百四話 横撃
俺はロッチャの兵たちと共に、静かに移動を開始しながら、ザードゥ砦の様子を見ていた。
ザードゥ砦の周囲は木々が伐採されているものの、刈り取られた場所以降は森が広がっている。
その森の木々に隠れるようにして接近したプルニャ国の兵は、砦の周囲に身を晒し出して、火矢を打ち込んでいた。
木製の砦に火矢は、定石かつ威力絶大の戦法。
だからこそだろう、ザードゥ砦の方にも対策がったようだ。
「屋根と壁には土を塗り込んである、火矢が刺さっても燃えはしない!」
「燃えそうな場所に当たった物は、近くにある水を含ませた布で覆って消すんだ!」
砦から発せられる兵士らしき人たちの声の通りに、砦の各所に火矢が撃ち込まれているはずなのに、一向に火の手も煙も上がらない。
しばらく火矢を射ても成果がないからだろう、弓の射手たちはまた森の中に引っ込んだ。
それと入れ替わるように、新たな兵士たちが現れる。
戸板のような大きな木板を掲げる数十人の真ん中に、先を尖らせた大丸太をロープに括って持ち上げる筋骨隆々の八人がいる。見るからに、破城槌の部隊だった。
「いくぞ!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
一人の兵の号令と共に、破城槌部隊が駆け出す。
するとザードゥ砦から、破城槌を打ち込まれてたまる者かとばかりに、矢が曲射で打ち上がる。そして、相手の狙いが砦の門だと分かっているためか、そこまでの道のりに降りしきるように、自由落下に入った矢が降ってくる。
激しい夕立のように『ばらばら』と鳴りながら落ちてくる矢を相手に、破城槌部隊は戸板を掲げて破城槌を持つ八人を守りながら進む。
「ブチ当てろ!」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
破城槌部隊は砦の門にたどり着き、日本の城にあるような木製の閂扉に破城槌を叩きつけた。
少し離れた場所にいる俺の耳に届くほど、木の扉が軋んだ。
しかし一度の衝突で壊れるほど安普請ではなかったようで、扉は破られることなく健在だった。
そして扉に当たって勢いが止まった破城槌部隊に逆襲するべく、門の左右の屋根の上に弓矢の射手が多数登場する。
「射殺せ!」
「「「しゃああ!」」」
弓矢による直接射撃が、破城槌部隊の人員に突き刺さる。掲げている戸板が役に立っていないのは、板と板の隙間を狙って精密射撃をしているからだろう。
破城槌を持つ人員にも被害が出たところで、破城槌部隊は引き上げ始める。
それでなおハータウトの兵たちは、追い打ちに矢雨を降らしていく。
「うちの武器を抑止として頼ったにしては、やるじゃないか」
素直な賞賛をハータウト国の兵に送ったところで、俺たちがプルニャ国の兵士を襲撃できる位置にきた。
正直言うと、不意打ちには少し遠いのだけど、ロッチャの兵は全身甲冑装備で音がでるため、これ以上接近することは森の木々に隠れながらでも難しいのだ。
「ファミリスとパルベラ姫は、この場で待機でお願い」
「もちろん分かっています」
「ミリモスくん、ご武運をお祈りしております」
「ありがとう。パルベラ姫のお祈りなら、叶ったも同然だよ」
二人が離れるのを待ってから、俺はロッチャの兵を鼓舞する意味と、どうせ奇襲には位置が遠いのでプルニャ国の兵士が混乱するよう仕向けるため、大声で宣言する。
「我が名は、ミリモス・ノネッテ! ハータウト国からの救援要請を受け、兵二千を率いてやってきた! プルニャ国の兵士たちよ、我らを恐れよ!」
俺が抜いた剣を振って突撃を指示すると、ロッチャの兵士たちは兜の覆いを下げ、長柄の打撃武器を手に走り出した。
「「「うがおおおおおおおおおおおおお!」」」
雄叫びを上げて、二千の兵士たちが突撃する。
森の木々が邪魔なので隊列なんて組みようがなくて、散会突撃するしかないのだけど、そこでロッチャの兵士が着る鋼鉄の全身鎧の出番だ。
こちらの不意の宣言と突撃を食らい、慌てるプルニャ国の兵士が弓矢を放ってくる。しかしそのことごとくが、硬い鋼鉄の鎧に阻まれてしまう。
「ひっ! 矢が通じねえ!」
「槍を取って出せ! 槍が近くにない者は、足元の枝を拾って突きつけろ!」
プルニャ国の兵士は対応しようと四苦八苦している中、ロッチャの兵の先頭が相手にたどり着く。
「「「うがおおおおおおおおおおお!」」」
雄叫びと共に長柄の打撃武器が振るわれる。
