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百十五話 フェロコニー国の軍勢の判断

 ロッチャの兵たちと共に消火活動を続けていると、不審な人たちと遭遇する。

 人数は二十人に満たないが、傭兵らしい格好をしている上に、背には大きく膨らんだ毛布のようなものを背負っていた。

 まるで風呂敷包みを持つ泥棒のようだなと思っていると、その不審者たちの何人かが背の荷物を地面に捨てながら、腰の剣を抜いてこちらに襲い掛かってきた。


「死ねえ!」


 予想もしなかった不意打ちに驚いたけど、ファミリスとの訓練がここで生きた。

 俺は素早く自分から襲ってくる一人の剣の間合いに跳び入ると、その勢いのままに相手の顔面を拳で殴りつけた。もちろん反射的に、神聖術を使っての肉体強化は施してある。


「はああぁ!」

「――ごはぁッ」


 仰向けに吹っ飛ぶ仲間を見て、襲撃者たちの動きが数瞬だけ鈍くなる。

 短い時間ながら猶予が生まれたことで、ロッチャの兵たちの戦意が整った。


「手前ら、火事場泥棒だな!」

「逆にやっちまえ!」


 燃える建物の解体に使っていた武器が、本来の役割を発揮する。

 ロッチャの兵たちが腕を振るうたびに、武器で打ち据えられた襲撃者たちが気絶していく。中には打ちどころが悪く、死亡した人もいるみたいだった。


「ふんっ。ふてぇ野郎どもが。火事場に投げ入れてやろうか」

「消火作業の邪魔になる。ふん縛って転がしとけ」


 近くの住民からロープを借り、気絶している人の武器を取り上げて縄を打つ。

 そんな行動をしていると、別の住民がこちらに走り寄ってきた。


「兵隊さん! 助けておくれ! 傭兵どもが商店に押し入って、店の物を奪おうとしているんだよ!」


 ロッチャの兵たちは、他国の民の要望を聞いて、俺にどうするのかと問いかける視線を向けてきた。

 毒を食らわば皿までじゃないけど、こうなったらトコトン面倒を見てやるべきだろう。


「ここの火事は落ち着いたんだ。悪いことをやる傭兵たちを懲らしめにいくぞ!」

「まったく、仕方がねえな」

「悪人を懲らしめるんだから、敵兵を倒すよりも気が楽でいいけどな」


 さっそく俺たちは、襲われているという商店に向かう。

 着いてみると、三十人近い傭兵らしき者たちが、奪ったであろう荷馬車に商品を積み込んでいる真っ最中だった。

 連中はこちらの姿を目にして驚いたようだが、すぐに態度が変わる。


「兵隊――って、こっちの半分も居ねえじゃねえか」

「ついでだ。そいつらの装備もぶん獲ってやれ!」


 積みかけていた商品を地面に投げ捨てながら、傭兵たちがこちらに襲い掛かってきた。

 倍近くも人数差があると、個人戦だと万が一がありそうなので、俺は慎重策を取ることにする。


「密集隊形! 同時攻撃!」

「「「おうよ!」」」


 俺の号令にロッチャの兵たちが呼応し、前後左右で肩と肩を寄せ合うように隊列を組む。そしてバラバラに突撃してくる傭兵たちに向かって、一斉に長尺の武器で攻撃を行った。

 こちらの攻撃は面白いように当たり、打たれた傭兵たちの多くは怪我や死亡で地面に転がった。


「よくも仲間を!」


 幸いにも攻撃を食らわなかった傭兵たちが、ロッチャ兵に剣を振り下ろしてくる。

 しかしその刃は、ロッチャ兵の身を守る鋼鉄の鎧の前に阻まれてしまう。例外はない。


「なッ、硬過ぎる!?」

「フェロコニー国の兵じゃないぞ!?」

「気付くのが遅いんだよ、この馬鹿傭兵が!」


 ロッチャ兵は拳や蹴りで傭兵たちを吹っ飛ばし、距離が離れたところで長尺の武器で止めを刺した。


「うがっ――くそっ。戦争には負けるし、略奪もできないうえに、死ぬだ、なんて……」


 そんな恨み言を残して、傭兵たちは息を引き取った。

 


