九十話 移動中
俺はいま、馬の背に乗って街道を爆走している。
目的地は森林地帯に入った場所にある、隣国のハータウト国――ロッチャ地域に武器の輸出を持ち掛けてきた国である。
ではなぜ、俺がその国に向かっているかというと、隣を並走しているファミリスの所為だったりする。
『ミリモス王子が戦争のための武器を輸出したいのなら、その是非を彼の国の正当性を見て判断しましょう!』
あの場で、正しさを標榜する騎士国の騎士様のお言葉を拒否した場合、隣国への武器輸出はとん挫することになり、ひいては隣国との関係の悪化とロッチャ地域の収入減少に繋がると、俺は判断した。
ただ隣国の様子を見に行くだけで武器の輸出ができるようになるならと、俺はファミリスの言葉に従って、ハータウト国の正当性をこの目で確かめるべく、馬に街道を駆けさせているわけである。
さて旅路を進むにあたって、放置することになる政務をやってもらうためと、人質のアテンツァとジヴェルデの世話をしてもらうよう、ホネスに留守番を頼んだ。
『もうセンパイは。なにかあると、すぐ押し付けるんですから』
そうむくれるホネスを、埋め合わせするからとご機嫌を取らなきゃいけなくなったけどね。
変なことを頼まれないよう、いまから祈っておくことにする。
この旅路は、俺とファミリス、それぞれが乗る馬以外に、もう一人の同行者がいる。
それは、俺たちと同じように馬に乗っている、パルベラ姫だ。
「それにしても以外だったな」
「なんですか、ミリモス王子?」
独り言を聞きとがめてきたファミリスに、俺は呟きの続きの言葉を喋っていく。
「いままでは、ネロテオラにファミリスと同乗していたでしょ。なのに今回は、自分で手綱を操っているじゃない」
パルベラ姫に目線を向けながら言うと、ファミリスが『そのことか』といった納得の顔になった。
「ミリモス王子が人馬一体の神聖術を使えるようになったと知り、パルベラ姫様は乗馬の努力をなされるようになったのです」
「それはまた――」
なんで、と続けようとしたところ、ファミリスにじっと睨まれてしまった。
その目つきは、差し詰め『それぐらい理解しろ』と言った感じ。
俺はどうしてかを考えて、一つの結論に至る。
「――俺に置いていかれないように、かな?」
「はぁ~。ミリモス王子の恋愛感情の鈍さを考えれば、半分正解でも上々と言ったところでしょうね」
失礼な評価の後で、ファミリスは説明してくれた。
「先の戦の序戦で、ミリモス王子にネロテオラを使わせてあげた際に、パルベラ姫様はご自分にも馬術の心得があれば、追いかけて行けたのにと悔やまれたのですよ」
「つまり、俺と同じ戦場を駆けたいと願っているってこと?」
「騎士国の姫としては、戦場に思いを馳せるようになってくれたこと自体は、良い傾向なのですけど……」
その切っ掛けが俺という部分に、ファミリスは複雑な心境があるみたいだった。
俺たちが会話をしていると、パルベラ姫は馬を少し早く駆けさせて、俺とファミリスの間の位置に入ってきた。
「二人とも。お喋りでしたら、私も参加させてください」
「別に仲間外れにした気はないよ」
俺は弁明してから、いままでの話とは別の話題を振ることにした。
「パルベラ姫。その馬の扱いには慣れましたか?」
「はい。この子は騎手を気遣ってくれる良い子なので、乗ることがすごく楽なんですよ」
「ロッチャ地域で育んでいる馬は、どれも全身鎧なんかの重たい荷物を長距離運ぶ荷馬が起源だからね。騎乗用の馬でも従順で大人しく、長距離を走る体力と多少の荷物を載せても折れない足の強靭さがあるんだって話だよ」
利点ばかりを上げたけど、欠点として速度が遅いことがあげられる。
それこそ、ロッチャ地域産の馬の足の遅さに、並走しているネロテオラが苛立っているように見えるほど。
その不機嫌さが騎手であるファミリスにも届いているのだろう、ネロテオラを慰めるように首筋を撫でてやっている。
「ではパルベラ姫様が馬の扱いになれたところで、次は人馬一体の神聖術の試行に入っていただきます」
「やってみるね!」
意気込むパルベラ姫が、神聖術を発動させる。
神聖術は、魔法の現象とは違い、見た目でハッキリとわかる変化は現れない。それでも、威圧感と言うか存在感と言おうか、そういった『気配の圧』のようなものが膨れるのを感じることはできるのだ。
