九十五話 国王クェルチャ三世
ハータウト国王との会談は、今回の俺たちの訪問は私的な用事という建前になっているため、国王の執務室で行われることになった。
俺とファミリス、そしてパルベラ姫は王城の正面から通され、案内に従うままに城内を歩き進んでいく。
通された部屋に入って、ハータウト国側の護衛の姿と数を確認してから王へと目を向け、俺は驚いた。
執務机に着く国王クェルチャ三世が、大変に老いた男性だったからだ。
その皺くちゃな顔や手指から、七十歳は優に超えているだろう。薄くなった白髪の頭に乗せた王冠が重たいのか首が少し傾いていて、毛足の長いマントに包まれている体は枯れ木のように細い。
表現は悪いけど、いつ死んでもおかしくないと、見た人に抱かせるような老人だ。
俺が困惑しているのを見抜いたのか、クェルチャ三世はにこやかに笑う。
「このようなおいぼれが、まだ王であることが、ふしぎでしかたがないと言ったかんじよな」
何本もの歯が抜けた口で紡がれる言葉が少し聞き取りにくかったこともあるが、咄嗟にはどう返答すべき思い至らず、結局は当たり障りのない言葉を選ぶことにした。
「その矍鑠たる様子を見れば、退位することが勿体ないと家臣が判断するのも納得ですね」
「ほあほあほあ。ひ孫のような年の子にほめられているとおもうと、ゆかいゆかい」
会談の前哨戦はクェルチャ三世に取られてしまったな。ここからは少し気を引き締めよう。
「もうご存知でございましょうが、僕はノネッテ国の王子でありロッチャ地域領主、ミリモス・ノネッテ。貴国に武器の援助を求められたため、国情の実体をこの目で見て耳で聞くるべく、お邪魔させていただいております」
俺が王子口調で自己紹介をすると、クェルチャ三世が興味深そうな目を向けてきた。
「ほほう。して、この国はどうだったであろう?」
「観光目線で言えば、建築用の木材や、木に生る果物や木の実が豊富に供給されていて、とても暮らしやすそうですね」
「ふむふむ。では、しせいしゃの目ではどうだったであろう?」
一瞬言葉の意味を掴みかねて――ああ『施政者の目』ねと納得しなおした。
「北に君臨する帝国、東に友好的ではないフェロコニー国がいる割に、兵士全体の数と練度が乏しい印象がありました。正直に言って、このままフェロコニー国と開戦にでもなれば、ハータウト国は苦しい戦いを強いられると感じました」
ここで俺は、正直すぎる感想を言ってしまったことに、遅まきながらに気付いた。
ちらりとハータウト国の護衛たちを見ると、表面上はすまし顔をしているものの、こちらを睨むように目に力が入っている。
しかしながらクェルチャ三世は、俺の評価に大笑いだった。
「ほあほあほあ! さすがはロッチャ国とアンビトース国をたいらげたけつぶつよ。まっとうなひょうかをするではないか」
ここまで上機嫌なら、もう少し踏み込んだ発言をしてもいいかな?