 消火活動と略奪者と化した傭兵たちの相手を続けている内に、街から上る黒煙が見えなくなった。

 正確に言えば、王城の近くにはまだあるのだけど、敵の懐近くは危険すぎるため行くわけには行かない。


「よしっ。一度街の外まで撤退する。合図をお願い」

「了解です――ピュィイイィィイィ!」


 ロッチャ兵の一人が指笛を吹き鳴らすと、呼応して街の各所から指笛が鳴り、街中に木霊した。続けて、大人数が一斉に移動を開始した足音も聞こえてきた。


「それじゃあ俺たちも、撤退するよ」


 俺がロッチャ兵たちを引き連れて街の外へ行こうとすると、街の住民たちが手を振って見送ってくれた。


「ありがとうよ! お陰で家が焼けずにすんだよ!」

「これ、水を被っちゃって売り物にならないけど、まだ十分に食べられるから、持って行っちゃってよ!」

「必要だったっていっても家を壊された恨みは忘れない! けど、ありがとうよ!」


 たぶん俺たちをフェロコニー国の兵だと勘違いしているんだろうけど、お礼の言葉自体には悪い気はしない。

 それはロッチャの兵たちも同じようで、鎧兜で隠してはいるけど、照れている様子がありありとわかる。


「ねっ。敵味方の感情を抜きにして、助けて良かったでしょ?」

「ミリモス王子の判断は正しかったけど、この後でフェロコニー国の兵と一戦はキツイと思うんですがね」

「消火活動と傭兵の始末で、オレらヘロヘロですぜ」


 むむっ、確かにそれは問題だ。

 けど、あまり心配は要らないんじゃないかな。


「王城近くも火の手が出ていたんだ。フェロコニー国の兵たちだって、そっちの消火活動をしていただろうし、今日中に戦闘が起きることはないんじゃないかな」

「それならいいですけどね。でも、ここから見る限り、この街の中心部の火事は消し止められていないようですぜ?」


 言われて確認してみると、街の中心から上がる黒煙は、消えるどころか勢いを増している感じがある。

 もしかしたら、延焼が広がっているのかもしれない。


「基本的な都市計画に則るなら裕福な家は王城近くにあるはずだ。傭兵が盗みを働きやすくするために、多くの火事を起こした可能性はあるね」

「それにしても、火事が長続き過ぎでしょうよ。恐らく、フェロコニー国の兵たちが消火活動をしてねえんでしょうぜ」

「……街が燃えて困るのは、俺たちじゃなくてフェロコニー国の側だと思うけど?」

「火事に兵力を当てて、オレらロッチャに攻め込まれたら元も子もないって考えてんじゃねえですかね」

「そもそも民の財産が燃えようと盗まれようと、フェロコニー国の王族にとったら知ったこっちゃないんじゃないでしょうかね」


 兵の意見は一考するに値するけど、国の統治者がそんな即物的な考えをするだろうかと、俺は疑問に思ってしまう。

 だが俺と兵たち、どちらの考えが正しいかは、すぐにわかることになった。

 街の外で終結しようとするロッチャの兵を追うように、フェロコニー国の正規兵の軍勢が現れたからだ。


「消火活動はせずに、分散した俺たちの兵力を各個撃破で削ぎに来たか」

「百人以上の大人数だ。まともに戦いあったら、勝てねえですぜ」

「もちろん、まともに戦う気はないよ」


 俺は兵に身振りで進行方向を指示する。向かうは、家々の間にある狭い路地を通って、堀のような用水路に出る道だ。


「俺が殿を務める。皆は先に!」

「ここはミリモス王子が先に行く場面でしょう!?」

「全身鎧を着る皆より、革鎧の俺の方が身軽だから、逃げながら戦うのに適しているんだよ」


 有無を言わせず兵たちを先に逃がし、俺は最後尾で走る。

 フェロコニー国の軍勢の装備は、剣と革鎧と身軽なため、段々と追いつかれてしまう。

 しかし、俺たちが逃げ込んだ先が狭い路地だったこともあり、多くのフェロコニー国の兵たちは渋滞を起こしていた。

 そのため、俺が一度に対処するべき相手は、一人か二人に絞ることができた。


「悪いけど、手加減はしてあげられないからね」


 俺は帝国製魔導剣に魔力を与え、刃に魔法を発現させる。そして淡く光り出した剣身でもって、背後に迫る敵を切りつけた。

 相手もさるもので、ちゃんと剣で防ごうとしてきた。

