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閑話 思惑色々


 自分――ドゥルバ・アダトムは直近の部下たちを伴って、ハータウト国への輸出物の護衛についた。

 ロッチャ地域の内は、石畳の道路が整備されていることもあり、簡単な旅程であった。


「行軍訓練含みの物見遊山だなんて、ミリモス王子は兵の慰安というものをお分かりですな」


 などと、部下の一人がお道化て冗談を言うほどに。

 しかし安らかな旅路は、ハータウト国との国境付近までであった。


「将軍。こいつは……」

「わかっておるよ。村の者の様子が少し変だ」


 国境近くにある村に立ち寄った際、村人の雰囲気が緊張気味だった。

 なにか我々に隠し事でもあるかと、長旅の疲れをこの村でとると理由を偽って、一日かけて探ってみた。

 結論を言えば、村人たちが輸送物資を狙う何者かと密通しているという疑念は、全くの誤りだった。

 もし内通しているのであれば、輸送隊の我々を見れば、どこかに知らせを送るものだが、そんな素振りは一切なかったのだ。

 ではなぜ村人が警戒しているのか。それとなく探りを入れた部下に、村人たちはこう言う。


「この周辺で何か変なことが起きたか、ですか? ハッキリと何か起きたわけじゃないんですけどね。こう森がざわついているというか、なにか良くないものが近くに居そうな雰囲気があるんで。だからみんな、なにかが起きてもすぐに逃げられるように心構えをとっているってわけで」


 その言葉に、なるほどと部下一同と共に納得した。

 ミリモス王子が懸念していたように、ハータウト国に入る直前に物資を奪おうとしている輩がいるのだろう。


「いると分かっているのだ。わざわざ罠にはまる必要はあるまい」


 輸送隊の護衛に一小隊を置き、残りの面々で略奪者を狩りに向かう。

 この際に役立つのは、ミリモス王子が持っていた魔道具――木の鳥。それを魔導の研究部が解析して複製したものだ。

 部下が魔導具の鳥を放ち、しばし待つと、国境の森に潜む一団を見つけた。彼らは街道から見られないように潜伏しているが、空からの視界には無頓着で、何人かの姿がはっきりと見てとれた。

 地図を出し、待ち伏せがいる場所に印をつける。


「いい位置に陣取っている。税金逃れで野盗に落ちた者の技量ではないな」

「この襲撃に手慣れている感じは、傭兵でしょう」


 傭兵は武力で金を稼ぐ者たちだ。監視の目がなければ、すぐに弛む存在。

 敵地での潜入工作には完全に不向きだ。


「傭兵が、仮想敵国の奥深くまで行って、ちゃんと仕事をするものか?」

「我らから奪う武器防具の専有を認めれば、連中とて働くでしょう。なにせロッチャの武器は、魔導具を抜きにすれば、一級品なのですから」

「鉄製の武器ならともかく、我らが運んでいるのは青銅製の武器だぞ?」


 ミリモス王子は友好国であっても一級品を渡さないようにしたのだろう、手入れが楽な以外に取り柄がない青銅製――二級品の武器防具たちしか、我々は運んでいない。

 そんなものを命がけで奪いにくるなど、命の安売りが過ぎるような気がするのだが。

 しかし部下の意見は違った。


「二級品とはいえ、ロッチャの鍛冶師が丹精込めた品々ですよ。他国の鉄の武器はもとより、鋼鉄製の武器にも匹敵します。それほどの武器を入手する機会、傭兵にはそうそうあるものじゃありませんよ」

