百三話 援軍へ
援軍の準備は整った。
でも整うまでの日数が少なかったこともあり、研究班に作らせたものについては、どれも数は百も揃えられなかった。
それでも、物自体は良い。
「手斧は並みの鉄兜なら叩き割れるね。青銅の護符も手を押し付けるだけで、気休め程度の硬さの障壁を発動できる。木の鳥もこれだけあれば、色々と使い道もできる。無茶をいったのに、ありがとうね」
疲労困憊な研究部一同には悪いことをしちゃったけど、これで籠城戦も少しは楽ができるようになった。
「ホネス。俺が留守の間のロッチャ地域の運営は任せるからね」
「任せてください、センパイ。でも、ちゃんと生きて帰ってきてくださいね。どうせ他国の戦争ですし、負けそうなら逃げて帰ってきてもいいんです」
「はははっ。情けなく敗走しないよう、頑張るとするよ」
ホネスの冗談を笑ってから、今回の戦いも同行すると表明したファミリスとパルベラ姫に顔を向ける。
「本当に二人とも、ついてくるの?」
「もちろんです。ミリモス王子の動向を監視することこそが任務なので」
「申し訳ないですけど、今回の戦いでは、私たちは観戦するだけで、お手伝いはできません」
「フェロコニー国の戦争理由が、額面では真っ当だからでしょ。わかっているとも」
正直、ファミリスが手伝ってくれるなら、その一騎当千の破壊力で敵軍を簡単に蹴散らしてくれるだろうから、惜しい気持ちはあるけどね。
「観戦するのはいいけど、怪我をしないようにね。もし俺たちが負けそうになったら、脱出してくれていいから」
「ミリモス王子に言われるまでもありません。パルベラ姫様の身と安全は、このファミリスが堅守しますので」
「ということだから、ミリモスくんはこちらを気にしないで、存分に指揮に集中してくださいね」
「騎士国の騎士様の有り難い言葉だし、そうさせてもらうよ」
こうして俺とファミリスとパルベラ姫は、三千の兵と糧秣を引く荷馬車と共に、ハータウト国の南の領地にあるというザードゥ砦に向かって出立したのだった。
ロッチャ地域を過ぎ、ハータウト国に入国。
ハータウト国からの使者が王城で歓迎すると言ってきたけど、時間が惜しいので、無視する形で南の砦に向かった。これは礼を失する行為だという認識はあるので、丁寧な手紙を添えて使者を送り帰しはしたけどね。
さて、濃い森の中にある土の街道あるく砦への道を進んでいき、南の領地近くになると、避難民らしき人たちとすれ違うことが多くなってきた。
攻めてきているというプルニャ国の軍勢について知らないか、その避難民たちから情報収集してみた。
「プルニャ国が攻めてくるとなった瞬間、逃げるようにと王様の御触れが出たんで、プルニャ国の兵は見てないんで」
「ザードゥ砦が戦場になると言って、兵士の息子が出立しました。自軍も敵軍も、どれほどいるかまでは言ってませんでした」
「村にあった備蓄食料は、俺ら避難民に十数日ぶん配られて、残った分は砦に運ばれたな」
得られた情報はこれだけ。
プルニャ国の軍勢の人数も、ザードゥ砦に入るハータウト国の兵数も、わからなかった。
でも、砦に糧秣が多量に運び込まれたという情報だけは、嬉しい誤算だった。
ロッチャの兵士は全身甲冑で歩みが遅い。砦内の飯の量に心配が要らないのなら、先行して進むべきと判断した。
「輸送隊と護衛に兵を千人残す。その他二千は、出来るだけ急いで砦に向かうぞ」
俺の号令に、脚が遅い兵士が輸送体と護衛を担当し、多少でも足に自身がある二千が日常の歩き程度の速さで進み始めた。
ずしずしと重たい足音を立てて進み、疲れが見える前に休憩を入れ、さらにザードゥ砦へ向かって進む。
輸送隊から離れてから四日。ザードゥ砦の近くまできた。
ここからはプルニャ国の軍勢と不意の遭遇戦があるかもしれないので、慎重に進軍を続けることにした。
やがてザードゥ砦らしき姿が、森の木々の向こうにある開けた場所にあるのが見えてきたのだけど、俺が考えていた砦とは作りが違った。
「総木製の砦か……」
日本の戦国時代にあったという天守閣がない野城か平城のような、広い土地に壁と掘りを作って防御陣地を構築したような砦だった。
ノネッテ国もロッチャ地域も山から石が取れる土地だったため、この手の木製の砦に馴染みがない。一見すると頼りなさそうなその外観に、ロッチャの兵たちは不安そうな顔をする。
けど、この平城に似た砦も捨てたものじゃないことは、俺は前世の知識からわかっていた。
そも石造りの砦と木の平城では、設計思想が違う。
石造りがガチガチに防御を固めるとするなら、平城は広い陣地を生かして内に敵兵を誘因して迎撃する方式だ。突破されないよう守り切るのではなく、陣地を切り売りしてでも敵兵を殲滅することに重きが置かれているのだ。
しかし、修学旅行で行った城でガイドさんが語った話が、こんな形で役に立つなんてな。
そう前世に思いを馳せていると、砦の付近で「わぁ!」と大勢の人声が上がった。同時に戦闘の音。
そこに偵察に出していた兵が戻ってきた。
「ミリモス王子。プルニャ国の兵らしき者たちに、ザードゥ砦が攻められています」
「攻めるプルニャ国の兵数と、守るハータウトの兵数は?」
「砦を攻撃している人数は千に満たないですが、後方に控えている兵が二千ほど。陣地がないことを見るに、さらに後方に後詰の兵が居る可能性があります。砦を守るハータウトの兵数は、残念ながら良く見えませんでした」
「偵察ありがとう。判断の助けになるよ」
偵察兵を労ってから、俺は素早い判断が求められる状況で、どう動くべきが最善かを即座に組み上げていった。