閑話 ハータウト国、戦争へ
この私――エイキン王太子の元に、ロッチャ地域を治めるミリモス王子から、速達で手紙がやってきた。
広げて読んでみれば、確かな筋の情報から、この夏にフェロコニー国がプルニャ国と結託して、ハータウト国に攻め入ってくる可能性が高いこと。そして手助けが必要ならいつでも言ってきて欲しい。そう書かれてあった。
森林地帯の戦争の定石を外れた内容に、なにを馬鹿なと思った。
そもロッチャ地域とフェロコニー国は、我がハータウト国を挟んで反対側に位置している。情報の流れを考えるなら、我が国が掴んでいないフェロコニー国の情報を、ロッチャ地域で知るはずはないのだ。
だがそれでも、ミリモス王子がこちらを騙す意味はないと考え、警戒はしておくことにした。この私は小心者なため、こうしないと安心して夜が眠れないのだ。
そんな万が一の用心が役に立ったと、数日後に判明することになった。
「フェロコニー国、プルニャ国。ともに我が国に対し、宣戦布告を出しました!」
その知らせを受け、この私はハータウト国の重鎮たちと戦争会議に入った。
「以前から領土問題を抱えていたフェロコニー国は兎も角、プルニャ国の大義名分はなんだ!?」
「同盟国であるフェロコニー国からの要請に応じ、領地を侵犯したハータウト国を誅罰するべく兵を貸し出すと」
その知らせに、歯噛みする。
フェロコニー国とプルニャ国は、ハータウト国を攻め落とした後の領地配分について、事前に取り決めをしているに違いない。
そして両国は領土的野心を満足させるために、ハータウト国の全土を手中に収めようと動いているはずだ。
つまり、多少領土をフェロコニー国へ割譲して矛を収めさせようという手段は、永遠に潰えたことになる。
「両国の軍の侵攻場所はどこかわかるか!」
「フェロコニー国の侵攻に関する確証はありませんが、プルニャ国と接している境界は南端にしかありません。プルニャ国の軍は、そこから入ってくるかと」
「二正面の戦いになるのか、それともフェロコニー国も南から攻めてくるのか……」
警戒していたはずなのに、情報がない。
「偵察を多用し、両国の侵攻場所を突き止めるのだ!」
「すでにやっていますが、この夏の時期、森の緑が濃すぎて視界が通らず、霧の中で敵を探すような状況です。敵兵を発見することは困難を極めます」
「それでもやらねば、作戦を立てるどころか、民の避難指示すらできないまま、全ての土地を失う結果になるぞ!」
そう怒鳴ってしまってから、冷静になろうと努める。
「プルニャ国が攻めてくる場所の検討はついているのだ。南端の地域一帯に避難勧告を出せ。ザードゥ砦より北まで退避させろ」
「南地域の守護をザードゥ砦に集めるおつもりで?」
「籠城戦ならば、数の不利を補える。砦が持ちこたえている間に、フェロコニー国の動向を掴むのだ」
これが最善だと考えての言葉だったのだが、重鎮たちの顔は晴れない。
そして重鎮の一人が、おずおずと提案してくる。
「ロッチャ地域のミリモス王子が、手助けが欲しければ言って来いとの親書があるのです。ここは彼の方に援軍を頼んではどうですかな」
「ロッチャの兵が帯びる武具は驚異だぞ。助けを求めたのに、母屋を乗っ取られる結果になりかねん」
「そこは心配ないかと。騎士国の騎士様が同行し、監視して下さるはずですので」
「援軍にかこつけて、土地を奪うような悪い真似は許さないということか」
一考の余地があると判断しよう。
「ミリモス王子に援軍を頼むとして、どこを任せる?」
「それこそ、南端のザードゥ砦に向かわせればよろしいかと。我が国の本隊はフェロコニー国の動きを注視し、対応すればよろしいのです」
「プルニャ国だけならロッチャの兵の敵ではなく、フェロコニー国が共に南から侵攻してくるのなら、ロッチャの兵は堤防としての機能を期待できるわけだな」
「戦勲に比して戦後にミリモス王子へ援軍の謝礼を払わねばならないため、フェロコニー国とプルニャ国が一緒に攻めてくることは、止めて欲しいところではありますが……」
「では、我が国の一軍をミリモス王子が出す援軍と合流させよう。これで戦勲を多少なりとも軽減できるだろう」
「ですがそれでは、我れらが兵を温存する策の効果が下がってしまいますぞ」
「なに、兵にはロッチャの武具を行きわたらせてある。多少の戦力差は覆せるに違いあるまい」
こうして話がまとまれば、後は即行動に移すだけ。
「ミリモス王子に援軍要請の書を送る。紙とペンを持ってこい」
素早く書類を書き上げ、封蝋で封印を施し、それを伝令に託した。
「可能な限り素早く、ミリモス王子の元に届けるのだぞ」
「はっ! 任務、見事果たしてご覧に入れます!」
伝令が素早く会議場から去り、これで一安心――とはいかない。
「兵をフェロコニー国との国境近くまで移動させる。そして各地の砦に分散配置する」
「後方警戒にどれほど残すおつもりで?」
「この城を守る最低限を残し、他は全て移動させる」
「それでは後方の守りが薄くなりすぎなのでは?」
「フェロコニー国がどこから来るか情報が入るまでの措置だ。国境近くに分散配置しておけば、被侵攻路への集結も用意になる」
「……確かにその通りではありますが」
重鎮は言葉を濁すが、他にいい案もなかったのだろう、最終的にこの私の案を採用した。
そして案の通りに、ハータウト国の兵たちは動き始めたのだった。
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