木々に当たって止まったものもあるが、ほとんどの武器が木の枝を折り飛ばしながらプルニャ国の兵士に殺到し、軟な鎧と共に相手を打ち砕くことに成功していた。
かく状況を見ていた俺も、突撃の第二陣に混じって剣を振り上げている。
「うりゃああああ!」
帝国製の魔導剣は、素の状態でも良い武器だ。敵の素肌が見えている部分を狙えば、あっさりと斬り裂くことができる。
そのため一振りごとに、敵の喉を裂き、手首を落とし、顔面を突いて、絶命させていく。
さあ戦果の稼ぎ時だと張り切ろうとしたところで、プルニャ国の指揮官らしき声が戦場に響いた。
「撤退! 引き上げだ! 敵は重い鎧を着ていて、弓矢も持っていない! 足の速度の差で逃げ切れる!」
冷静かつ的確な判断に、俺は舌を巻いた。
そして、それほど有能な指揮官を生かしたまま逃がしてはいけないと決意した。
全身に神聖術を発動させ、増した脚力で大きくジャンプ。近くの巨木の枝に掴まり、高い視点から敵指揮官の居場所を探す。
プルニャ国兵士の集まりのやや後方、必死に声を上げて撤兵させようと頑張っている男性の姿。
「見つけた!」
俺は枝を蹴りつけて空中を飛び、木から木へと飛び移るようにしながら、見つけた男性へと接近する。
木々の枝の上を移動する人間がいるとは、プルニャ国の兵士は誰も思っていなかったようで、弓矢の牽制射すらこなかった。
俺は易々と指揮していた男に接近を果たし、木の上から飛び降りながら剣の間合いに捉えた。
「てぇやあああああ!」
「急いで逃げ――ぐがっ……」
兵士へ指示する言葉の途中で、指揮官の男性は背中を俺に斜めに斬られて倒れた。
骨を断った手応えからして致命傷だ。
しかし周りの兵士はそう気付かなかったのだろうか、俺に武器を向けて牽制しながら、指揮官の男を後方へと移送し始めた。
「指揮官を狙った手腕は褒めるが、一人だけで突っ込んでくるなど、間抜けもいいところだ!」
敵兵の一人が手の剣を振り上げて、指揮官の敵討ちとばかりに突っ込んでくる。
「誰が間抜けだって?」
俺はそう返しながら、神聖術で強化した足でその敵兵の腹を蹴り飛ばす。
革鎧で守られていようと、蹴られた衝撃は貫通する。
「ぐがっ――」
呼吸を詰まらせた敵兵が膝を折って蹲る――その直前、俺はその頭を剣で横に断った。
頭から脳みそを零れさせながら倒れる姿を見て、俺の周りにいる敵兵たちが尻込みした様子になる。
俺は彼らの様子を伺いつつ、いま殺したばかりの敵兵の手から剣を拾い上げる。武器の性能が気になったのだ。
「鋼鉄――じゃなくて、鉄の鋳造か。乱造品もいいところだな」
帝国製の魔導剣で、拾った剣の峰を軽く叩く。すると叩かれた剣は、あっさりと折れてしまった。
剣は構造的に峰を垂直に叩かれると弱いとは言え、脆すぎだな。
半分の剣身になってしまった方の剣を、俺は呆然としている敵兵の一人に投げつけた。先が折れているにしては、良い感じに首に斬り入ってくれた。
「うぎっ――がぼ、がごぼ」
「傷を押さえて出血を止めろ!」
「なんだこいつ、なんだこいつは!?」
俺は一人がよほど怖いようで、プルニャ国の兵士たちは一斉に背中を見せて逃げ始めた。
潰走する兵士たちを見て、ここで追撃すれば被害を広げられると判断し、追いかけようとする。
しかし直前で思いとどまって、ロッチャの兵たちの様子を確かめることにした。
ロッチャの兵たちは、頑張ってプルニャ国の兵士に被害を与えようと頑張っているが、行き足が鈍い。
どうやらここまでの道中を急いできたことで、体力切れを起こしているようだ。
プルニャ国には後詰めの兵士もいるようだし、ここで無理をさせるのではなく、ザードゥ砦での防衛戦に主軸を移すべきだろうな。
「ザードゥ砦の攻撃を止めさせたうえで、プルニャ国に被害を与えられたことで、ここは良しとしよう」
俺はロッチャの兵たちに深追いはしないよう指示を出して、プルニャ国の兵士たちを適当に追い散らした。
そうして敵兵の姿が森の向こうに消えるのを待ってから、ザードゥ砦へと使者を出してから、兵士たちと共に堂々とした態度で砦へと向かうことにした。
2019年6月2日 東京 大田区産業プラザ PiOにて
境界線上のホライゾン中心、川上作品オンリーイベント
「近しき親交のための同人誌好事会」
サークル番号『上15』で参加することが、サクチケが来たこともあり確定しました。
ご予定が合う可能性があるお方は、是非ともお越しくださるようお願いいたします。