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百十三話 フェロコニー国、進軍中

 フェロコニー国の砦を攻略し、迅速に攻略したお陰で敵の食料が処分されなずにすんだので、その砦で数日の休養をとることにした。

 ここで意外なことに、パルベラ姫が炊き出しに名乗りをあげてくれた。


「皆さん頑張りましたもの。私もお役に立つというところを見せなければいけません」


 張りきるパルベラ姫の意気込みは買うけど、大丈夫かなと心配になり、俺はこっそりと監視することにした。

 けど、それは杞憂だった。

 パルベラ姫は包丁を手にすると、山のようにある食材に挑み、見事な包丁さばきであっという間に下ごしらえを終えてしまう。包丁を握っている間、少しだけ存在感が増した感じがあったので、恐らく神聖術を用いたナイフ術の応用かなんかだろう。

 その早業に目を丸くしていると、俺の後ろからファミリスの声がやってきた。


「パルベラ姫様は、騎士国とのしがらみもあって、戦いではミリモス王子の役に立てないからと、炊事の勉強をなさっていたのですよ」

「そんな話、報告どころか噂にも聞こえてなかったんだけど?」

「それは当然でしょう。パルベラ姫は密かに練習なさっていましたし、料理の講師はアテンツァ殿がジヴェルデに教えるついでだからと担ってくださってので」


 アテンツァの名前を聞いて、俺は渋い顔になる。

 俺の姉のソレリーナとは姿だけじゃなくて性格や行動も少し似ているからか、俺はどうもアテンツァの隠し事を見抜くのが苦手だった。

 それこそ、アテンツァはジヴェルデの教育係なのだけど、何を教えているかすら知らないほどだ。

 そんな考えを見抜けない人物が近くにいると不安かと思えば、実はそうでもない。

 俺はアテンツァが反乱や謀略の類を抱いていないことだけは、疑っていないからだ。


 それはなぜか。

 仮に反乱や謀略の類を実行しようとするなら、どうしても他者の手を介する必要が出る。なにせアテンツァ自身には、大した武力はないのだしね。

 そして俺はアテンツァの隠し事を暴くのが苦手と分かっているため、彼女と繋がりのある人物について注意するように警戒網を敷き、アテンツァ自身の思惑は見抜けなくても繋がる人物から計画を推し量ることは可能にしてあるのだ。

 もっとも、俺が警戒していることをアテンツァに察知させるわけにもいかないので、警戒網の存在感を薄めるべく危険度が高いものを察知したときだけ報告がくるような仕組みにしていた。

 この仕組みの弊害で、アテンツァが関係する危険度が低い事柄――ジヴェルデの教育内容やパルベラ姫の料理勉強の事実を、俺が知ることはできないのだけどね。


 警戒網の仕組みを弄ろうかと考える俺に、ファミリスは不思議そうな顔になる。


「不機嫌そうですね。パルベラ姫様が料理をすることが、不満なのですか?」

「気にしているのはそっちじゃなく、パルベラ姫がアテンツァから何を教えられたかだよ」

「それに関してはご心配なく。変なことを吹き込まれないよう、監視していましたので」


 ファミリスが近くにいたのなら、変なことは教えられていないだろうと安堵する。

 俺たちがそんな話をしている一方で、パルベラ姫は額に汗しながら具材を煮る大鍋をかき混ぜていた。その表情は、とても晴れやかなもので、思わず見惚れてしまうほどだった。



 パルベラ姫のお手製料理に、ロッチャの兵たちの士気がさらに向上した。

 そして十分な休憩を追えると、この砦に怪我をした兵五百人を残し、残りの三千五百人で進軍を再開した。

 フェロコニー国内を進む中で、行軍中に近づかざるを得なかった村々に向けて、我々の行動はフェロコニー国の侵略に対した逆侵攻であると正当性を高らかに主張しながら、通り過ぎることにした。

 理由がわからないと、人間は恐怖するもの。逆に理由が分かれば、人間は安堵するものだ。

 その証拠に村の人々も、俺たちの主張が真っ当であると知って、武器を手に襲い掛かってくることはなかった。もしかしたらロッチャの軍勢を見て、勝てないだろうから抵抗を諦めたということもあるかもしれないけどね。

 ともあれ、俺たちは自分たちの居場所を明らかにしながら、フェロコニー国を進んでいった。こうしてあえて存在を知らせることで、フェロコニー国の軍勢を呼び寄せ、野戦に持ち込めないかという思惑も含めて。

 けど、俺のこの思惑は当たらず、いくら進んでもフェロコニー国の軍勢は影も形も現れない。

 それは道の先にあったいくつかの砦に着いても同じことで、守備兵の存在どころか、砦の扉が開け放たれていたりもしたほどだ。でも戸の砦も食料の類が残されてなかったあたりは、こちらに補給の負担をかけようという思惑だけは見えた。

 この状況を不審に思い、俺はドゥルバ将軍と首を傾げ合う。


「砦がもぬけの殻って、あり得るの?」

「もしかしたらですが、あれらの砦は少数の正規兵と多数の傭兵で運営がなされていたのでは?」

「俺たちが喧伝してきた村からロッチャの兵の人数情報が砦に伝わり、戦力差から傭兵たちは命が惜しいと逃げ、正規兵もこんな残った人数じゃ勝てないと去っていった、ってこと?」

「もしくは、フェロコニー国の王城に戦力を集中させるため、砦は放棄するよう命令がでた。そう考えねば、説明がつきません」


 真実がなんにせよ、俺たちの次の戦いはフェロコニー国の王城まで起こらない公算が高くなった。


「道中楽なのはいいけど、楽過ぎると後が怖いね」

「楽な分、王城に兵力が集まっている可能性が高いでしょうからな」


 未来の苦労を考えても仕方がない。

 足を止めたところで、その間も俺たちが運んでいる糧秣が減っていくのだ。ここは食料事情が健全なうちに、前進あるのみ。

 なにせフェロコニー国だけでなく、プルニャ国もこの後に落とさなければいけないんだしね。

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