表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/497

八十九話 時は過ぎ

 時間が経つのは早いもので、夏が過ぎ、秋も深まり、冬間近となった。

 ロッチャ地域では冬麦の収穫が終わり、冬の間に畑で育てる茨の蔓の種を撒いている。俺がノネッテ国からやってきて旅をした際も、畑にこの植物が茂っていた姿を見たっけな。

 この茨の蔓は冬の間の燃料になるだけじゃなく、畑を富ませる性質もあるそうで、麦の二期作を行って畑が痩せがちになるロッチャ地域にとって、なくてはならない植物なのだそうだ。

 そんな雑学を、俺が執務をする横で、同じく書類作業をしているホネスが語ってくれた。


「よくそんなこと、知っているね」

「ふふーん。センパイは兵士たちと会話を多くするように、女性の文官の方とよくお喋りしているんです」

「俺も文官と雑談したくはあるんだよ。けど、喋りかけると、どうも逃げられちゃってね」

「文官の人たちは、センパイのことを怖がっているので、仕方がないでしょうね」

「怖がる? 特に悪いことをしたような覚えはないけど?」


 権力を笠に着たパワハラはしないよう気をつけているのにと首を傾げたところ、ホネスが「わかっていない」と肩をすくめてきた。


「センパイは、将軍並の武勇があるうえに、筆頭文官並みの教養も持ち合わせているんですよ。会話の際に下手なことを言ってしまったら、咎められてバッサリとやられるんじゃないかって、文官の人たちが不安に思っちゃうのは仕方がないでしょう」

「失礼な。俺はそんな考えなしに剣を抜くようなことはしないぞ」

「それはセンパイの性格を知ればこそですよ。文官の人たちにとってセンパイは、城の中にでる魔物と同列なんですよ」


 どんな評価だよと思わずに入られないけど、上手い表現でもあるよな。

 生態を知れば恐れるに足りないけど、知らない種類ならば恐れて関わらないようにすることが、魔物と生活圏を共にする鉄則だし。

 

「さてさて、次の書類は――ソレリーナ姉上への出産祝いにかかった経費か。付随して、姉上がドゥエレファのために作った武器の売却益。どちらも、問題なしっと」


 秋の中頃に、ソレリーナは男子を生んだのだ。産後の肥立ちも順調らしい。情報元はドゥエレファ。彼は出産を見届けた後で、スポザート国に帰る道すがらに俺に顔を見せに来て、嬉しそうにそう報告してきたのだ。


『事前にお話していた砂漠の支配については、ヴィシカ王子と協力して当たりますので、ご心配いりません』


 なんて上機嫌に追加情報もくれたっけ。

 でも、アンビトース地域から下に広がる砂漠地帯はとても広大だ。それこそ現時点のノネッテ国の領土とスポザート国の領土を足しても、半分にも届かないぐらいだ。いくら国という形になっている集団がないからといって、一年二年で併合したりはできないはずだ。この事業に俺が関わる必要はないから、吉報があるまで放置でいいな。


「冬麦は例年通りの収穫量があったから、軍の糧秣のために買い上げても、民の食事に影響はないっと。それで、税の不正加増や秘匿蓄財を企んだ豪族も、いまのところは見つかっていないっと」


 軍事関係の報告書からも、俺の統治は一先ず成功していることがわかった。

 各地の豪族が大人しいのは、カンパラ地方で反乱を武力鎮圧したことが影響しているんだろうな。

 ロッチャ地域の街道の整備が進んだことで軍の展開は素早く行ええるようになったため、全領域で一斉に蜂起が起きない限り、軍による素早い鎮圧が可能になっている。

 反乱を起こしたところで生き延びる未来が見えない状況なので、多少不満があろうと死なずにすむ現在を受け入れる。

 概ねの豪族たちが、こう思っていることを、大人しくしている様子からうかがえるわけだ。


「帝国への輸出品――砂漠から採った万能の白砂と、ロッチャ地域で制作した砂漠の綺麗な砂を用いた硝子製品の売れ行きは好調か。これは嬉しい誤算だな」


 万能の白砂とガラスは、いまでは対帝国の主要輸出品になっている。

 白い砂が売れることはフンセロイアの態度から予想はしていたけど、ガラスが売れることは正直意外だった。

 というのも帝国の技術は戦争に使えるものが主だという話は本当だったらしく、缶詰製品は多種多様にあるのに、容易く割れて持ち運びに不便なガラス製品の技術が確立されていなかった。

