百十一話 ハータウト国の救援終了
フェロコニー国は主体の傭兵の多くが逃走したこともあり、ロッチャの兵たちの突撃には耐えられなかった。
見るも無残に打ち倒されて、這う這うの体で陣地を放置して引き上げ始める。
ここで追撃するのも手なのだろうけど、ドゥルバ将軍は冷静だった。
「ハータウト国の王城の周囲にいる傭兵どもを先に片付ける! 投降を呼びかけながら突進し、武器を捨てた者たちは捕らえ、戦う気概のある者は殺せ!」
ドゥルバ将軍の指示に、ロッチャの兵たちは隊伍を組み、逃げたフェロコニー国の正規兵の逆襲に備える者と傭兵を狙う者たちに分かれる。割合は、備えが千、傭兵へが四千という感じだ。
その振り分けの意味を考えていると、ファミリスが親切なことに説明をしてくれた。
「野に散った傭兵を放置していると、村を脅かす野盗と化したり、軍を背撃してきたりします。兵を多く割いてでも早めに掌握し、背後の憂いを取り除いておく気なのでしょう」
ファミリスの見解は正しいようで、ハータウト国の王城の近くにいたり、逃げ足が遅かった傭兵たちが続々と投降してくれた。中には、自分たちの立場を少しでもよくしようという考えなのか、他の傭兵が隠れて良そうな場所まで教えてくれる者もいた。
仲間を売るような行為と眉を潜めそうになり、他の傭兵相手にそんな感情はないんだろうなと納得することにした。
結果、捕まえた傭兵は千人近くになった。
これで目端よく時流を読んで逃げきった傭兵もいるのだから、もともとの総数は二千人は居たんだろうな。
さて、これだけの人数の捕虜を抱えたままだと、フェロコニー国の正規兵の追撃が難しくなるので、どこかに押し付ける必要がある。
押し付ける先は、既に決めていた。
「捕まえた傭兵たちは、ハータウト国の王城へ引き渡そう。城へは俺とファミリスにパルベラ姫の三人でいく。ドゥルバ将軍は軍を率いて、逃げたフェロコニー国の軍勢を追って欲しい」
「三人だけでは不安です。千人の兵をお付けする。特に足の遅いものを選ぶので、追撃の足に問題はありません」
「俺たちの護衛に千も必要ないよ。百でいいんじゃない?」
「人間は個人の実力を把握する前に、敵の数に畏怖されるもの。傭兵どもを大人しくさせるためと考えれば、千は必要かと」
俺の思惑としては、城に傭兵を押し付けた後は、すぐにドゥルバ将軍を追いかけるつもりだったから、千の兵は移動速度に負担になるんだけどなぁ。
どうするか考えて、ふとした思い付きがでた。
「足の遅い人の中に、千人の部隊を任せられる人はいる?」
「いなくはないですが、ミリモス王子との相性が……」
「相性って、俺が悪感情を抱いている兵士はいないけど?」
「過日に、ノネッテ国の山を占拠した部隊の隊長なのですが」
ああ、俺が冬山の下で水をぶっかけて風を当てて冷やした人たちの隊長か。
「あのときは悪いことをしちゃったから、悪感情を持たれてそうだね。だから俺の護衛としては不適格ってことだね」
「そうではなく――いえ、ミリモス王子がいいのでしたら、彼に任せましょう」
ドゥルバ将軍は諦めに似た表情で、その隊長という人をつけてくれることになった。
ドゥルバ将軍と別れてから、俺とパルベラ姫とファミリスは、千の兵士と、千の傭兵を引き連れて、ハータウト国の王城にやってきた。
事前に伝令を走らせていたこともあり、王城の上がっていた跳ね橋が下がって道ができた。
出迎えてくれる将軍や兵士たちの顔は疲れが見えるものだったけど、表情は安堵が広がっていた。
「ようこそ、ミリモス王子。救援に感謝します」
声をかけてきたのは、壮年の将軍らしい人物。ロッチャ地域産の鎧と剣を装備していた。
「フェロコニー国の傭兵を千人ほど捕まえました、そちらに引き渡したいのですが、可能でしょうか?」
「正規兵ではなく、傭兵を捕まえたのですか?」
どうしてそんなことをしたという表情に、俺は一瞬どういう意味かが分からなかった。
けど、傭兵と正規兵の違いを思い出す。
傭兵は捕まえても、相手国に取引や身代金を要求できない。だから普通は捕まえることができる状況であろうと、殺してしまうのが普通だと、兵法書に書いてあったんだった。
失念していたけど、俺は素知らぬ顔でファミリスを手で示す。
「騎士国の騎士様の目の前で、投降しにきた者を殺せと?」
「ああ、いや。これは失礼なことを聞きました」
ハータウト国の将軍は恥じ入った様子の後で、勇ましく自分の胸元を叩いてみせた。
「そういうことでしたら、およそ千人の傭兵をこちらで引き受けましょう。処遇は任せていただけるのですね?」
「もちろん。傭兵の身柄については、そちらにお任せします。いいよね、ファミリス?」
同意を求めると、ファミリスは黙ったままで理解を示すよう頷いた。