神聖術が発動していることを見取ったファミリスが、人馬一体のための次の指示を出す。
「では姫様。馬の体に神聖術の力を注いでください」
「や、やってみる!」
パルベラ姫はうんうん唸りながら、どうにか馬の体に神聖術を浸透させようとしている。
けど、上手くいっているようには見えなかった。
「パルベラ姫様。どばっと神聖術の力を込めるのです! 鉄砲水が土壁を破壊するように、勢いよく注ぐのです!」
「ファミリス、無茶を言わないで!」
パルベラ姫の悲鳴はもっともだ。
ファミリスのように大量の神聖術を行使できるのならばともかく、いまのパルベラ姫が発動している力は弱々しい感じしかない。おおまかに、俺の最大発動量の半分ほどな感じだ。
人馬一体の神聖術を発動させるには、俺自身の最大に発揮できる神聖術の力が必要なのだから、パルベラ姫が全力を振り絞っても人馬一体の神聖術を発動することはできないだろう。
とはいえ、それはファミリスの指導に従っていればの話だ。
全力を出さなくても人馬一体の神聖術の発動ができるよう、俺は密かに試行錯誤して、新たなやり方を思いついていたのだ。
その新たな方法の着想に至ったヒントは、乗り手の神聖術の力が馬の内臓まで至ったとき、人馬一体の神聖術が発動すると、スペルビアードを倒した際に知ったことだった。
「パルベラ姫。無理に力を込めて、馬に神聖術の力を注ごうとしなくていいよ。自分が発する神聖術の力が、徐々に馬の体内まで染みていくように持続的に注いでいくようにしてみて」
「徐々に染みていく、ですか?」
「そう。花壇の土に如雨露で水を撒くとき、小雨ぐらいの少しずつの水でも撒き続ければ、やがて土は深くまで湿っていくでしょ。それと同じ感じにね」
そうイメージを伝えると、パルベラ姫は自身でもファミリスの方法では上手くいかないと直感していたのだろう、素直に指示に従ってくれた。
こちらを信じてくれたのだから、手助けをするべきだろう。俺はパルベラ姫の横で、パルベラ姫が出せる量の神聖術の力を出して、手本を見せるように人馬一体の神聖術の発動にとりかかる。
俺が出している弱々しい神聖術の力が脚を伝って、乗馬の肌にじわりじわりと染みていく。筋肉と骨に染みる流れを阻まれつつも、ゆっくりと時間をかけて、馬の内臓まで到達する。
その瞬間、人馬一体の神聖術が発動し、馬の存在感が一気に増した。
俺が発動できたことを、パルベラ姫は見て感じて理解したのだろう。俺が伝えた方法を信じた顔になり、じっくりと神聖術の力が馬に染みていくまで根気強く待つようになった。
時間にして五分ほどだろうか、パルベラ姫の乗る馬の気配が一気に濃くなった。
「これが、人馬一体の神聖術――ミリモスくん、できました!」
「パルベラ姫、ここで気を抜いちゃダメだよ。いま人馬一体の神聖術が消えたら、また長い時間かけて発動させないといけないんだから」
「あっ、そうでした。でも、やっぱり嬉しいです!」
パルベラ姫の曇りない笑顔を見て、俺も思わず笑顔になってしまう。
そのときファミリスだけが、憮然とした表情をしていることに気付いた。続けて、結果的にファミリスの役目を奪ってしまったことにも。
「ごめんね、ファミリス。つい口を出しちゃって」
「……いえ、いいんです。ミリモス王子の提案した方法で、パルベラ姫様が人馬一体の神聖術を使えたのは確かなんですから。ええ、発動までにこんなに時間がかかる方法では、実戦では使えないなんて思っていませんとも」
いいと言いつつ、気にしまくりのファミリス。
俺が拗ねるなと言ってしまうと逆効果なので、パルベラ姫に助けを求めた。
「ファミリス。私が人馬一体の神聖術を発動できたこと、一緒に喜んではくれないのかしら?」
「いえ、違うんです姫様。大変、喜んでいます!」
「喜んでいる割に、お顔が不機嫌そうではありませんか?」
「まさか! この顔は無愛想なので勘違いされているんです! もう笑顔も笑顔です!」
俺への対抗心よりも、パルベラ姫の機嫌を損なわないようにする方を選んだようで、ファミリスは本心からの笑顔になる。
俺はその変わり身の早さに舌を巻き、パルベラ姫は慣れた調子で微苦笑していた。
とにもかくにも、俺たち全員が人馬一体の神聖術を発動できるようになったため、ここから先は神聖術を用いて迅速に旅路を消化することにしたのだった。