八十六話 街中デート
腹ごしらえを終えて、街の散策を再開する。向かう先は市場だ。
到着してみてわかったことだけど、市場といっても前世のように生鮮食品を売っているだけの場所じゃなかった。
広げたゴザの上に装飾品や武器を並べていたり、木製の食器を重ねおいていたりする。地面に直置きされた籠には炭束や、なにに使うかわからない石が、山と積まれていたりもしている。ガラクタのようなものを詰め込まれた荷車もある。
多種多様な形式の店が立ち並ぶ様相は、市場というよりもフリーマーケットの光景に近いものがある。客たちが値引き交渉をしているあたりも、そう感じた理由の一つかな
それにしても、売っている物品の種類と数が多い。
まあ、ロッチャ地域の各所の状況が上向きつつあることは、連日に渡ってやってくる執務書類から知っている。
そうして地方が豊かになりつつあるからこそ、中央都にこれだけの物品がやってくるわけだな。
そんな経済のことを肌で感じ取っていると、連れ立って歩いていた女性陣が一つの露店で止まった。
なにを見つけたのかと顔を向けると、装飾品の店だった。
ゴザの上には、ネックレスからイヤリング、腕輪などの煌びやかな物品が、数多く並んでいる。
大国の姫であるパルベラ姫が、装飾品たちの出来に目を奪われていることから、よほどいいものなのだろうと予想がついた。
「細かい装飾が見事です。惜しむべきは、はめられている宝石の数々が低級や模造石という点でしょう」
パルベラ姫の指摘に、店主が困った顔になる。
「本物の宝石がはまったものなんて、一般人がおいそれと手を出せねえだろ。だからここに並べてある装飾品は、後で宝石専門の大店で宝石を一つずつ買って模造石と取り換える、って類のものなんなんだよ。だから値段が安いってわけよ。地金は本物だから造形が気に入ったんなら購入してくれな」
「庶民の知恵というやつですね」
パルベラ姫がフンフンと頷きながら見ている先にあるのは、細かなチェーンがついたペンダント。ペンダントトップにある宝石を保持する爪の中には、ルビーの代わりっぽい赤茶の模造石がはめ込まれている。
そんなに気に入っているなら買えばいいのにと思いかけて、踏ん切りがつかないのなら俺がプレゼントしようと思い立った。
「これ、買います。お代の確認を」
「おっと、ありがとうな、坊主。これだけの綺麗なお嬢さん、逃すんじゃねえぞ」
なんか誤解されてしまったけど、否定するとパルベラ姫が綺麗じゃないと言ったように受け取られかねないので、誤魔化し笑いしてペンダントを受け取る。そしてそのまま、パルベラ姫の手に握らせた。
「ミリモスくん。良いんですか?」
「プレゼントするために買ったんだから、受け取ってくれないと困る。中の宝石はまた後で――」
「いえ、このままでいいです。このままがいいんです」
パルベラ姫は少し頬を赤く染めた表情で、一生の宝物を得たかのように、ペンダントを大事そうに胸元に握り寄せている。
でも模造石のままより、ちゃんとした宝石を入れた方が良いと思うんだけど。
俺の意見に賛同する人を求めようと、ファミリスとホネスに目を向けるが、二人とも呆れた顔していた。
「どうしてこう、さらっと直撃弾を放つのですかね」
「センパイに悪気はないんだとわかっているけど、自分の行動がどう受け止められるかを考えないときがあるから困るんです」
遠回しな二人の言い分がどういう意味かを考え、自分の行動が傍目にはどう受け取られるかに思い至った。
うわっ俺って、意中の相手にプレゼント攻撃をしているようにしか見えない。
「えっと、そんなつもりは――」
ないと言い切ろうとしたところで、パルベラ姫の表情が喜色から残念そうなものに変化しつつあることに気付いた。
そしてファミリスとホネスが、こちらを見下げるような視線になりつつあることを察知する。
否定するのはまずいと直感して、慌てて言い換える。
「――日頃良くしてもらっているから、その感謝を伝えようと」
当たり障りのない言い方に変えたところ、パルベラ姫は安心した様子になり、ファミリスとホネスは『及第点』と言いたげな顔になる。
どうやら危機を脱したと判断して安堵していると、パルベラ姫が微笑みながら腕を伸ばして、俺の腕に絡みつかせてきた。
「ほら、ミリモスくん。いつまでもお店の前にいたら、ご商売の邪魔になってしまいます。移動しましょう」
「え、うわっと。引っ張らないでよ、ちゃんと歩くからさ!」