「お褒めに預かり恐縮ですが、ロッチャ地域の武器を欲しているあたり、ハータウト国王様も同意見だったのでは?」
「帝国のきょういはあれど、たべものは森が供してくれるため、おしなべて平和な国なのだ。兵のやくわりも、野獣たいじや魔物を追いちらすものが主で、人あいては犯罪のとりしまりぐらい。兵がつよくなくてもよかったのだ」
兵は強くある方が良いに決まっているのにと不思議がっていると、クェルチャ三世は俺の考え違いを指摘してきた。
「となりの帝国と仲よくしておくことが、国政のさいぜん。そのためには兵は弱いほうがよい」
「帝国からすれば、ハータウト国の兵が弱ければ弱いほど、敵対者足りえないと思ってくれるということですか?」
「それだけではないぞ。こちらを弱兵とあなどって、たの国がこの国にせんそうをしかけてきたら、帝国のたすけをきたいできる」
「生き残らせる相手を選べるなら、弱い方が都合がいいですもんね。加えて、帝国は戦争を仕掛けてきた国を攻め落とす口実が入手できますからね」
なるほど、兵をあえて弱くする考え方もありだな。
俺が率いるようになってからロッチャ地域では、帝国や騎士国に武力で対抗できるよう、魔導技術を推進させようとしている。けど、そう出来る国ばかりではないもんな。
「でも弱兵でありたいのなら、そして戦争になった場合に帝国の援護を期待できるなら、どうしてロッチャ地域の武器が欲しいのでしょう?」
理屈が通らないと感じていると、クェルチャ三世は困り顔で内情を説明してくれた。
「それが、フェロコニー国のれんちゅう、この国をせめおとしたあかつきには、この国土のはんぶんを帝国にくれてやると約定をかわしたといううわさがあるのだ」
「その代わり帝国は、ハータウト国とフェロコニー国との戦争に手出しをしないようにと?」
「なにもせずに、あらたな国土がてにはいるとあれば、帝国でなくても同じことをするであろうよ」
「帝国が動いてくれないと分かったので、ロッチャ地域の武器を当てにしたというわけですか」
筋道はちゃんとしているけど、ここまでの情報収集と合っていない点が一つ。
「本当に、フェロコニー国と戦争するのですか? 民の間では、戦争にはならないと考えているようですが?」
「いままでもフェロコニー国が戦争をしかけようとすることが多々あった。しかし実現はしなかった。そのため民は、また虚言であるとおもっておるのだよ」
「それにしても戦争間近ともあれば、人々が気付きそうなものですが?」
「戦争がはじまるまで、まだときがあるのだ。ここら森林ちたいでは、戦争はふゆの最中にやるものと相場がきまっておる」
「冬に、ですか?」
秋の収穫直後なので、確かに冬に戦争すれば糧秣は潤沢だ。しかしそれは、寒さを退けて氷を解かすための薪が大量に必要という欠点の裏返しでもある。そして薪を拾い集めることは、民たちが秋口には収集し尽くしてしまうため難しい。
さらに言えば冬は日が落ちるのが早い。その分だけ日中の軍事行動は短くならざるを得ず、夜襲の警戒が長時間になるという問題点もある。
しかし、ところ変われば作法も変わるらしい。
「なつの森林は葉がしげって見通しがわるい。冬になり葉がおちれば、そのぶんだけ見通しがきく。他国へ侵攻をするさいにじゅうようなことは、敵をいちはやくはっけんできること。どちらの時期がよいか、いわずもがなよ」
「ハータウト国がロッチャ地域へ輸出しているように、森林地帯にある国は木材や木炭の産出国。つまり冬の軍事行動の問題である薪や炭には事欠かきませんでしたね」
「加えて、枯れ葉はよくもえるため、ふゆのほうが火刑戦術がとりやすくもある」
言われれば確かに、森林地帯に限っては冬の方が戦争に適しているようだ。
「冬本番にフェロコニー国が戦争を起こすとしたら、まだ数十日は時間がありますね」
「そのとおり。そのにっすうの間に、武器をようだててほしい」
「そういうことなら、僕の方は嫌はないのですが――」
俺は視線をファミリスとパルベラ姫に向けながら、言葉を続ける。
「――僕は、こちらの騎士国のお二方に監視されている立場です。この方々が『否』と言えば、輸出はできません」
クェルチャ三世だけでなく護衛たちもが見つめる中、ファミリスが口を開く。
「国土を守る戦いであるのなるうえに、帝国の思惑を崩しえる選択でもあります。これはロッチャ地域から武器を輸出することを認めざるを得ないでしょう。パルベラ姫様は異論ございますか?」
「ファミリスの意見に賛同します。あとは、いくらで武器を買っていただけるかだけが問題でしょう」
パルベラ姫の文字通りの現金な話に、居合わせている一同は微妙な表情になった。
俺だって、きっと好意から俺の利益になるように話を進めようとしてくれているのだろうと理解はしながらも、初めて出会ったときは泣いていた少女だったパルベラ姫が随分と逞しくなったもんだなって、つい思ってしまったのだった。