百十二話 追撃:フェロコニー国へ
ハータウト国の王城から、フェロコニー国の軍勢を追いかけて、俺たちはとうとう国境を越えてフェロコニー国へ入国した。
ここまでの道中、俺たちの追進に鉢合わせした不幸な小勢の傭兵がいくつかと、兵たちに驚いた魔物が襲ってきたけど、人数に任せて倒せてしまえたので戦闘らしい戦闘にはならなかった。
そんな遭遇戦はあったものの、敵側からしたらやって当然の遅滞戦闘がなかったことに、俺は疑問を持っていた。
けど、ドゥルバ将軍は違っていた。
「フェロコニー国の連中は、帝国との境にある境界地帯を通って、ハータウト国に進軍したのでしたな? そして我らが進んでいる道は、ハータウト国の領地を通りフェロコニー国へ入る直通路ですな?」
「そう聞いているけど、それがどうかした?」
「連中が行きにもこの道を使って進軍していたのなら、前に使って均した野営地を流用して陣地構築ができましょう。ですが、今回は生きと帰りで使う道が違うのですよ」
「なるほど。陣地が作れなきゃロクに抵抗もできないと見切って、自国の砦まで一気に引き返したってことか」
こういう軍事行動については、俺は書物で知っていただけで実感が薄い。
ドゥルバ将軍は逆で、経験に基づいた考察ができる。
この違いが、フェロコニー国の軍勢の思惑を見通せたか否かの違いにでたんだろうな。
やはり、軍務豊かな経験者が軍を指揮するのが一番だな。
「それで、問題のフェロコニー国の砦が見えてきたのだけど」
「ふむっ。盛り土の上に木造の建物とは、変わった砦ですな」
「俺が見るのは、二度目だけどね」
俺たちの視界の先にあったのは、ザードゥ砦と同じような、日本の平城にも似た木製の砦。どうやらこの近辺の砦は木造建築が主流で、ハータウト国の王城のような石造りの建物は珍しいみたいだな。
そんな敵の砦を見て、ドゥルバ将軍は鼻息を噴く。
「あのような安普請。ロッチャの兵の前には、戸板も同然でしょう!」
「気持ちはわかるけど、そう簡単じゃないんだよ」
俺がザードゥ砦で見た光景を伝えると、ドゥルバ将軍は難しい顔に変わった。
「土と木でできた迷路の砦ですか。しかも四方の壁からは、矢雨が降ってくる罠がついているとは。これは厄介」
「馬鹿正直に道なりに真っ直ぐ進むだけじゃ、砦の奥まで入り込めない構造になっているから、引き返したり別の道を探したりで兵たちの隊列が混乱しやすいって点も忘れないでよ」
「そして道幅の狭さを生かして、大軍の利点を潰してくるということもですな」
俺の注意事項を聞いて、ドゥルバ将軍が思索に耽り始めた。
ドゥルバ将軍がどんな策を立てるか楽しみにしつつ、俺もあの砦をどう攻略するかを考えることにした。
俺単独でいいのなら、神聖術で肉体を強化して、壁や掘りを駆け越えて、砦の奥まで強襲することが可能だ。
けどそれじゃあ、砦にいる敵兵に常に狙い打たれることになって、身の危険が高過ぎる。
騎士国のように兵士も神聖術を使えたのなら、一緒に攻めるだけでリスクが分散できるんだけどなぁ。
ないものねだりをしても仕方がない。
次案としては、俺が砦の壁の上に立って砦の全体像を把握しながら、砦内を進むロッチャの兵の進む道を指し示すこと。
でもそれだと、やっぱり俺が目立つから狙われちゃうんだよなぁ。
あっ、そうだ、魔導具の木製の鳥を使えば上空から覗けるんだし、俺が壁に立つ必要がない――って、山越えに邪魔だからってザードゥ砦に全部置いてきてしまったんだったー。
自分の身を犠牲にする作戦でいいかどうかで悩んでいると、ドゥルバ将軍が作戦を立て終えたようだった。
「それで、どんな策であの砦を落とすの?」
「難しいことは考えず、力押しで行きます」
予想外の言葉に、俺は目が点になった。
「力押しで、大丈夫ってこと?」
「ロッチャの兵の長所を生かすには、力押しこそが一番だと再認識した所存です」
「うーん。ドゥルバ将軍に指揮は任せるけど、被害は少なくお願いするよ」
「お任せを。ロッチャの兵の精強さと、武具の確かさを、ミリモス王子に示してご覧に入れましょうぞ」
大丈夫かなと心配になるけど、ドゥルバ将軍に考えがあるようだし、任せることにしてみた。
