百九話 ハータウト国の王城へ
ドゥルバ将軍に指揮を任せて、ロッチャの軍がハータウト国の道を進む。
統制が取れた行進の様子を、俺はパルベラ姫とファミリスと共に隊列の後ろの方から、馬に乗りながら見ていた。
「なんだか、ごめんね。結果的に、あっちこっちに引っ張り回す形になっちゃって」
俺が謝意を告げたところ、パルベラ姫は微笑みを見せてくれた。
「謝る必要はありませんよ。こうして色々な場所に行くことは、結構楽しいんですから」
有り難い言葉だなと感謝していると、ファミリスが小さく噴き出していた。
「ぷふっ。パルベラ姫様は、国元にいたとき王城から出ようとしなかったというのに。ミリモス王子と出会ってから、随分と変わりました」
「もう、ファミリス! そういう私への非難めいたことを言う場合は、二人だけのときにしてとお願いしているのに!」
「これぐらいの軽口、いいではありませんか。ねえ、ミリモス王子」
返答しにくい話題をこちらに振ってくるなと思ったものの、答えないわけにもいかない。
「そういう失敗談みたいな話を聞くと、親しみが持てるね」
「そ、そうでしょうか?」
パルベラ姫が照れている一方で、ファミリスは「上手く切り返しましたね」と悔しそうな表情だ。
俺はともかく、パルベラ姫を使って遊ぶような真似はするなと視線でファミリスに訴えかけていると、伝令がこちらに走ってきた。
どうしたんだろうと小首を傾げていると、伝令が告げる。
「ドゥルバ将軍に報告したところ、ミリモス王子にも伝えよと」
「この先に、なにか危険なものでもあった?」
「危険なものではなく、むしろ危険じゃないことが問題でして」
要領を得ない言葉に、俺だけでなくパルベラ姫やファミリスまで首を傾げる。
俺たちの混乱を見て、伝令が続きを喋っていく。
「フェロコニー国の軍勢が占領していないか探るため、ハータウト国の村々に偵察を出しているのですが、その村人たちは我らが国境を越えて進軍していることに驚いているばかりで、フェロコニー国の軍勢など知らないと言うのです」
この説明に、伝令が何を危惧しているかを理解した。
「本当はフェロコニー国の軍勢がハータウト国に入ってきていないのに、俺たちロッチャの軍勢が領地に入ってしまったのではと危惧しているわけだね?」
「はい。我らがハータウト国に入った大義名分は、援軍要請と救援です。もしフェロコニー国の軍勢が居ないとなったら、この名分が崩壊してしまいます」
その危惧はわかるけど、怯えすぎじゃないかと思う。
だって、俺がロッチャの軍を動かすのは、ハータウト国の王太子の要望があったからだ。もし彼が嘘をついていて、フェロコニー国の軍勢が王都を襲っていなかったとしても、この失態は援助を求めた王太子の責任だ。ロッチャの軍が誹謗されることにはならない。
冷静に考えればわかりそうなものだけど――と考えたところで、ロッチャの軍は前に大義名分を崩壊させられて負けに追い込まれたのだったと思い出す。
というか、その戦法を使った張本人は俺だったな。
そんな過去があるからこそ、大義名分を失うことを危険視しているのだろう。
俺は納得し、伝令に気にしないでいいと身振りする。
「もしフェロコニー国の軍勢が居なくても、問題にはならないよ」
「名分がなければ、この行軍は侵略だと受け取られかねませんが?」
懸念はわかるけど、もっと物事は柔軟に対処するべきだろうな。
「大丈夫。フェロコニー国のことはともかく、プルニャ国の軍勢がザードゥ砦を攻めていることは事実としてあるんだ。だから現時点の表向きの行軍理由を、ザードゥ砦への援軍とすれば問題はない」
「なるほど。我らはザードゥ砦へ進んでいますが、その最中にハータウト国の王城が攻められていると知り、救援に駆け付けたとするわけですね」
「それで問題はないはずだよ、ね?」
確認するようにファミリスの様子を伺うと、「賢しいことを考えますね」と嫌味を返された。
「そんなことを考えなくとも、ハータウト国の王太子の要請であると、私が神聖騎士国の名で保証すればいいことでしょうに」
「騎士国の名前は軽々に持ち出していい物じゃないでしょ?」
「さんざんに利用している、ミリモス王子の言葉とは思えませんね」
「騎士国に頼り過ぎだと反省しているから、少しでも殊勝を心掛けようとしているんじゃないか」
ファミリスは取り合う気のない素振りをしてきたが、とりあえずロッチャの軍が進む理由については認めてくれたと判断した。
「ということだから、ドゥルバ将軍に説明をお願い」
「分かりました。行ってまいります!」
伝令は列の前方へと駆け出していく。
それから少しして、行軍の速度が少しだけ上がった。
付近の村々に威圧感を与えないために早く移動することにしたのか、もしくはハータウト国の王城に早めに向かって真偽を確かめるためだろうな。
さてさて、エイキン王太子の言ったことが間違いだったのか、それともドゥルバ将軍の懸念が当たっていたのか、楽しみにしながら進むとしようか。
森林地帯の先に開けた場所――ハータウト国の王城と、その近くにある王都が伺える場所にまでやってきた。
ここで、ロッチャの軍の先頭から接敵したと声が上がった。
「人発見! 鎧姿! ハータウト国の兵ではない!」
「様相から傭兵! フェロコニー国の軍勢と推測!」
「捕まえろ! さもなければ殺せ!」
すかさずのドゥルバ将軍の号令に、ロッチャの兵たちが一つの生き物のように動き始める。
狙われた傭兵はたまったものではなかったのだろう、狼狽え声が後方にいる俺にまで聞こえてきた。
「なんでハータウト国に援軍が来てるんだ! 聞いてねえぞ!」
「あの全身鎧、あの長尺の武器! 間違いない、ロッチャの兵だ!」
「逃げろ逃げろ! 命あっての物種だ!」
わっと声を上げて傭兵たちが逃げていくが、ドゥルバ将軍が指揮する兵たちが追い、捕まえていく。
しかし全身鎧の兵の足は遅いこともあり、半数近くの傭兵たちは逃げられてしまったようだった。
そのことについて、ドゥルバ将軍が俺に謝ってきた。
「申し訳ありません。恐らく、我らの到着がフェロコニー国に伝わったとみて間違いなくなってしまったかと」
「これでフェロコニー国の軍勢に奇襲はできなく――いや、考えようによっては、この状況は使えるかもしれない」
俺が考えを翻したことに、ドゥルバ将軍は不思議がった。
「優位を一つ失うに等しい失態だと思うのですが?」
「フェロコニー国の軍勢の多くは傭兵だ。そして、さっき傭兵たちは俺たちを見てすぐに逃げだした。これは使えると思えない?」
俺が言わんとすることを、ドゥルバ将軍はすぐに理解してくれた。
「なるほど。知られてしまった事実を逆用して、ロッチャの兵たちの武威をあえて連中に知らしめることで戦意を削ぐのですね」
「傭兵なんて、数だより寄せ集め。こちらの五千の数と生半な攻撃は通じない防具を見て、決死で戦えるような連中じゃないからね」
「では、どうどうとフェロコニー国の軍勢へと進みましょう。その方が、連中は肝を潰すことでしょうから」
ドゥルバ将軍は意気揚々と指揮を取り始め、ロッチャの兵たちは隊列を組んで整然とした様子で進み始める。
やがて森を抜けると、王城を薄く取り囲む傭兵の群れと、王城の門に近い場所で陣をはるフェロコニー国の正規兵の姿が見えた。