちろん。あなたたち一家が生きていけるための当座の資金も、この城の中からお渡ししましょう。ただし、食料は渡せません」
「兵に食わせるためだな。食糧に不安があったと知っていたら、火事の対処で散会しているところは狙わずに、籠城戦で時間稼ぎをしたものを……」
勘違いしているようだけど、まだまだ糧秣は残っている。ただ、次にプルニャ国へ攻めることを考えると、少し不安があるだけだ。
けど、その勘違いを正す必要はないだろう。
なにせ、彼はもうフェロコニー国の王様ではなくなったのだから。






