八十四話 魔導研究の進捗
フンセロイアとの会談が終わった後、俺は一人で研究部に顔を出すことにした。
ここまでの戦争での活躍やスポザート国が狙う砂漠の交易路に必要になるために、魔導具の価値が高まりつつし、帝国が研究姿勢を評価していると知ったので、開発状況を詳しく見ておこうと思ったのだ。
「久しぶり、みんな。調子はどんな感じかな?」
俺が声をかけながら研究部へ入ると、鍛冶師たちの態度が二分した。
片方は嬉しそうな表情で、もう片方はバツが悪そうな顔になったのだ。
どうしてかと疑問を持っていると、嬉しそうな顔の方の鍛冶師たちが近寄ってきた。手に鉄の板を持っているところから、総鉄製の魔導具を研究している班のようだ。
「ミリモス王子。鉄に模様を付ける方法を、ようやっと編み出せました!」
「まだ狙った模様にするのはまだ難しいですが、大進歩ですよ。ほら、見てください!」
彼らが差し出してくる鉄の板を見ると、なるほど、帝国製の魔導剣の模様に似た波紋が浮かび上がっていた。
「これはどうやって作ったの?」
「硬度の違う鋼と軟鉄を重ねてくっつけ、叩いて曲げて捻って伸ばすことで出来ます」
「曲げたり捻ったりする際に、力具合を変えると模様がさらに変わるんで、剣や杖にある模様を再現するのが難しくて」
困難を語っている割には、鍛冶師たちの顔色は明るい。きっと先行きが見えているから、試行錯誤も楽しいんだろうな。
「見事な研究成果だよ。この調子で、魔導剣や魔導の杖の量産が出来るように励んでほしい」
「もちろんですよ」
「頑張ります!」
総鉄製の班を褒めてから、俺は顔を青銅製の班の鍛冶師たちに向ける。彼らの表情は、嬉しそうな顔とバツが悪そうな顔が半々といったところだった。
「青銅製についての研究は、どんな感じ?」
俺があえて質問すると、鍛冶師たちは報告の押し付け合いをしてから、一人が代表して答えてくれた。
「当初、鋳型で量産できるようにしようとしていたんだが、思うように生産性が上がらないことに気付いてな。この方法は取りやめることにしたんだ」
「どうしてか、理由は判明しているのかな?」
「鋳型用の型の精度が問題だった。砂で作ると一回ごとに作り直さなきゃならんし、かといって金属で作ると細かい模様が難しいんだ」
鍛冶師の言葉に思い浮かべるのは、縁日の屋台のたい焼き。
鋳型にある模様はかなり精巧なのに、出来上がるたい焼きの模様はぼやけていることが多い。
これと同じ理屈が、青銅でも起こるんだろうな、きっと。
「それじゃあ、青銅製の魔導具の研究は断念したってこと?」
「いや。製法を変えることで解決した」
説明してくれている鍛冶師は、俺を研究部の一画へ案内してくれた。
そこには小型の炉と青銅の小さな板、ハンマーと金属製の判子のようなものがあった。
判子を手に取って確認すると、印面に刻まれている模様は、魔導の模様のようだった。
「なるほど。これを青銅の板に打ち付けることで、模様を刻むわけだね」
「青銅は融点が低いからな。少し炙ってやって、鋼の判子を打ち付ければ一発で模様が入る。まあ、細かい模様の鋼の判子を作るのが大変って事情はあるけどな」
「それじゃあ、青銅の魔導具に関しては、量産化の目途が立ったって考えて良いの?」
「判明している魔導の紋様の分だけはできる。だが何種類もの判子を打ち付ける場合、位置や順番にも何やら法則があるみたいでな。そのら辺はまだ研究途中だ」
どうやら青銅の魔導具の研究は、実現可能な領域に入ったって考えてよさそうだな。
それなら、砂漠地域に送る水を生み出す魔導具を、青銅製で作るよう研究を指示しておくのもいいかもしれない。いや、時期尚早だな。
「じゃあ最後は、新しい素材を探していた班の研究報告だけど」
俺が顔を向けると、二名の新素材班が気まずそうな顔をした。
「ミリモス王子。色々と試してはみているんですが」
「そのう、成果らしい成果がなくて……」
まあそうだろうな。
魔導具に適した新素材を、あっさりと発見できるようなら、帝国がすでに採用していないはずがないんだし。
「苦労することは予想していたから、気長にやってよ。ああ、そうだ。この素材を知っている? 硝子の原材料の一つと聞いたはいいけど、どうやって使うものかはよく知らないんだよね」
俺が砂漠から持ってきた白い砂を見せると、新素材班の片方の鍛冶師が目の色を変えた。
「これは凄いものですよ!?」
「帝国が欲しがっているから、良い物だとは思っていたけど、そんなに言うほどのもの?」
「そりゃあもう! 硝子作りだけでなく、金属を溶かす際に加えれば炉の火が弱くてすむようになるし、畑に撒けば豊作になるし、建材に混ぜれば強度が上がるし、臭い消しや消毒にも使えるという、まさに万能の素材なんですよ!」
本当に凄いものだった。
そりゃあ、帝国の一等執政官も目の色を変えるわけだな。
「じゃあ、これ使って、魔導具の研究をしてよ」
「いいんですか。使ってしまって」
「これからはアンビトース地域から、大量に入荷できるようになるから、じゃんじゃん使ってよ」
「それは有り難いですけど、この素材を湯水のように使っていると、帝国から目をつけられそうで……」
「心配しないで。ちゃんと帝国にも輸出するよう、取り決めはしてあるから」
気にする必要がないと知ったからか、新素材班の二人は白い砂を手に、張り切る様子を見せる。
さて、ここまでの総評として、どの班の研究も一歩ずつ前進しているって考えて良いみたいだな。
この調子で続けさせれば、魔導具や魔導の武器をロッチャ地域軍に配備することが、近い将来に可能になるに違いない。