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百一話 黒騎士は語る

 女性の黒騎士は、不承不承という態度で喋り始めた。


「フェロコニー国は、この夏に侵攻を開始すると目されている」

「なんでまた。ロッチャの武具をハータウト国が購入したことで、回避されたんじゃ」


 俺の疑問に、黒騎士から黙って聞けという身振りをされた。


「良い武器がハータウト国に入ったことで、森の葉が落ち下草も枯れて視界が開ける冬に開戦することは危険と判断した。しかし逆に、葉が茂り藪も濃くなる夏ならば、武器の差よりも人数の差で押し勝てるという判断をしたのだ」


 説明に一理あるという思いと、それはどうかなという考えが同時に浮かんだ。


 視界が開けている場所での戦争で、武器の出来に差がある場合、小勢が大勢に勝つことすらできる。

 極端な例えだけど、小勢の方が鋼鉄の武具で身を固め、大勢の方が革鎧と竹槍だったら、絶望的な人数差や戦法に差がない限り鋼鉄の武具の方が勝つだろう。


 では視界が開けていない森の中での戦闘の場合はどうだろう。

 濃い藪に隠れながら接近できるため、部隊運用による戦術の立案が難しく、両者入り乱れての乱戦になりがちだ。そして乱戦において武器の差は低減される。組み付ける位置まで迫れるため、武器の性能よりも兵の組打ちの強さで勝敗が決まるからだ。

 その状況で、大人数を動員した方は、少数の側と多対一の状況が作りやすくなる。結果、より武器の性能の差を縮めることができる。

 そんな感じに、フェロコニー国は考えたのだと思う。


 確かに一面では正しいのだけど、ノネッテ国という山と森に親しんだ俺には別の側面も見えている。

 木々や草むらに隠れた伏兵による一撃離脱戦法――ゲリラ戦法は少数の側の方がやりやすい。そしてこの戦法に限れば、武器の性能の差が顕著に現れる。俺がノネッテ国の森で、ロッチャ国の兵相手にやったように、一方的に被害を押し付けてからさっと引くことが可能なのだから。


 一面ではフェロコニー国が有利に見えて、別の側面ではハータウト国が有利に思える。


「結局のところ、両国のどっちが戦術に優れているかの戦いになりそうだな」


 俺がつい思考が漏れて出た呟きに、黒騎士は黒い兜をつけた頭で頷いた。


「我々も同じ見解を出した。そしてハータウト国が有利だと判断した」

「それはなぜ?」

「ロッチャから買った性能の良い武器。戦いの場が自国領内という優位性。フェロコニー国の主力が傭兵で、組織だっての行動が難しいと目されていることからだ」

「まともに戦えばハータウト国が勝つだろうから、ロッチャ地域に影響は出ないと考えて、パルベラ姫に報告しなくてもいいと判断したわけだね」

「取るに足りない情報を、騎士王様の姫の耳に入れる意味はない」


 黒騎士の言い分は真っ当だけど、俺は納得しかねていた。

 なぜかというと、あの出来過ぎな姉であるソレリーナが、いま黒騎士が語ったぐらいの内容を知らないはずがないと感じるからだ。

 この情報を知っていた上で、俺に警戒を促すように語ったと考えると、俺たちが知らない情報が一つか二つあると考えた方がいい。


「フェロコニー国は、別の国と共同戦線を取る線はない?」


 俺の疑問に、黒騎士は困惑した様子の身動きをした。


「フェロコニー国が援軍を求められる国は、三つある。一つは帝国。だが、これはない。戦力の差から、フェロコニー国の戦いというより、帝国の戦いになってしまうからだ」

「帝国が出す戦力に見合う利益が、この戦いで得られるとは考えられないってこと?」

「いまの帝国は、求めていた鉄鉱石を大量に得られる山を得て、とある国との交易で入る白い砂によって各種の産業が活性化している。帝国にとって無価値な森林地帯を手に入れるために、小国に援軍を出す意味はない」