 だからこそ、うちの研究部の新素材班がガラスの大量量産の手法を確立し、仕事の少ない鍛冶師にガラス作りを命じて作らせたところ、作る端から物珍しさで帝国の富裕層にバカ売れするようになったのだ。容易く割れてしまう繊細さを感じることで、硬いものしか身近になかった軍役の時代を忘れさせてくれると評判らしい。

 ともあれ、二製品の膨大な売却益は、大国の帝国ですら貨幣の大量流出を危ぶむほどで、フンセロイアが俺のところにやってきて借金の元本を削ることで対応して欲しいと言ってきたぐらいだ。

 大量のお金を貰ったところで、領地運営が順調でつぎ込む場所がいまのところないので、借金返済で帝国に戻すしかない。なら先か後かの違いなので、フンセロイアの申し出を了承することにした。ちなみに帝国からの要望を了承した形なので、帝国はこちらに貸しを一つ作ったというスタンスになる。


『いやぁ、ミリモス王子と関わると、珍しい機会にであえますねぇ。帝国に無記の貸しを作らせた国なんて、ここ最近じゃ思い浮かびませんよ』


 なんて愉快そうに笑っていたフンセロイアはともかく、帝国の中には『小国が調子に乗るなよ』って考えている人も良そうだななんて、邪推してしまいそうになる。

 一応気をつけて、ロッチャ地域に攻め入る大義名分を、帝国に与えないように一層心掛けよう。

 そんな風に書類を片付けていると、ホネスがこちらに書類を一式、差し出してきた。


「センパイ。この書類は、センパイじゃないと判断できないものですよ」

「ん、ありがとう。ああ、東の森林地帯にある『ハータウト国』に関する書類か」


 ロッチャ地域の東側――低めの山脈がある向こう側には、良く雨が降る森林地帯がある。ジャングルとまではいかないものの、太い木が乱立するような濃い森林が広がっている。主要輸出産業は木材とドライフルーツ、そして野生動物のはく製らしい。

 ロッチャ地域の中央都をパルベラ姫たちと散策したさい、クレープに似た菓子に使っていたジャムは、この森林地帯にある国からの輸入品だ。


「こっちが青銅製や鉄製の伐採道具を売る一方で、建築資材や坑道を支えるための木や魔法が使えない鍛冶師のための木炭を輸入しているわけだけど――」


 それらの輸出入品に関する書類かなと思ったのだけど、予想はハズレだった。


「これ、公式の外交文章だ。なになに――森林地帯にある国同士で戦乱の機運が高まりつつあるから、ロッチャ地域の優秀な武器を売ってくれ?」


 また戦争か。せっかくここ最近は平和だったのに、勘弁してほしい。

 いや待て。ロッチャ地域は武器の輸出をするだけで、森林地帯にある国から援軍を頼まれたわけじゃない。

 そして武器の輸出はとても儲かる。武器の売却益で、帝国への借金がより減らせる。

 そんな打算を思い描いたところで――そんな死の商人のような真似を許すはずがない人物が、この城にいることを思い至った。

 そう、正しさを標榜する騎士国の騎士であるファミリスだ。


「ミリモス王子! 戦争を起こしそうな国相手に、武器を輸出するという話は本当ですか!」


 いままさに俺が武器輸出を求める書類を読み終えたばかりだというのに、どこでその情報を耳にしたのやら。

 騎士国の諜報といえば――ノネッテ国とロッチャ国との戦争の際、俺とドゥルバ将軍の一騎打ちを見届けてくれた、あの黒い甲冑の人がいたっけ。気配を消すことのできる神聖術の使い手なら、この城で隠れて情報収集していてもおかしくはないかな。

 そんな回想を現実逃避でした後で、さてファミリスにどう弁明するべきかなと考えを巡らし始めるのだった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版1巻 令和元年10月10日から発売してます! 書籍版2巻 令和二年5月10日に発売予定?
61kXe6%2BEeDL._SX336_BO1,204,203,200_.jp 20191010-milimos-cover-obi-none.jpg
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[気になる点] 貸し借り逆じゃね?
[気になる点] 公式の外交文章 → 外交文書
[気になる点] なんて愉快そうに笑っていたフンセロイアはともかく、帝国の中には『小国が調子に乗るなよ』って考えている人も良そうだななんて、邪推してしまいそうになる。→なんて愉快そうに笑っていたフンセロ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