九十一話 情報収集
ロッチャ地域の街道の終わりまで進み、そこからは土の道に沿ってハータウト国へ。
ここで本来なら、国境の関所を通って入国する必要があるのだけど、今回はそうはしなかった。
そうなった発端は、ファミリスの意見だ。
「我々が国に入ったことを知られると、ハータウト国内の正しい状況を見ることができなくなってしまいます」
「言い分はわかるけど、関所を通らずに行くって、どうやるわけ?」
「それはもちろん、道なき道を行くのです」
ファミリスの示した先は、斜面険しく森林が生い茂るハータウト国の山。
あれほどの木々が立ち並んでいる場所を行けば、確かに誰に見咎められることもなく、ハータウト国に入ることが出来るだろう。
理由は分かったし、俺はファミリスの無茶振りに慣れているからいいけど――
「――パルベラ姫も山道を行くことになるんだけど、それでいいの?」
ファミリスのパルベラ姫への溺愛っぷりを考えると、道なき道を行くような過酷な旅をさせるのは躊躇うはずだ。
そんな俺の浅はかな考えは、当のパルベラ姫によって否定されることになる。
「ミリモスくん。私の心配はしないでください。これでも神聖騎士国の姫です。遅かれ早かれ、野山を縦横無尽に駆け回れるようにならねばならないんですから!」
「よくぞ言ってくださいました、パルベラ姫様!」
パルベラ姫の決意を決めた姿に、ファミリスは感動したように拍手を送っている。
俺はそんな二人の様子を心情的に遠巻きに見ながら、パルベラ姫が乗り気なら仕方がないと、野山を進むことに同意したのだった。
野山にある森林を進み、関所破りを行った。そして関所にいるハータウト国の兵士たちに見咎められない距離まで進んだ後で、街道へ出戻った。
ハータウト国の街道は、俺がロッチャ地域に敷設したものとは違い、剥き出しの土に下草や小石がある野道だ。
ノネッテ本国を思い起こす自然の景色だけど、道の脇はすぐに茂った藪になっていていたり、森林の緑が濃いあたりが違う点だ。森の木々の幹も、ノネッテ本国の山林のものに比べると太く逞しく見える。
俺が自然の差に感じ入っている横では、ファミリスがパルベラ姫の髪についた葉っぱや小枝を取り除いている。
「街道に戻ったところで。これから先は、道々の人たちに近況を聞いて回ります」
「その際には私が世間知らずの商屋の娘で、ミリモスくんとファミリスが護衛という風体を装うのよね。覚えているわ」
そういう偽装をするためか、珍しいことにパルベラ姫が率先して道を馬で進んでいく。
俺とファミリスは後を追いつつ、護衛っぽく見えるように周囲に視線を送りながら道を行くことにした。
街道を進んでいくと、ロッチャ地域とハータウト国は交易を盛んに行っているため、行商人を主体とした人たちをよく見かけた。
そして出会う人たちに、ハータウト国の現状を聞いて回っていく。
「この国の状況というと、山向こうの国が別の国になってからは、よく物が売れるようになって、金周りが良くなったねえ」
「ロッチャ国――ああ、潰れてロッチャ地域になったんだった。あそこ景気がいいから、干し果物以外の高級品も売るようにしようって話があるな。それはなにかって? 果物の蜂蜜漬けだよ。保存食なのに、生の果肉の味がして美味いぞぉ。だからな、店を営んでいるっていうお嬢ちゃんのお父さんに、そんな儲け話があるって伝えてくれよ」
「ハータウト国と周辺国の関係? ロッチャ地域と帝国は、いい関係じゃないかな? この国のさらに東にある国? 『フェロコニー国』のこと? あそことはあんまり仲良くないかな? 理由は売り物が木材と同じだったからじゃなかったっけ?」
「フェロコニー国のことを知りたいって言われてもな。あっちの国の主な輸出品は、この国で採れるものしか扱ってないから、あんまり取引がないんだ。ああでも、最近『竹』って植物の製品を作っているようだな。あれだけはハータウト国にはないな」
「ハータウト国が戦争をするって噂は、たしかに聞いたことはあるな。だが相手がどこかの話は流れてきてないんだ。隠しているというよりかは、本決まりにはなってないって感じだと思うぜ」
そんな感じで話を集めて回った感触からすると、ハータウト国は戦争の準備はしようとしているけど、本格的に戦争の筋道が立ったわけじゃないって感じだった。
この俺の見解は、ファミリスも支持してくれた。
「もしかしたら、ロッチャ地域から輸入する武器の品質を見せつけて、相手国の戦意を挫くために使うのかもしれないですね」
「帝国には魔導具、騎士国には神聖術があるからこそ、両国に戦争を吹っ掛ける小国はいないように、ロッチャ地域の武器を抑止力にするってこと?」
「魔法にも神聖術にも長じていない人にとっては、ロッチャ地域の鉄製の防具は鉄壁で脅威でしょうからね」
俺は魔法も神聖術も使えるし、ノネッテ国軍に串剣の配布が間に合ったから、鉄の鎧相手にあっさりと勝てた。けど、本来なら苦戦して然るべき相手だったんだよなぁ。
そう考えると、実はロッチャ地域軍一万の兵って、帝国と騎士国に継ぐ強さを持っているんじゃないだろうか――いやいや。これは自惚れ過ぎだな。
「ファミリスの見識が正しいのなら、武器を売ったとしても『正しさ』に反することにはならないよね」
「無駄に人死にを出さない方法であるのならば、それは正しいと言えますからね」
ファミリスは俺の意見に同意しつつも、まだ完璧に納得してはいない様子だった。
「どうせここまでやって来たのですから、ハータウト国の国主に会って、同志て武器を欲しているかを聞くべきでしょう」
「ってことは、首都まで行かないとだね」
「なに草臥れた顔をしているのですか。ミリモス王子自らがハータウトの国主と会って交易の話をつけられるのですよ。得にこそなれ、損にはならないことでしょうに」
「それはその通りなんだけどね」
俺が歯切れ悪いのは、ファミリスが国主に会おうと提案してきたから。
もっと言えば、侮ることができないファミリスの勘が、いまここで引き返すのは悪手だと判断しているということだ。
なにやら厄介事の臭いがしてきたなと感じながらも、毒を食らわば皿までの精神を発揮して、ハータウト国の首都へと向かうことにしたのだった。






