閑話 フェロコニー国軍の指揮官
ハータウト国を攻めるフェロコニー国の軍。それを統率する俺――カクタス・ドーンは上機嫌だ。
「はっはっは! ここまで見事に策にハマってくれるとは、ハータウト国、なにするものぞ!」
どうせハータウト国の連中は、我が国と軍のことを『傭兵頼りの弱国』と侮っていたのだろう。
しかしその考えは、否だと告げたい。
傭兵は金にがめつく、生き残ることを史上としている。そのため負けそうになるとすぐに逃げる。
だが、勝ち馬に乗せてやると遺憾なく武力を発揮する存在でもあるのだ。
そんな奴らを十全に運用するためには、準備と作戦の段階で敵国に勝てているぐらいの筋道を立てざるを得ない。
そのため、フェロコニー国の指揮官は自然と作戦巧者に育つものなのだ。
我が国の指揮官が優秀だという証拠に、俺の作戦は見事に当たり、ハータウト国は既に風前の灯火である。
「王太子とその家族が逃げたと報告があったが――逃げた方向にはプルニャ国が攻めている砦しかない。あそこに逃げたとしたら、どちらにせよ時間の問題だ」
よしんばプルニャ国が砦を攻め落とせなくとも、我々が王都を落とした後で砦に攻め入り、包囲殲滅をすればいいだけのこと。
もう買ったも同然な状況だ。
ハータウト国を攻め落として我が国の領土にした後、どうするかを考えるべき段階だろう。
我が国には鉱床がない。だから鉱石や金属製品は帝国やプルニャ国からの輸入に頼る必要があった。この金属製品が乏しいという部分も、我が国が傭兵――自前で武器を持つ連中を雇う理由になっている。
しかしハータウト国の山には鉱床があるという。ハータウト国は森林保護のために大きな開発をしないようにしているらしいが、その地を占領する我が国の知ったことではない。大々的に開発を行って鉱石を確保し、帝国から製鉄の技術を買えば、ロッチャ地域に匹敵する製鉄国家になり上がれることだろう。
「その未来のためにも、あの王城を落とさねばならんのだが……」
城が落ちれば国の終わりなのだから、奮闘するのは当たり前ではあるのだが、ハータウト国の王城の守りが堅い。
あの城は、昔に隣国という立場を利用してロッチャの石工職人に作らせたという、この森林地帯には珍しい石城。
木の城であれば火矢が浴びせ続けるだけでいいのだが、石の城は燃やせない。
石城を攻略するために、壁を越えるための高梯子や門を壊す破城槌も持ってきているのだが、あまり芳しくはない。
「囲んで兵糧攻めにすれば勝てる戦いと、傭兵たちも見抜いてしまっているからな」
死なずに勝てる戦いなため、壁越えや門攻めなどの死ぬような真似を、生き延びることが至上の傭兵だからこそやりたがらない。
少ない我が国の直属兵を当てれば作戦決行は可能だが、そこまでして危険を冒す必要があるのかという疑問もある。
ロッチャの軍勢が援軍にくるとすれば、いますぐにでも無理やりに王城を攻め落とすべきではあるのだが……。
俺は将軍の一人に顔を向ける。
「王城と地続きになっていない、ハータウトの王都の様子はどうか? 市民が義勇兵となり、こちらに襲い掛かってくるような素振りはあるか?」
「大人しくしていれば、傭兵を街には入れないと約束したところ、大人しくしております。地下活動もしている様子はありません」
その返答に満足したところで、別の将軍に視線を向ける。
「ロッチャ地域への情報封鎖は完璧だろうな?」
「それはもう万全に。この地より西側の村々に旅人に偽装した偵察兵を向かわせましたが、我が国が王城を攻めていることすら伝わっていません」
「そうか。ならロッチャ地域からの援軍が、これ以上来ることはないな」
ロッチャ国が我らの作戦を知り得る可能性は、こうなると、ただ一つだけある。
