百十四話 フェロコニー国王都の火災
フェロコニー国の首都に到着した。
森林を切り開いた中心部に平城を沿え、その周囲には木像の家屋が立ち並ぶ城下町を備えている。水堀代わりの水路を各所に張り巡らせているその姿は、あたかも再現された江戸時代の街並みのようだった。
「水田とイネがあれば完璧だったけど、湿地帯じゃなくて森林地帯だからなぁ」
画竜点睛を欠いているような気分を抱きつつも、あの王都を攻め落とす算段をドゥルバ将軍と共につけていく。
「水路にある橋を使って進軍するべきだろうけど」
「橋を使うと、要所要所で敵が待ち構えているでしょう。それと住居を脅かす我らを、住民たちは許さず、襲ってくる可能性もあるかと」
「かといって、道順を無視するのも難しいでしょ。あの王都は、国境にあった迷路の木造砦、その巨大版も同じなんだから」
「ここは住民の協力を取り付け、王城までの道案内を頼めば」
「いい案だけど、俺たちは侵略者も同然だよ。そんな相手に協力してくれる人が居るかな?」
やはり犠牲を払おうと、道順に沿って移動するべきだろうか。
そんな考えでいると、やおらフェロコニー国の王都から黒煙が上がったのが見えた。
なんだと注目していると、ぱっと火の手が上がった。それも一ヶ所だけではなく、全体に散らばるように十か所ほどから黒煙が上り始めていた。
「アレ、うちの工作じゃないよね?」
「我らは何もしていません。そも、あの街に火付けをするよう指示していたら、住民の協力を取り付けようとは考えません」
それもそうかと納得したが、疑問は残る。
「俺たちの到着を待っていたかのように火の手が上がったんだ。事故じゃないはずだ」
「フェロコニー国の民の反乱。雇い止めにあった傭兵たちの暴動。自棄になったフェロコニー王族たちの蛮行。色々と考えはできますが」
ドゥルバ将軍の言いたいことはわかる。
「木の街に火災なんて、災害も同然。戦争なんてしている場合じゃない。フェロコニー国の民たちの避難誘導をしないとだね」
「……ミリモス王子、本気で言っておられるのか?」
「えっ。民の救助は、当然のことじゃない?」
俺が首を傾げると、ドゥルバ将軍はチラリとファミリスとパルベラ姫がいる方を見て、分け知り顔で頷き返してきた。
「騎士国の監視者がいるからといって、そこまで『良い子』を演じる必要はないかと。流石に騎士国も、敵国の民を救えなど無茶は言いますまい」
ドゥルバ将軍の言い分を理解できないでいると、耳打ちあつ小声で告げてきた。
「火の始末で、フェロコニー国の民も兵士も疲れて戦いどころではなくなる。我らは、火災が消火し終わるまで、ここで待てば良いのです」
「そんな火事場泥棒のような真似を」
「あの火災に乗じて敵の城に攻めるのは、戦略的にやりすぎでしょう。ですが、火災が落ち着くまで侵攻の手を止めることは、敵国の民への慈悲と言えます。少なくとも、騎士国は好意的に受け止めてくれるはずです」
言い分を納得はできないけど、理解はできる。
このまま手を出さなければ、フェロコニー国の民と兵士は消火活動で疲弊する。その後、俺たちが侵攻すれば、容易く王城まで進出できるだろう。
一方で、俺たちが消火活動や避難誘導を助けることは、ロッチャの兵たちの負担になる。ここまで歩き通しだったのに、余分に疲れさせる真似は控えるのが定石だろう。
火災のなりゆきを静観したところで、騎士国の監視者から文句がこないのなら、なるほど敵国の街を助ける理由は乏しいな。
「そう理解はできるんだけどなぁ……」
前世の学生生活でさんざんやらされた避難訓練のせいか、自らの利点を重視するよりも、火災に対する忌避感が強い。
火があれば消したいし、避難できるものならさせてあげたくなってしまっている。
とはいえ、俺はロッチャの兵たちの命を預かる身だ。無暗に彼らを危険なところに送り出すわけにもいかない。
俺は自分の気分と対フェロコニー国への戦略における、妥協点を探す。
「よしっ。フェロコニー国の王都の外周へ進出するぞ。目標は、一番近い火災現場。燃えている家屋を取り壊し、用水路の水をかけて消火する」
「ミリモス王子――いえ、仕方がありませんな」
ドゥルバ将軍は苦笑に似た表情の後で、兵士たちに号令を発する。
「敵国の民とはいえ、火災に見舞われた哀れな者たちだ。救助に向かう! 燃えている家屋は武器で取り壊せ! 住民の避難誘導も手分けして行う!」
「「「うえええ!?」」」
