九十四話 ハータウトの王城へ
兵士たちはちゃんと上司に報告をしたようで、昨日の今日でさっそくハータウト国王に面会できることになった。
とはいえ、ハータウト国の隣にある土地の領主と、大国である騎士国の姫と騎士が、大っぴらに謁見するのは各方面への影響が大きいため、私的な面会になるとも返事がきていた。
俺たちは旅装から正装に着替えて、ハータウト国の王城へと先方が用意してくれた馬車に乗る。
窓から外を眺めていると、馬に乗った兵士が、馬車の左右に二人ずつ並走してくれていた。
俺は兵士として訓練をした性で、馬に乗る兵士たちの装備と技量が気になり、それとなく推し量ることにした。
兵士の鎧は野生動物の皮を鞣したらしき革鎧。兜も同様。得物は身幅が普通の半分ほどに短い代わりに厚みがある、剣鉈のような青銅剣。それとオモチャのような小さな弓と矢。剣も弓矢も、森の中での取り回しを考えて、あえて小さく作ってあるんだろう。
兵士たちは馬の背に乗っている関係で、常に体を揺すられているのだけど、体幹を鍛えているらしく姿勢正しいままでいる。それでいて手綱を柔らかく持って、不測の事態があればすぐに武器を抜けるようにしている。さらには、それとなく周囲を観察して進路上に出てきそうな人物や怪しげな人影に注意している。
馬の操り方も長けていて、少しの手綱さばきと軽い鐙の打ち付けで、馬を自分の足のように思うままに動かしている。道で子供たちに声援を貰った際に、格好をつけて馬四騎の歩調を揃えてみせるなんてことを軽々とやっていた。
そんな目の配り方、体つき、心構え、体から発する雰囲気から、手ごわそうな兵士たちだと、俺は評価した。
しかし昨日宿屋に押し入ってきた兵士たちの低技量ぶりを考えると、隣を馬に乗って並走する彼らはごく一握りしかいない特別な兵士に違いない。差し詰め、王を守る近衛兵なんだろう。
兵士たちの力量観察と正体予想をしている間に、市街地からやや離れた場所にある王城の近くにまで来ていた。
ハータウト国の王城は、木材と石材を併用した建築物だ。
城壁は大小さまざまな石を積んで作られているけど、地面から真ん中ぐらいまで木材で補強がされている。城門の大扉は木製だけど、分厚い板を組み合わせて作ったらしき、吊り下げ式の一枚扉になっている。扉を吊り止めている縄の先には、重し代わりの巨石がある。通常は木製のコロを用いて石を移動させることで扉を吊り下げていき、緊急事態には縄を斬ることで扉を落とし閉じる構造になっているようだ。
馬車で大扉から中に入ってから、俺は振り向いて城壁の内観を確認する。
石を並べて作られた城壁の裏側には、木製の壁が重ねられて建てられていた。
石壁を崩されても木の壁でもうひと頑張りするための設計――もしくは石壁の強度が不安で木壁で補強しなきゃならなかったかだ。
城壁周りで見かける兵士たちは、身動きや感じる雰囲気が、昨日宿屋に来た兵士たちに近い。
彼らの技量が、ハータウト国軍の平均だとすると、同数の戦いだったらロッチャ地域軍はもとより、ノネッテ本国の兵士で相手しても勝てるんじゃないだろうか。
聞きようによっては失礼な俺の評価だけど、ファミリスも同じ感触を得ていたよう。
「王城を守る兵士がこれとは嘆かわしい。これほどまでに弱兵ばかりゆえに、フェロコニー国とやらに侮られたに違いありません」
「ロッチャ地域の武器を欲したからには、裏があるとは思っていたけど、兵士の力量にも問題があるだなんてね」
「技量の伴わない者は、名剣を持とうと達人にはなれないのが道理。あの兵士たちにロッチャの武器を渡したところで、無用の長物になる未来しかないでしょう」
ファミリスの意見に同意したい部分はあるけど――
「――弱兵を強兵に作り変えるものこそが兵器だよ。帝国の魔導具がいい例でしょ」
「そうでした。帝国なぞは魔導具の脅威がなければ、弱兵の群れでしかありませんでした」
「帝国を弱兵だなんて言えるだなんて、大陸広しといえど、二大国のもう片方である騎士国の騎士様だけだよ」
少なくとも俺は、ロッチャ地域軍を率いて、仮に魔法なしで帝国と対戦したとしても、決して侮ったりはできない。
弱兵を強兵に変えるのが兵器なら、弱兵が弱兵のままで勝てるようにするものが戦術や戦略だ。騎士国と帝国との戦争の場面を思い返しても、帝国は魔導杖の照準のタイミングを狙ったり、パルベラ姫の守役の人を殺したときだって、兵士たちは組織だって行動していた。つまり戦術を立てる頭がちゃんとあることを意味している。
だからこそ、帝国が仮に魔法という兵器を失おうと、戦術で勝ちを掴みに来るに違いないのだ。
そこまで考えて、帝国はハータウト国とフェロコニー国との件には関係がないって、頭を振って思考を頭から追い出した。
「ハータウト国は、いまのところロッチャ地域と良い関係のお隣さんだし、万が一戦争になったときに勝たせてあげられるような方針を立てないとな」
俺が自分に言い聞かせるように小さく呟いたところで、馬車が止まった。
いよいよ、ハータウト国王との会談だ。
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