百六話 訓練と急報
俺たちの到着に遅れること四日。ロッチャからの輸送隊が到着した。この間、幸いなことに、輸送隊も砦もプルニャ国の兵士に攻められることはなかった。
輸送隊は砦の裏口から侵入し、高い壁に囲まれた細く長い通路を抜けて、砦の最奥の場所まで入る。この裏口は脱出路だそうだが、もし敵が入ってきても高い壁の上から矢を振らせて殲滅できるように作られているらしい。
輸送隊は到着後すぐに物資を砦内に分散集積していき、ハータウト国側が用意した難燃性の特殊布とやらで覆われることになった。これで火矢が飛んできても、物資が燃え尽きることを防げるらしい。
さて到着した千人に、先に到着していて訓練していた二千人が指導して、この砦での戦い方を学ばせていく。
実を言うと、ロッチャの兵はザードゥ砦の防衛戦に適していなかった。
この砦での防衛では弓矢と即応力が必須なのだけど、ロッチャの兵は高い防御でごり押しする力任せの戦い方しかできない。つまり戦法との相性が悪かった。
しかしこの問題は、ハータウト国の兵の真似をしようとするから、勝手が悪くなるというだけ。
ハータウト国の兵とは別の役割を振れば、ロッチャの兵の高い防御力と鋼鉄の武器の打撃力を生かすことができる。
まずは、ロッチャの兵たちは力持ちばかりなので、閂扉を押さえて敵の破城槌に耐える役割が担える。
「よーし、いいかー! 隊列を組んでー、押せ!」
「「おおー!」」
鋼鉄の甲冑を着たロッチャ兵五十人が、砦の外側から数えて二番目の大扉を押さえる。これは訓練なので、扉の閂が壊されたことを想定し、いまは閂を外されていて開けやすい状況になっている。
そして敵役のロッチャ兵百人が、反対側から大扉を押し開けようと奮闘する。
「おらー! 踏ん張れー! 開けるんだ!」
「開けさせるな! 堪えろ!」
五十対百の力比べだ。多少扉を押さえるほうは粘ったけど、結局は押し切られてしまう。
しかし、これは想定内。ここからの対処が、ロッチャ兵のメインなのだ。
押し切られた五十人のロッチャ兵は、背中を向けてすぐに逃げだす。それを敵役が追う。
ここで扉の内側に待っていた守備側の援軍二百人が木製の模擬斧を手に進み始め、敵役に殴り掛かる。それと同時に、周囲の盛り土に築かれた壁の上からハータウト国の兵が現れ、鏃のない訓練用の矢を放ち始める。
つまり、ロッチャの兵は扉の内側で敵を押し止め、その間にハータウトの兵に矢で射てもらうことで、敵に短時間で多くの損害を与えようという作戦だ。敵を押し返すことが出来たら、再び扉を閉めることもできるという良い作戦だ。
「訓練だからって、手加減戦からな!」
「鏃がないとはいえ、人相手に実矢を使った訓練は滅多にできないぞ! 心して射っていけ!」
「敵役は単なるやられ役じゃないってところを、見せてやろうぜ!」
三部隊の指揮官が号令を発し、砦の中は乱戦模様だ。
本来、こうして敵味方入り交じると、弓矢での援護は難しい。敵だけを狙っても、どうやったって味方に当たってしまうからね。
しかしその戦術的欠陥を、鋼鉄製の鎧がカバーしてくれる。例え鏃があったとしても、大半の矢を鎧の硬さで防ぐことができるからだ。
俺は訓練の様子を壁の上に立って見て、この作戦は上手くいきそうだなと評価した。
そのとき、後ろから声をかけられた。輸送隊の物資管理を任せた兵の一人だった。
「ミリモス王子。本当にこの銅板を、ハータウトの兵に貸与するんですか?」
彼が掲げているのは、A5紙ほどの大きさの銅板。俺が研究部に作らせた、魔法の模様に触れれば簡易障壁が張れる魔導具だ。
「プルニャ国の武器は粗末だから、ロッチャ製の鎧で十分に防御可能だと分かったんだよ。そうなると、その魔導具で障壁を張る必要がない。とはいえ、折角準備して持ってきたからには使わなきゃ損。それなら、狙撃対策でハータウトの弓兵に持たせた方がいいでしょ?」