兵士から戸惑いの声が上がったが、ドゥルバ将軍は有無を言わさなかった。
「命令は発したぞ! 兵の本分を見せよ!」
「「「……はっ! 了解しました!」」」
言い分はあれど命令には従わないとといった、不承不承の態度で兵士たちが動き出す。
無茶な命令を発したことに、俺は申し訳なく思った。だけど、救助は必要なことだと信じている。
さて、兵たちは納得していなかったようだけど、一度動いてしまった後は命令を実行するため邁進してくれた。
四千人の兵士たちは十数人一組のまとまりへと自動的に編成し直され、フェロコニー国の王都の外周部へと散らばって入っていった。火災は延焼を始めているようで、上がる黒煙が多くなっているようだった。
俺が同行する兵士たちは、第一火災現場へと到着する。
「おい、あんた。ここは、あんたの家か?」
「あ、ああ。燃えて、燃えているんだ。いま、近くの川から水を汲んで」
「そんなんじゃ間に合わん! あの中に人は!?」
「い、いない。全員、ちゃんと外に逃げている」
「なら、悪いが延焼を止めるために取り壊させてもらうからな!」
「そんな! 待ってくれ!」
「待たん! みんな、やっちまえ!」
「「「うおおおおおおりゃああああ!」」」
砦の大扉を叩き割るための大槌が唸りを上げ、炎上している家屋を外から打ち据える。
よほどいい位置を叩いたようで、すぐに家が傾き、倒壊する。
そこに用水路からの水をためた樽を抱えた、別のロッチャ兵たちがやってきた。
「倒壊した家は後だ! 延焼を防ぐには、まず周りの家に水をかけろ! ジャンジャン水を持ってこい! あとミリモス王子は魔法が使えるんだろ! ならボーっとしてないで、さっさと放水してくれ! 家々を湿らすように全体的にだ!」
「わ、わかっているよ」
俺は気圧されつつも、魔法で水を生み出して放水していく。
そうして火災があった付近の家屋をしっとりと濡らせ終わってから、倒壊した燃える家屋にも水を降らせていく。
火災を食い止める指示をしていた兵士は、自分の家を壊されて呆然と座りこんでいる家主の胸倉を掴んで、無理やりに立たせた。
「おい、オレたちは次の現場に行く。お前は寝ずの番で、この瓦礫から火がでないか、一昼夜見ていろ! 余裕があれば、水を汲んでかけ続けろ!」
「な、なんで、そんなことをしなきゃ」
「アホか! 火災跡には、いくら消火しても熾火がのこるもんなんだ! また火がでてみろ、元の木阿弥になるだろうが!」
至近距離で怒鳴られ、家屋を壊された家主は顔色を青くしながら頷いた。
兵士はその態度に満足すると、俺の肩を掴んで、次の火災現場へと走り始めた。
「こんな厄介な命令をしてくれたんだ。ミリモス王子にはイヤというほど働いてもらうぞ!」
「魔法で水を出すぐらいなら、任せてよ。それにしても、消火活動が手慣れているね?」
「はんっ。ロッチャは鍛冶場の国だったんだぜ。その日常的に火を扱ってきた国の歴史の中にゃ、火災に対するアレコレも蓄積されてんだよ。それこそ、木っ端兵士ですら消火活動をどうやればいいかを知っているぐらいにな」
「へー。そんな報告はなかったから、知らなかったな」
「アホか。こんな当たり前のこと、わざわざ報告するまでもねえことだろうがよ」
そんな会話をしている間に、もう次の現場に到着だ。
ここではさっきとは違い、近くの住民たちが持ち寄ったカギ爪が先に着いたロープを燃えている家屋にかけて、一生懸命に引き倒そうと奮闘していた。
「ここの住民は判断が早くて助かる。よっしゃ、引っ張るのを手伝うぞ! ミリモス王子も!」
「わかっている。力いっぱい引けばいいんだろ」
俺は近くのロープを掴むと、神聖術を全開にして引っ張った。
ロープがピンと張り、ミジリと弾ける寸前に奏でる音を立て、続けて家屋が積み木細工のようにあっけなく倒壊した。
……うん。力いっぱいにやり過ぎたようだ。
消火活動を指揮していた兵士も呆然とし、そして考えることを止めたように指示をやり直す。
「お、おしっ、ともあれ家は倒壊したんだ。水を撒け! あんたら、あとは任せていいな?」
「おうよ。この現場は、オレたち近所住民が引き受けるよ。別の場所にいってくれ」
住民に見送られて、ロッチャの兵たちが次の火災現場へと走る。
俺は、こちらに手を振ってくれるフェロコニー国の住民に振り返り、俺たちが敵国の兵士だと気付いていないんだろうなと、ちょっとだけ複雑な気持ちになったのだった。