さて、邪魔な荷物は押し付けることができたので、さっそく次に移動しようとして、フェロコニー国の交渉役のある言葉を思い出した。
「クェルチャ三世国王が戦死したというのは、本当ですか?」
俺がなんとなくした問いで、ハータウト国側の人員が全員警戒した顔に変わる。
意味が分からずにいると、ハータウトの将軍が硬い顔で言ってくる。
「それを知って、どうなさる気か?」
「ザードゥ砦に使者を出すので、エイキン王太子にクェルチャ三世の様子をお伝えしようかと」
俺の返答に、将軍だけでなく他のハータウト国の人たちの顔が喜色塗れになる。
「エイキン王太子は生きておられるのですね!?」
「俺が脱出する前までは生きていましたよ。そしてザードゥ砦は堅牢ですから、今でも生きているっでしょう」
「よかった、本当によかった」
将軍の喜びようを見て、悟った。
「クェルチャ三世は、本当に戦死なされたんですね」
「戦死……。そう戦死なされました。籠城戦の中でも勇敢に指揮を取り続けた結果、寿命を燃やし尽くしてしまわれたのです」
将軍は煮え切らない言い方で表現していたが、どうやらクェルチャ三世は戦いの心労に老いた体が耐えられずに死んだみたいだった。確かに籠城戦の中での死亡だから戦死といえなくはないけど、寿命で死んだも同然だったに違いない。
ここで、フェロコニー国が時間稼ぎをしていた理由も推し量れた。
寿命という形で国王を失い、逃げた王太子が無事かわからなかったことで、ハータウト国の連中の士気は著しく下がっていたのだろう。それこそ、あと半日――いや四半日あれば、フェロコニー国が攻め落とせるぐらいに。
だからこそ、俺たちの動きを止めるなり、ザードゥ砦に身内の救援に向かわせるよう仕向けるなりして、攻城戦にかける時間を捻出しようと頑張っていたんだろうな。
そう考えると、意外と紙一重だったんだな。
ともあれ、この場所で俺がやるべきことは終えた。
「それでは、僕たちはフェロコニー国の軍勢を追撃しないといけないので」
王子口調で語って足早に立ち去ろうとすると、止められた。
「折角救援に来てくださった他国の方々を、おもてなしせずに帰すのは」
「貴方たちに歓待しろなんて惨いこと言いませんよ。防衛戦で心身ともに疲れ切ってしまうことは、僕にも経験がありますから」
それに、ドゥルバ将軍と兵たちに働かせている中、美味しものを食べる気にはならないしね。
俺はロッチャの兵士を連れて、王城を辞した。
十分に城から離れたところで、俺はノネッテの山を占領した部隊の隊長だったという兵士を呼び出した。
「……ミリモス王子。なんの用で?」
在りし日のイタズラが尾を引いているようで、隊長に警戒されてしまった。
「そう気をはらなくたって、大したことを命じはしないよ。ここで俺とパルベラ姫とファミリスは兵士たちと別れて、ドゥルバ将軍の後を追う。俺たちだけなら、すぐに追いつけるからね」
俺の話を聞いて、隊長は安堵していた。恐らく俺と同道するのが嫌なんだろうな。
「それで、ミリモス王子たちと別れて、こっちはどうするんで? このままハータウト国の王城や王都に駐留を?」
「そんな真似をしたら、ハータウト国の人たちに占領と勘違いされるでしょ。そんなことはさせられないよ」
「じゃあ、ロッチャ地域に戻れと?」
「それこそ、まさかだよ。兵力は有効活用しないと」
隊長が『わからない』という顔をするので、ハッキリと命令することにした。
「俺たちと別れたロッチャの兵千人は、これから南下し、ザードゥ砦へ救援に向かってほしい――」
「なるほど、あっちにも同郷の兵士たちはいましたね」
「――そして、砦を出てプルニャ国を逆襲し、そのままプルニャ国の王都まで攻め上ってくれ」
「……はぁ?! ま、マジですか!?」
「本気も本気だよ。大丈夫。ザードゥ砦には三千の兵がいる、君らと合わせれば四千だ。これだけいれば、プルニャ国を攻め落とせるはずだよ」
「いやでも、兵力の分散は止めるべきと、兵法にありまして」
「そこは大丈夫。フェロコニー国を攻め落とした後は、ドゥルバ将軍と兵たちと共にプルニャ国に攻め入るからね。つまり兵力は分散したんじゃなくて、二方向から攻めるって形になるだけだから」
俺の言葉に、隊長は頭痛を堪える格好になる。
「こちらの任務は、プルニャ国の兵たちに注意を向けさせるための囮だと?」
「いや、撃破してくれていいんだよ。それが難しいなら、最低でも足止めはしてねってことだから」
「はぁ~~、わかりましたよ。出来るだけ勝てるようにしながらも、兵士に被害が出ないように戦わせてもらうとしますよ」
長い溜息の後での不承不承といった言葉の後で、兵たちを纏めてザードゥ砦のある方向へと向かっていった。
そして俺とパルベラ姫とファミリスは、フェロコニー国へと向かって、馬を駆けさせたのだった。