「理屈の上では、確かにミリモス王子の言うことはもっともなのですが……」
「魔導具の盗難を心配しているなら、気にしなくていいよ。どうせそれ、間に合わせの急造品で、障壁の強さも大したことがないから」
せいぜい剣の振るう勢いを弱めたり、矢や投石の軌道を少し逸らすぐらいしか期待できない。
そんな、接近戦ではないよりかはマシぐらいの意味しかない性能で、正直運用し辛かった。
しかしこの小さな青銅板の矢を逸らせることが出来るという性能は、この砦での防衛に重要な射手の動作の阻害を極力抑え、かつ敵側の矢から守るために最適だった。弱い魔法なだけあって、魔法使いじゃない射手でも長時間展開できる点も良い方に作用している。
「そうだ。『矢避けの護符』って名前にしよう」
俺が命名すると、疑問を言ってきた兵士が呆れた顔をする。
「魔導具をぽんと渡すなんて、ミリモス王子は気前がいいですね。ま、他国とはいえ、背中を預ける仲間がやられないようにするためだってことは、理解しましたよ」
青銅板を抱えて、兵士はハータウトの射手に配りにいった。百に満たない数しかなく、全員には行き渡らないだろうけど、大丈夫だろうか。
そんな心配をしている間に、扉前での訓練は終了となっていた。もちろん、敵役の全滅という結果でだ。
俺たちが到着してから、十日が経過した。
兵たちには訓練をさせて気を緩めないようにさせてきたが、やはり敵襲がないと弛んでくるものだ。
緊張しっぱなしよりかは良いなんて俺は思っていたのだけど、ファミリスにはこの怠慢が許せなかったらしい。
「なので、ミリモス王子、模擬戦をしましょう」
「いやいや。兵士の怠慢とファミリスとの模擬戦って、話が繋がってないんだけど?」
「そんなことはありません。やってみたら分かります!」
単純に、ファミリスが暇に飽きただけだろうと思ったものの、俺も暇で体を動かしたかったので、了承することにした。
訓練自体は、ロッチャの城でやっていたことと変わらない。
お互いに神聖術を用いての、実剣での斬り合いだ。そして相変わらず、俺が一方的に吹っ飛ばされる。
「どうしました、ミリモス王子。これで終わりですか?」
「まさか。まだまだ行くよ!」
吹っ飛ばされた勢いを着地で殺してから、すぐにファミリスに斬りかかりにいく。
全く歯が立たない相手を、どうやって攻略しようかと考えながら戦うのは、やはり楽しい。
たぶん、肉食獣の子供が大人と戯れるのも、こうした気分に違いない。
そんなことを考えながら訓練していると、周囲で観戦している兵士の態度が二分していた。
ロッチャ兵たちは、見慣れた調子で俺を応援している。
「ミリモス王子! そこでガッと斬りに行くんだ!」
「せめて一歩は、騎士国の騎士様を後退させてみせてくださいよ!」
勝手なことを言ってくれるなと苦笑いしつつ、反応のもう一方であるハータウト国の兵の様子を伺う。
なにやら、俺に絶句しているような顔が並んでいる。砦の指揮官であるアーダも、兵のまとめ役のコプルも似た顔だった。
「あの二人、本当に人間なのか?」
「訓練なのに、実剣での斬り合いなんて、正気じゃない」
酷い物言いだなと、野次馬の言葉を聞いていると、突然砦の敷地の一番外側の壁にある扉の辺りから警鐘が鳴らされた。
「敵襲! 敵襲!」
その知らせに、俺とファミリスは同時に訓練の手を止める。
「それじゃあ指揮に行かなきゃいけないから」
「わかってます。武運を祈ります」
「ありがとう――ロッチャの兵士たち! 訓練通りに、敵を迎え撃つ! 門前に陣取る連中と、ハータウト国の兵に矢を供給する役の者は、さっさと動け!」
俺の号令に、ロッチャの兵士たちが急いで動きだす。
その俺たちの行動に連動するように、ハータウト国の兵たちも動き出したのだった。
今回の防衛戦は、こちらの被害がほぼなく終結した。
対するプルニャ国の被害も少なく、死傷者はせいぜい十人がいいところ。
