九十二話 首都ディヴァリオ
ハータウト国の街道を進んで、やってきました首都の『ディヴァリオ』。
ディヴァリオの街並みはというと、板葺き三角屋根と煙突がある木造建築が建ち並んでいて、乾いた地道が複雑な形に伸びているという、いわば北欧風の見た目だった。
建物の壁にも茶色い木板を打ち付けてあるため、街の全体像としては少し暗い印象を受ける。
その暗さを払しょくするためだろうか、街道の脇には花が植えられていて、冬間近な季節だというのに花々が咲いていた。
それらの花の香りか、空気中に甘い匂いがしている気がする。
そう俺がディヴァリオの街並みを観察していると、パルベラ姫が近寄ってきて、ある方向を指してきた。
「ミリモスくん。干し果物が山のように売られていますよ。まるで色とりどりの宝石の量り売りをしているかのようですよね」
どうやら先ほどの甘い匂いは、果物屋からのものだったらしい。
そしてパルベラ姫が言葉の裏で、何を言いたいのかも理解した。
「美味しそうだし、いくつか買っていこうか」
「ホネスさんへのお土産にもいいですしね。ファミリス、馬の手綱をお願いするわ」
「畏まりました。それでパルベラ姫様」
「ふふっ。ちゃんとファミリスの分も買うから、心配しないで」
俺はパルベラ姫と連れ立って、干し果物を売っているお店へ。
男性店主は俺たちの接近に気付いてビジネススマイルを浮かべようとし、俺の格好――革鎧に帝国製魔導剣と騎士国の紋章入り短剣――を見て渋い顔になった。
「あんた――いや、そのお嬢さんの護衛か。驚かさないでくれよ」
店主はパルベラ姫の旅装を見てから顔を綻ばせる。
どうして態度が変わったのか不思議だったが、まずは店の商品を買うことにした。
並んでいるのはドライフルーツだけでなく、木の器に入れられて紙で覆いをされたジャムと、ナッツ類も置かれていた。乾物屋の部類に入る店なのだろう。
種類は様々あって、ドライフルーツならベリー系に始まり柑橘系から林檎にブドウ系などなど、ジャムも似たラインナップで、ナッツ類はクルミに松の実に椎の実なんて木からとれるものばかりだ。果物製品に関しては、流石ハータウト国の主力輸出品であると感心してしまうほどの量と質が見てとれた。
主力輸出品のもう一つが木材だけあって、材料が共通する製紙業も盛んなのか、俺たちが大量に買ったドライフルーツを入れてくれたのは茶色い紙袋だった。
さて色々と買い込んで店主がニコニコ笑顔になっているところで、先ほど抱いた疑問について聞くことにした。
「さっき俺の姿を見て、なにか嫌そうでしたが、どうしてです?」
「あー、悪いことをしてしまったね。あんたの格好を見て『傭兵』だと勘違いしたもんでね」
「傭兵が首都に?」
この世界にも傭兵がいることは、兵法書を読んでいたため知っていた。
書にいわく。払った金額未満の成果しか見込めない、強きものに弱く、弱きものに強い弱兵たち。利点は、武器防具が自前の物を持っているため、常設軍を持つより安上がりに戦闘兵を手にできる一点のみ。一方で傭兵には、金を払っていても民に蛮行を働いたり野盗に変じる危険性が存在する。
兵法書でそう散々な評価なこともあったし、ノネッテ国は小国だから国土を守る兵数が少なくて平気だったし、ロッチャ地域には一万人もの兵士がいたしで、俺が指揮する軍に必要がない人材だった。
そんな傭兵がハータウト国の首都で見かけるとなると、きな臭さが増してきた。
「傭兵たちは、何の用事でここに?」
「そいつはな――」
店主は近くの周囲に聞き耳を立てている者がいないことを目で確認してから、俺にこっそり耳打ちしてきた。
「――なんでも、フェロコニー国がうちに戦争をしかけてこようとしている様子だって噂があってな」
「戦争の気配を感じて、傭兵がやってきていると?」
「いや、そうじゃない。フェロコニー国が戦争準備で傭兵を集めていると聞いて、そっちに流れないようにって、この国にいた傭兵たちを役人が安値で抱え込んだらしいんだ」
「安値って契約って、よく傭兵たちが飲みましたね」
「契約内容は『この国に居るだけ。他は何もしなくていい』って感じだったらしい。この店にきた傭兵が、寝ているだけで金が貰えるって得意げになっていた」
傭兵は危険なことを任されて金を貰うことが普通だけど、彼らだって命がけの仕事を好んでいるわけじゃないってことだな。
そして傭兵を飼い殺すような方法をとっていることから考えるに、ハータウト国の側は戦争に乗り気じゃなくて、フェロコニー国の側が乗り気であるって感じだな。
「ためになったよ。教えてくれてありがとう」
「これだけ買ってくれたからな、いいってことよ。まあそんなわけでだ、この街でその格好だと、人からイヤな目で見られるかもしれないが」
「わかってます。傭兵を警戒しているだけで、悪気があるわけじゃないんでしょ」
「理解してくれて助かるよ。そんで聞き分けの良い兄ちゃんには、次きたらときオマケをつけてやると約束だ」
「じゃあ、この街を離れるときには、また寄らないとだね。そのときはジャムも買うことにするよ」
お互いに笑顔で分かれ、俺はパルベラ姫と共にファミリスのもとへ。
俺は馬の鞍にドライフルーツが入った袋を括りつけてから、小分けにしていた小袋を手綱と引き換えにしてファミリスに手渡した。
「馬を見ていてくれたお礼。ファミリスが気に入りそうな酸味が少なくて甘い干し果物を、パルベラ姫と一緒に選んで入れてあるよ」
ファミリスはパッと顔を輝かせて小袋の口から中を覗き、さらに嬉しそうな表情になる。その後で、自分の浮かれ具合を自覚したらしく、頬を羞恥で少し赤く染めながら、咳ばらいをしてきた。
「こほん――ありがたく受け取らせていただきます。食べるのが楽しみですね。ふふっ」
本当に嬉しいらしく、真面目を装っていた表情が最後まで保つことができていない。
ファミリスの女性らしい一面に、俺は見ていない素振りをして、パルベラ姫が口に手を当てて忍び笑いを零したのだった。