ドゥルバ将軍の号令に従い、四千人のロッチャの兵が砦の門まで進んでいく。
前後左右の兵同士で身を寄せ合う姿は、まるで一枚の鉄の板を思わせる光景だった。
砦に近づくロッチャの兵たちに反応し、砦の壁上に敵の弓矢の射手が現れる。
「近づけるな! 放て、放てええええ!」
敵の指揮官が発した号令の直後、矢がバラバラと射放たれた。
しかし弓矢の精度があまり良くはないのか、放たれた矢の多くがロッチャの兵が着る鎧に弾かれている。
詳しく見ると、ロッチャの兵たちは前後左右に身を寄せ合うことで、どうしても薄くなりがちな鎧の関節部を他者の身で隠すことで、弓矢が刺さらないように工夫していることが伺えた。
「なるほど。高い防御力にものをいわせた『力押し』ってことか」
ドゥルバ将軍の作戦は単純だったが、その分だけロッチャ兵の強みが遺憾なく発揮されていた。
あっという間に砦の門に辿りつくと、先頭の兵十人ほどが長尺の大槌を振るって門を叩き始める。
まるで一揆打ち壊しの絵図のようだが、砦の敵兵たちにとってはたまったものじゃなかったようで大声が響いてきた。
「力を込めて門を押えよ! 閂をもう一本増やせ! 射手、なにをしている! 矢筒が空になるまで射続けるんだ!」
敵の指揮官の号令は的確だけど、厚くても木製の門で鋼鉄の武器を防ぎ続けられるはずもなく、やがて大槌の形に穴が開き始めた。叩くたびにたわむ扉の感じからして、閂が折れたりヒビが入っている様子が、見えなくてもうかがえた。
ここでドゥルバ将軍が命令を発する。
「もう門は壊れる! 総員、体当たりせよ!」
門前に陣取るロッチャの兵およそ百人が肩を寄せ合い、ラグビーのスクラムを組むような形になると、まるで一つの生き物のように一斉に門へと突っ込んだ。
百人の成人男性の体重と、彼らが身に着けている鎧と武器の重さ、そして走る速度を乗せての体当たり。
もともと壊れそうだった門がはじけ飛ぶようにして開き、その裏にいたフェロコニー国の兵士はひっくり返っていた。
「門は開いた! 進むぞ、兵たちよ!」
ドゥルバ将軍の掛け声に、門を体当たりで壊した兵たちは隊列を整え、追って入ってきた後続と接続し、整然とした歩みで砦の中へと入っていく。
フェロコニー国の兵たちも呼応して射撃位置を転換し、どうにかロッチャの兵たちを足止めしようとしている。
いや、あの動きはザードゥ砦での訓練で見た。砦に作った間違った道にロッチャの兵を誘導する動きだ。
俺が警告しようと声を発しようとして、先にドゥルバ将軍が叫ぶ。
「目の前にある道に囚われるな! 砦の中は迷路だ! 隠されている本当の道を見つけ出せ!」
ドゥルバ将軍の発言に、フェロコニー国の兵の動きが一瞬止まった。砦の仕組みについてなぜ知っているのかと、衝撃を受けたんだろう。
その後で、射手たちからの射撃がより一層激しくなった。
激しい雨のような矢の束に、ロッチャの兵が着る鎧も流石に防ぎきれず、鎧の隙間に突き立つようになる。
しかしこの程度の怪我は想定内なのか、ドゥルバ将軍だけでなくロッチャの兵たちの士気に衰えが見えない。
「致命傷でないのなら、進めるはずだ! さあ、行くぞ!」
「ドゥルバ将軍! 左後方に次の門を発見しました! あちらが本命の道かと!」
「よく見つけた! 行進転換! 左後方!」
ドゥルバ将軍の号令に、ロッチャ兵が一丸となって進行方向を変える。その動きはまるで、身を捻る蛇のような一体感があった。
そして門に取り付くや、再び打ち壊しに入り、程なくして突破を果たす。
「これで砦を攻略する勝手はわかったな! 奥まで進むぞ!」
「「「ハッ!」」」
ドゥルバ将軍の号令と兵たちの返答が木霊すると、砦の敵兵たちの士気が目に見えて落ちた。
それもそうだろう。
矢よ尽きろとばかりに矢雨を降らせても傷しか負わせられず、戦闘を長引かせながら罠にはめるための砦の通路の仕組みが知られてしまっている。その上、ロッチャの兵の方がフェロコニー国の兵より人数が多い。
これでは打つ手がなさすぎるもんな。
そんな感想を俺は、ロッチャの兵たちの最後尾で、パルベラ姫とファミリスと戦いの光景を見ながら、思ったのだった。