「そういうものか?」


 ロッチャに生まれ育った身としては、いまいち青銅製の武具を有難がる精神への理解が難しい。

 ともあれ、こちらを襲おうとしている輩は、殲滅せねばならない。


「では連中に、青銅より鋼鉄製の武具の方が優れていると、身を持った味わせてやらんといかんな」

「代金は連中の命ということですね」


 部下を伴って地図に印をつけた場所へ進み、分散している略奪者たちを静かに各個撃破していく。

 倒した相手の身元を改めるが、後ろで糸を引いている輩に繋がる情報は得られなかった。


「あとでこいつらの武装を引っぺがして、物資に追加するとしよう」

「ハータウト国へ送るオマケってわけですね。でも、こんなクズ武器もらっても、嬉しがらないんじゃないですかね?」

「なにごとも、ないよりかはあった方が良いものだ。それにロッチャ地域に持って帰ったところで、溶かして作り直すしか使い道がないのだ」

「押し付けるだけで感謝される分、ハータウト国にあげちゃったほうがいいってわけですね」


 などと小声で会話をして、黙り込む。略奪者の最後の者たちの近くまで来たからだ。

 呼吸を整えながら、静かに進む。そして敵が反応する前に、強襲した。

 瞬く間に斬り殺し、身元を検めるが、やはり誰に命令されたかという情報は持っていなかった。


「殺さずに確保しておくべきだったか。いやいや、こんな使い捨てにされる者たちだ。有益な情報など知ってはいまいな」

「こいつらの武器と防具は奪うとして、死体はどうします?」

「ハータウト国ほどではないにしても、ここは森が多い地域だ。放置しておけば、獣が食うだろう」

「冬は獣が冬眠するものですよ。それに人の味を覚えた獣は、人里を襲うようになると聞きますが?」

「それは森に他の餌がなくなったときだけだ。そして森は、ロッチャにあるものより、ハータウト国や帝国の方が濃い」

「ま、いまは冬ですし、血ダラダラ垂れる死体を担いで戻って、貴重な薪を積んで焼くわけにもいきませんしね」


 部下は懸念を棚上げした様子で、殺した者たちの装備を剥ぎ取りにかかる。

 自分も手伝いたいところだが、あいにく両の手がないため、周囲を警戒することしかできない。

 こうして危険を排除した翌朝、我々は村を出発し、ハータウト国へ入国。

 国境の村で出迎えてくれた迎えの者の求めに応じる形で、防備が整った街まで運搬の継続となったのだった。




_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 ロッチャ地域からの輸送隊が無事きたことに、私――ハータウト国王太子、エイキン・ハータウトは胸を撫でおろしていた。

 ロッチャの武器の大量購入という、フェロコニー国がうかつに攻めてこれない手札を、ハータウト国が手にしたからだ。


「それにしても、やはりロッチャは強兵。襲われる前に、襲撃者たちを逆討ちにするとはな。しかも気前が良いことに、その襲撃者たちの装備を無償で進呈してくれるとは」


 もっとも金銭面では無償でも、国家関係からいえば無償ではない。

 ロッチャの警備隊は襲撃犯の装備をこちらに渡すことで、『我々は要らぬ面倒を被った』と言葉なく明言してきたのだから。


「若年にして戦争で三国を下し、二国を手中に収めたミリモス王子。その配下だけあり、腹芸は得意か」


 あの王子が存在することでロッチャ地域、ひいてはノネッテ国は強国になりつつある。

 この時点で知己を得られたのは行幸か、それとも作った借りに将来ハータウト国が首を絞められることになるのか。


「幸いは、かの王子に騎士国の監視がいるという点。『悪い』ことを行えないという事実に、いまは安心しておくことにしよう」


 いまはロッチャと事を構える可能性を考えるより、フェロコニー国が次にどう動くかを見極めることの方が先決。


「それと、帝国が嘴を突っ込んでこないかの確認もだな。不本意ながら、父上に出張ってもらうしかないか」


 ハータウト国では慣例的に、王太子が国の運営の差配をし、拭いきれないほどの失敗があれば国王が肩代わりして退位するという形をとっている。これは若い感性を国家運営に取り入れるためと、失敗しても後があるという精神的な余裕から積極的な国策を打ち出せるためだ。

 そんな慣例があるため、国王に出張ってもらうということは、王太子の力量が不足していると表明するも同然の行為。

 本来なら躊躇うべき禁じ手であるのだが――


「――帝国との会談において、事実上の属国の王太子では格が落ちすぎるため仕方がない。それに私が汚名を被るぐらい、国の存亡に比べては、いかほどのものでもない」


 そう自分に言い聞かせるように言いつつ、しくしくと痛む胃を抑えるように手を当てる。

 自分のことながら繊細な精神だなと苦笑いして、国を存続させるために働き続けるのである。

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