 しかし悲しいかな、ロッチャ制の鋼鉄の鎧すら斬り裂く魔導の刃は、鍛冶技術が乏しいフェロコニー国産の武器で阻めるようなものじゃなかった。

 俺が振るった剣は、あっさりとフェロコニー国の兵の武器を断ち斬り、さらには兵自身の身をも斬り裂く。


「なん、で――」


 防御したはずなのにと疑問顔のままのまま、怪我を負ったフェロコニー国の兵は転倒した。手応えから致命傷。助かりはしないだろう。

 この一撃で、俺の持つ武器が魔導の剣だと理解して恐れたんだろう、フェロコニー国の兵たちの追撃が緩む。

 逃げ切れる公算が高くなったところで、先を走るロッチャ兵からの叫びがきた。


「ミリモス王子! 先の橋に、フェロコニー国の兵が陣取ってやがる!」


 先回りしている部隊が居たのかと、俺は臍を噛む思いを抱いた。


「橋にいる敵兵の規模は!」

「五十人程度! 橋の手前で陣を敷いている模様!」


 本来なら別の道を探すべきだろうけど、この状況では難しい。


「仕方がない。強行突破をする! 砦の門を打ち破るときのように全力で体当たりして、橋の前にいる敵を蹴散らすぞ!」

「それしかねえか。全員、気合を入れろ! そしてロッチャの鎧を信じるんだ!」

「「「おうッ! この鎧に防げないものは、魔導の武器だけだ!」」」


 ちょっと情けなく感じる掛け声を上げて、ロッチャの兵たちは一丸となって橋を目指す。

 その勢いと迫力は、牛追い祭りで十数頭がまとまって道を駆けていく猛牛のよう。

 そんなロッチャ兵の突撃の矢面に立つフェロコニー国の兵たちが、恐怖を抱かないはずがなかった。


「れ、連中に、ここ、ここを通させるな! 盾を構えろ、早く!!」


 フェロコニー国の兵の指揮官のものらしき命令が、あからさまなほどに震えている。

 その声を聞いて、突破は容易いと直感した。


「突っ込め! うおおおおおおおおおおおお!」

「「「うがあああああああああああああ!」」」


 ロッチャ兵が雄叫びを上げて、硬い鎧任せに橋を封鎖するフェロコニー国の兵に突っ込んだ。

 俺は最後尾から見ていた。ロッチャ兵が突っ込む瞬間、フェロコニー国の兵の何人かは橋から用水路へと身を投げていたことを。

 そうして減った人数と、残った者たちも尻込みしていたこともあって、俺たちは封鎖を突破して橋の上へと出ることができた。

 ここで先を走る兵の先頭から、俺へ質問が飛んできた。


「ほっと一安心と行きたいですがね、ここから先は広い道しかねえですぜ! このままじゃ、連中に追いつかれて包囲されちまう!」


 その疑問は最もだけど、俺だって考えていないわけじゃなかった。


「この橋は木製だ。だから、こうする――火種が火に、火は炎に、炎を蛇へ。烈火の鱗を纏い、消えぬ鈍火の舌を伸ばし、うねり進め火蛇。インゲィム・ヴィーカラ!」


 俺の呪文が完成し、こちらを追って橋に入ってきたフェロコニーの兵に向かって、俺の手から火炎放射器のような炎が射出された。


「うぎゃああああああ! 熱い、熱いいいいい!」


 火に巻かれた兵が、橋から用水路へと飛び降りる。

 火だるまになったその様子を見て、フェロコニー国の兵たちは尻込みして橋の手前まで引き返す。

 俺は彼らの行動を見ながら、手から伸びる炎を橋に直撃させる。

 水の上にかかっている橋だけあって水分を多く含んでいたのか、なかなか燃え出さなかったけど、一度火がついてしまえばしめたものだ。


「これでよし、逃げるよ!」

「橋を燃やす気なら、先に言っておいてくださいよ!」


 俺たちは一丸となって、燃え始めた橋を駆けて渡りきった。そしてそのまま、街の外へ向かって走り出す。

 フェロコニー国の兵たちはどうしているかというと、燃える橋は放置して、別の橋を使ってこちらを追いかけようとしているようだ。

 しかし、そんな試みが上手くいくかな?

 俺がそう気楽に構えていられるのは、俺たちが逃げる先に、味方の姿があったから。それも集結中にも関わらず、千人は超える数がいたからだった。


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