パルベラ姫の意外な力強さにたたらを踏みながら、俺は腕を引かれるがままに前に進む。後ろからファミリスとホネスの溜息が聞こえてきた気がするけど、引っ張られて転ばないように気を付けていたため、見咎める機会を逸してしまったのだった。
街中を、パルベラ姫と腕を組みながらあちらこちらへと移動して回った後で、料理屋台が多い一画にやってきた。
区画のの空気に甘い匂いが漂っていることに俺が気付いた途端、パルベラ姫とホネスの目の色が変わった。
「小腹が空きましたし、甘いお菓子を買いに行ってまいりますね」
「あれです。小麦の薄焼き生地に果物の甘煮を乗せたお菓子って書いてあります!」
「俺はお腹減ってないから、二人で行ってきなよ」
「「いってきます!」」
二人が並んで目当ての露店へと向かう姿を見送った後で、俺は引っ張られ続けた腕の調子を確かめるために回す。
そんな俺の姿が滑稽に映ったのか、この場に残ったファミリスから失笑がきた。
「……甘い物好きの騎士様も、あの店へ買いに行ってはいかがです?」
あえての王子口調で皮肉げに言うと、生意気だとばかりに小突かれてしまった。
「お気遣いなく。パルベラ姫様はお優しいので、こちらに分けてくださいます」
「それはそれは、仲が良いことで」
「もちろん、私とパルベラ姫は仲が良いですとも。お邪魔虫がいようともです」
俺に対して言っているんだと理解したところで、それがどういう言う意味かを理解する。
パルベラ姫が俺を好きなんてことはあり得ない、と否定しかけて、さきほどペンダントをプレゼントしたときの様子を思い返した。
ここが、まさかという否定が、まさかという疑問に置き換わった瞬間だった。
そんな俺の内心の変化を、ファミリスはすかさず察知したようだ。
「ようやく気付いたのですか。色々なことは聡いのに、恋愛だけは疎いとは」
「言い訳するようだけどさ。物心ついたときから魔法を学ぶことに集中して、少し大きくなってからは兵士訓練の連続で、それが終わったと思ったら戦争の連続な人生だよ。恋愛の機微を理解する感性を育てる余裕なんてなかったんだ」
前世のアドバンテージがあろうと、生まれてからの十三年間は色恋とは疎遠な日常を送ってきた。女性の気持ちを悟る機能が拙いのは、仕方がないじゃないか。
そんな俺の考えを見透かすように、ファミリスは「しょうがないですね」と呟く。
「ミリモス王子がパルベラ姫様の恋心に気付いただけで、今日の成果は十分だと判断するとしましょう」
「上から目線がしゃくなんだけど――って、ファミリスはパルベラ姫の恋を応援する気なの? てっきり、諦めさせようとすると思ったんだけど?」
ファミリスのパルベラ姫の心酔っぷりを考えての疑問だったのだけど、ファミリスは『諦めた』という表情をしてきた。
「正直イヤなのですが、パルベラ姫様は一度決めたらやり遂げようとする気概をお持ちです。それにパルベラ姫様の幸せが、私の幸せであることは、まぎれもない事実ではありますしね」
ファミリスは少し寂しそうな口調で言った後、がらっと雰囲気を変えて威圧的になると、俺へ睨むような目を向けてきた。
「そういうことになりましたので、ミリモス王子には悪いですが、是が非にでもパルベラ姫様に相応しい王子様になっていただきます」
「えーっと、相応しいって、どんな風に?」
「まずはどんな相手からでもパルベラ姫様を守れるよう強くなっていただきます。そして騎士王様がパルベラ姫様を婿に出しても良いと認める功績を上げていただきます。勿論、その優しい心根はそのまま育むようにと申し伝えておきます」
要約すると、騎士国の王に認められる武勇と功績と人格を合わせ持てってことか。
「……無理じゃない?」
「無理だろうと、やっていただかなければ困ります。達成できなければ、パルベラ姫様が涙することになるのですから」
ファミリスの真剣な様子から、パルベラ姫に涙を流させることになった場合、俺はファミリスに斬り殺されかねないのだろうと理解した。
「頑張ってみるよ。けど、功績の方は相手が要ることだから、運が悪いと上げられないんだけどなぁ」
「ミリモス王子は戦乱に愛される天命を持っているようですから、心配せずとも機会は何度もやってくるでしょう」
「どうせ愛されるなら、平和な方が嬉しいんだけどなぁ」
そう話がひと段落ついたところで、パルベラ姫様とホネスがクレープに似た菓子を手に戻ってきた
俺たちはいままで話した内容を察知されないよう普通を装い、二人が戻ってくるのを笑顔で迎え入れたのだった。