ハータウト国の王太子が逃げた先にある、ザードゥ砦。あそこには、ロッチャの軍勢が入っているという。
そのロッチャの軍勢が、我が国がハータウト国の王城を攻めているという情報を王太子から聞いて、本土へと伝えに走るというものだ。
しかし、あの場所とロッチャ地域とは険しい山脈が隔てている。
夏の山は冬山よりも進みやすいとはいえ、野生動物だけでなく魔物もでる山を踏破することは、屈強に鍛えた兵士であろうと難しい。
そうなると、やはり情報封鎖をしている限り、ロッチャからの援軍は来ないと考えていいだろう。
そしてロッチャの軍勢が援軍に来ないのであれば、包囲で消費する時間を惜しんで無用の被害を出すような強行作戦は慎むべきだ。
「よしっ、ならば兵糧攻めに作戦を切り替える。長丁場の備えだ!」
「傭兵に待機を命じ、一日の支払いを抑えるようにするわけですね。しかしそうすると、包囲に穴が開きかねませんが?」
「付帯条件を付ける。あの城から逃げたきた者を生かして捕まえた者に、報奨金を出す。いいか、生かして捕まえた場合に限ると明言しておくのだぞ」
「なるほど。その条件を達成しようとして、傭兵たちは自主的に城を見張るようになるわけですね。そして脱出者を捕まえれば、城のことが聞き出せますね」
「よしんば情報が引き出せなくとも、捕まえた脱出者を城の前で公開処刑して、敵の戦意を挫くことに使える」
俺の意図を理解したようで、将軍の一人が指示を出しに天幕の外へと出ていく。
この万全の体勢であれば、あの城を落とすことは時間の問題だろう。
そう俺は確信しているのに、なぜか服についた炭の汚れのように、拭いきれない小さな不安感が胸の内に存在し続けた。
城を包囲すること十日が経った。
敵の戦意を挫くための嫌がらせ攻撃はしているものの、我が陣営は死傷者もなく平和そのもの。
一方で城壁の上で守るハータウトの兵たちは、籠城に疲れきった顔が遠目からでもわかる。
ロッチャに援軍を求めようと決死の連絡員を城から出ししても、報奨金目当ての傭兵たちが見つけて捕縛してしまうのだ。
援軍が来る当てのない籠城は、兵たちの不安をあおり、士気を著しく損っていく。
このまま日にちを重ねていけば、敵からの内応の打診がきたり、城の中で暴動が起ることだろう。
まさに時間の問題である。
勝ったと、ハータウト国を手中に収めたと確信した。
そのとき、伝令が人目を気にするように天幕に入ってきた。
様子を不審に思っていると、伝令が近寄り俺に耳打ちしてきた。明らかに、他の者には効かせられないという態度だった。
「ご報告します。ロッチャの大軍が、ハータウト国の国境を越えて入ってきました」
その知らせに、俺は驚きから目を剥いた。
「どうしてだ。情報封鎖は完璧だったのだろう?」
「はい、完璧でした。ロッチャの軍勢が入ってきたことに、ハータウトの国境の村にいる住民たちが驚いていたほどに、ここから西には情報は伝わっていないはずでした」
伝令も不思議に思っているのだろう、声色と表情に困惑が滲んでいた。
俺は伝令を下がらせてから、天幕の覆いを下げて、将軍たちと会議に入った。この情報が傭兵たちの耳に入らないように、秘密かつ小声で行う必要があるからだ。
「ロッチャ地域からの大軍が、こちらにやってくるとの知らせだ。しかし、ここより西のハータウト国の村々には、我らが王城を攻めているという情報は届いていないという」
俺の言葉に、誰もがあり得ないという表情になる。
「それならば、ロッチャはどうやって情報を?」
「我が国の行動を知っている者は限られるぞ」
「味方の裏切りはあり得ない。よしんば内通者がいたとして、勝てる戦いを不意にするような真似をする者がいれば、目立たつものだ」
「可能性としてあり得ることは、南部にあるザードゥ砦からロッチャ地域に伝令が行ったことだ」