なぜこんな小さな被害で済んだかというと、それはプルニャ国側の戦法によるところが大きい。
まずプルニャ国側が、前と同じで破城槌の部隊を出してきた。
そしてハータウト国の兵たちが、破城槌部隊に射撃しようと壁の上に身を乗り出したところで、森の際から大弓を持ったプルニャの兵が出てきたのだ。
ハータウト国の射手はその事実に気付かないまま破城槌部隊を攻撃したところで、プルニャの大弓がその身を狙った。
よほどプルニャ国の射手も腕がよかったようで、狙撃という表現がピッタリなほどに、ハータウト国の射手へ直撃する軌道で矢がやってきた。
この破城槌部隊を囮に、こちらの射手を狙撃する戦法は、この十日間で練りに練った作戦だったんだろう。
事実、見事に俺たちは計略にハマった形になっていて、本来なら貴重な射手が殺されてしまうところだった。
けれど、備えあれば憂いなしとは言ったもので、矢除けの護符さまさまだった。万が一のために展開していたあの青銅板が効果が、敵の狙撃を逸らしてくれたのだ。
この効果のお陰で、それから何度も大弓の矢が飛んできたのだけど、こちらは被害ゼロ。
一方の敵側は、破城槌部隊の何人かに矢が刺さったところで、大弓の効果がないと知って撤退していった。
「次はどんな手でくるんだろうか」
俺は大弓での狙撃という作戦に負けた気持ちがあったので、プルニャ国を侮らずに同行を観察するように気を引き締めることにした。
あれから何日か置きに一度の頻度で、プルニャ国の兵士が砦に攻めてくるようになった。
何度どなく追い返していくと、なにやら敵兵が焦っているような感じがあった。
さてどうしてだろうと思考を巡らせていたのだけど、その理由はハータウトの王都から逃げてきたという兵士の報告で明らかになった。
「フェロコニー国が一気に我が国の王都まで、五千人を超える大軍で攻め込んできたのです。そしてすでに王城での籠城戦になっているのです!」
どうしてそんな急展開にと驚いていると、兵士の報告が続いた。
「我々は馬鹿だったのです。敵の傭兵の部隊が、住民の避難を済ませた村で陣地構築をしていると知り、それを打ち倒すべく兵力を割いて向かわせてしまったのです。しかしそれは、我々の目を占領された村に固定させるための囮。それてしまった監視の死角から、まんまと大部隊を王都まで送り込まれてしまったのです! そして目減りした兵力では、ロッチャの武器があろうとも予想外なほどの大軍相手に抗しきれないと判断して、王城での籠城戦を選ぶことしかできず……」
悔しそうに言う兵士だけど、俺としては同情なんてできないし、頭が痛いとしか思えなかった。
「王城で籠城しているっていうけど、勝算は?」
「正直、ありません。だからこそ、クェルチャ三世陛下が陣頭指揮を取りながら、エイキン王太子にこの砦まで逃げ延びるよう命令を出したのです」
エイキン王太子がここに逃げてくると知って、プルニャ国の兵士が焦っていた理由がわかった。
きっとフェロコニー国の算段では、プルニャ国がこの砦を落としてハータウト国の南側を支配することで、ハータウト王族が逃げる場所を消したかったのだ。
エイキン王太子が生き残っていて、この砦さえ落ちなければ、確かにハータウト国は滅びたことにはならない。
けどそれは、首の皮一枚で繋がっているも同じで、大勢は決したも同然ともいえる。
援護を諦めて帰りたいと思わなくはないけど、その場合はこの砦にいる俺とロッチャの兵たちは自力で領地まで帰らないといけない。そして帰還の道行きの途上の近くには、フェロコニー国の軍勢に占領されつつあるハータウト国の王都がある。
結局のところ、このまま戦おうが逃げようが、フェロコニー国との一戦は避けられない状況だった。
「俺たちの身の振り方をどうするかは、エイキン王太子が砦まで逃げてきてからだな」
エイキン王太子がどんな選択をしても対応できるよう、今のうちからいくつか作戦を考えておくことにしようっと。