 その白砂を輸出している俺に、黒騎士は兜のスリットから『お前の所為で帝国が強くなっているんだぞ』と鋭い目をしている。

 こっちは借金を解消しないといけないんだから仕方がないだろと思いつつ、話を戻しにかかる。


「帝国がダメなら、他の二つの国だと、援軍はあり得るのかな?」

「フェロコニー国の右側にあるバイブーン国は、援軍は出さないでしょう。フェロコニー国とは仲が悪いので」

「じゃあもう一つの方は?」

「フェロコニー国の下側にあるプルニャ国からの援軍はあり得ます。フェロコニー国と同盟関係という点と、ハータウト国が戦争に勝つと困る点で」

「困るって、どうして?」

「プルニャ国がハータウト国に勝っている分野が一つもない。仮に戦争でフェロコニー国が滅亡し、ハータウト国がその土地を得たら、プルニャ国の貿易収益に多大な損が出る」

「プルニャ国の最大の貿易相手が、同盟国であるフェロコニー国ってことだね」

「貿易規模は少ないが、ロッチャ地域と帝国との関係に似た関係だ」


 ということは、プルニャ国はフェロコニー国へ、武器ないしは鉱石の輸出を行っているということかな。

 気にはなるけど、その部分は無視していい情報だな。


「プルニャ国が援軍を出すとして、どんな大義名分でハータウト国を攻めるかわかる?」

「同盟であるフェロコニー国を助けるため。加えて、フェロコニー国がハータウト国に戦争を仕掛ける理由も併用できる」


 そういえば、フェロコニー国がハータウト国に攻め入ろうとしている理由を、まだ知らなかったな。


「フェロコニー国の大義名分は?」

「ハータウト国の民が領土を侵犯し、フェロコニー国の土地にある木を伐ったという主張だ」

「それ、本当のこと?」

「問題の土地は、どちらの土地ともつかない、両国の緩衝地帯にある。しかしハータウト国に近い場所であることも確かなため、主張が真っ当とは言い難い。大方、体の良い侵攻理由がそれしかなかったのだろう」

「真っ当じゃないのなら、騎士国が仲裁する出番じゃない?」

「明確に言い掛かりとも言えないため、騎士王様の裁可待ちの状況だ。だが恐らく、仲裁はしないはずだ」

「フェロコニー国の主張が正しいと?」

「木材欲しさに緩衝地帯に踏み入った方が悪い、と言えなくはないからだ」


 騎士国の仲裁は期待できなくて、フェロコニー国とプルニャ国の二国に攻められる。

 ハータウト国は崖っぷちじゃないか、これ。


「ともあれ、事情はわかったよ。ありがとう」

「今回は姫様の求めに応じた結果だ。あまり黒騎士われらを当てにするな」

「分かっているよ。俺だってソレリーナ姉上に意味深な言い方で注意されてなかったら、騎士国の情報網を利用しようだなんて思わなかったよ」

「殊勝なことだな」


 黒騎士が気配を消す神聖術を使おうとする気配を感じて、俺は待ったをかけた。


「情報を教えてくれたお礼をしたいから、なにか欲しいものはない?」

「我ら黒騎士は、神聖騎士国に住まう亡霊のような存在。欲しいものなど――」

「そういう建前はいいから。なにがいい?」


 俺が無理にでも聞き出そうとすると、黒騎士は少し恥ずかしそうに言葉を出す。


「――では、甘い菓子を。疲れが吹っ飛びそうな、すごく甘いものを」

「わかった。甘すぎて歯がうずくような菓子を用意させるよ。今日はどうもありがとうね」

「……ふん。変わった王子だ」


 黒騎士が気配を消す神聖術を使い、俺は彼女を認識できなくなった。

 貰えた情報を頭の中で精査しようとして、パルベラ姫がムスッとした顔をしていることが気になった。


「どうかしたの?」

「もう、ミリモスくんは。女性とみると、すぐに甘い顔をするんですから」


 甘い顔をした積もりはなかったんだけどな。

 黒騎士に贈り物をしようとしているのも、以後もよろしくって感じの賄賂のようなものだし。

 そこまで考えて、別の見解を思いついた。


「もしかしてパルベラ姫、妬いてくれてたりする?」

「臆面もなくそう聞いてくるところも、どうかと思うんです!」


 プンプンと怒り出したのを見て、俺は慌てて申し訳ないと謝りに入る。その間、ファミリスが呆れた目を俺たちに向ける姿が、横目に見え続けていた。

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