「間に跨る山脈を踏破したと?」
「ロッチャには騎士国の騎士がいるという。彼の者ならできるであろうよ」
「それこそ、あり得ん。この戦いの大義名分は、ちゃんと果たされている」
「我が国の内政官も、この理由なら騎士国は口出ししてこないと、過去の事例から判断していたぞ」
いったいどうやってと首を傾げる中、一人が思い当たったと挙手する。
「ロッチャを収めるミリモス王子は、ノネッテ国という山岳地帯で生まれ育ち、猿王子とあだ名されるほど身軽だそうです。もしや彼が山脈を踏破したのでは?」
「あり得そうだが、あり得ないだろう。その主張が当たっているとしたら、その王子はザードゥ砦に居たということになる」
「この戦いはロッチャにとって利益の少ないもの。一国と同じ領地を治める領主が、危険を冒してまで前線の砦に出張るはずがない」
「もし居たとしても、ハータウト国の王太子が逃げ出してからの日数を考えろ。山脈を越えたにしては、軍勢が来るのが早すぎる」
議論を重ねても『不可思議』としか、結論の出しようがない状況だ。
俺は分からないことは棚上げし、情報が抜けたのは封鎖に穴があったと納得することにして、会議の話の流れを変えることにした。
「人がかかわることに、想定外はつきものだ。いまは、ロッチャの軍勢の対処をどうするかを話し合うぞ」
将軍たちはうなずき、すぐに対応策を口にし始める。
「ロッチャの軍勢の足は遅い。今日国境を越えたというのなら、この城にたどり着くまで三日はあるだろう」
「遅滞行為を行えば、もう少し時間が稼げるのでは?」
「西に展開している正規兵はごく少数、効果は薄いだろう。数を稼ごうと傭兵を差し向けたたところで、我らの目のない場所で仕事をするはずがない」
「ここはロッチャの軍勢が早くくることを見越して、一日少なく見積もって噛んげるべきだ」
「それでも丸二日は時間がある。この間にハータウトの王城を攻め落とせば、ロッチャの軍勢が我らと戦う大義名分は失われる」
「それはどうかわからんぞ。先に入ったロッチャの軍勢は、ザードゥ砦にいる。その救援に向かっていると言えば、ハータウト国の土地を悠々と動き回ることができる」
「その場合、我らが手を出さなければいいのです。さすれば、ロッチャの軍は名分を失い、自分の土地まで引き上げざるを得ません」
道理は通っているが、実現可能かが問題だ。
「いい案ではあるが、二日であの城を落とせるか?」
「正攻法は難しいかと。包囲し続けた十日間が安全に過ぎて、傭兵どもの戦意はなまり切っています。いまさら城を落とせと命令したところで戦果は上がらず、被害が無駄に重なるだけかと」
「敵の戦意は失墜しつつあるのですから、離反工作を強めるべきでしょう。使者を出しての交渉、王都の住民を使っての呼びかけ、夜闇に紛れての城内へ離反を誘う投げ文。その他さまざまな策をもって、城を開けさせるのです」
「……やはり離反工作しか、やりようがないか。よし、戦意を挫くための作戦を、思いつく限り片っ端から試せ」
俺の号令に、将軍たちは動き出す。
俺は天幕の中に一人の状態になったところで、昨日までの平穏な状況からの急転直下な現実に、頭を抱えたくなった。
この二日の間に成果が得られなければ、ロッチャの軍勢と戦わねばハータウト国を攻め滅ぼせなくなる。そして武具に優れたロッチャの兵と戦うとなれば、傭兵たちは及び腰になるに決まっていた。そして戦意の薄い傭兵などは、守るべき家族や土地がないぶん農民兵よりも逃げ足が早くて弱いものだ。
「ロッチャの兵と戦うことになったら、絶対に勝てん……」
そんな未来にならないためにも、この二日が正念場だ。
俺は全力で、ハータウトの王城に詰める者たちの戦意を挫く作戦を、策定しに入るのだった。