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七話 元帥の日常

 ノネッテ国に帰ってきてから、俺は軍の元帥としての活動を本格的に始めることになった。

 その仕事の中で、パルベラ姫からもらった短剣には凄い効力があると、アレクテムから教わった。

 大国の王様に謁見できる権利か。切り札になりそうだけど、伝家の宝刀は抜かないことこそ価値があるともいうしなぁ。


「それはともかく、元帥の仕事の大半が書類仕事って……」

「愚痴を言う暇があるのでしたら、手を動かして下され」


 アレクテムが束で渡してくる書類をもらい、目を通し、書類ないように許可を出すならサインを入れ、不可なら部署に突き返す箱の中に入れる。

 次々にくる書類を見ていくと、この国の仕組みが分かってくるようになる。

 俺は末とはいえ王子だ。ということは、ノネッテ国は王政の国である。

 王がいれば、貴族がいると思っていた。

 けれど、これは違うらしい。

 ノネッテ国は、山間にできた小さな国だとは知っていた。しかし王家一つだけの統治で、全国土の支配ができるほどに小さいとまでは知らなかった。

 その国土の小ささによって、土地を治める貴族という身分が生まれ出なかったようだ。

 例外は公爵だが、こちらも王の兄弟姉妹の中で王の次に優秀なものがなる一代限りの称号だそうなので、王の一家と言い換えてもいいだろう。

 ではどうやって国を運営しているかだが、王家を頂点に据えながら、実際の運営は民から集めた有能な者を役人に登用しているのだ。

 これはそのまま、いまの俺の状況と同じだな。

 お飾りの元帥として俺をトップに置き、戦闘を行う兵士たちと、兵站などの業務に携わる者が、その下で多くの業務をこなしているんだからな。


 ともあれ、そんな小さな国土を守ることが、国軍の役目だ。

 とはいえ、国土が小さいため、兵士の数はさほど多くない。現役が五百人、予備役を入れて二千人といったところか。この二千人は、基本的に軍務に耐え切れなくなった老人や傷病退役者なので、国内決戦以外には使えないとされている。

 その貴重な兵力も、敵国のメンダシウム国へ通じる渓谷、その谷に作られた砦に現役の大半があてられている。残りは王城の守りに町に暮らしていたり、村々に駐在として赴任している。

 こんな兵力で、よく治安が守れているなと思うけど、ここでもまた小さな国土が役立っていた。

 山付近にある村々では、野生動物や魔物の被害があるが、赴任した兵士や引退した予備役が指揮を執り、村人が民兵と化し、一致団結して対応することになっている。

 民に武器を持たせたら暴動の危険があると思うのだけど、魔物との戦いで武器が消耗したから補充してくれという嘆願書が俺に来るほどに、この国では当たり前の仕組みのようだ。

 ちなみに、民兵に使わせる武器は鋳造の青銅製だ。山から原料が取れるし、簡単な炉で溶かせるので、安上がりで量産が楽なためだ。

 俺としては、鉄器や鋼の武器もあったらいいと思うのだけど、ノネッテ国の冶金技術では難しいようだ。

 鉄の原料である鉄鉱石自体は出土されているけど、輸出品として扱われている。

 ノネッテ国では使い道の少ない石でも、メンダシウム国の先にある魔導帝国マジストリ=プルンブルでは、帝国製の装備の大半が鉄製のこともあって必須な物資だから、国内発展に使うよりも輸出で稼ぐほうが利点が多いものな。


「アレクテム。ふと思ったんだけど、鉄鉱石の取引を取り仕切っているのって、王家うちか?」

「軍が買い入れる豆の納入品目を見て、どうしてそんな変なことを気にするのかわかりませんが、ある商会に任せておりますよ」

「ノネッテ国と帝国の取引を、一商人に任せているわけ?」

「商人といっても、その帝国に本舗を構える大商会の支店ですな。鉄鉱石を集めるために民を雇用してくれるうえ、帝国とメンダシウム国からの輸入品を店頭に並べてくれておりますし、納税も多量に行ってくれてもおりますぞ」


 そりゃあ帝国は鉄鉱石が欲しいんだから、ノネッテ王家とことを構えないように、色々と手を尽くすに決まっているだろうに。


「でも、帝国の息がかかった商人か……。まあ、元帥の俺が気にすることじゃないか。他国とどう付き合うかは、父や兄姉たちの領分だしな」


 逸れていた思考を手にある書面に戻して、書類仕事を進めていく。

 そうして一通り仕事が終わったところで、俺は席を立ち、運動着に着替える。


「今日の分は終わったようだし、各部署を見回ってから、久々に練兵場でみっちり鍛えてくるよ。重要な書類や報告があったら、あっちに来てよ」

「わかっております。そうだ。部署を回るのでしたら、お使いをお願いいたしますぞ」


 俺が突き返すと決めた書類の束が、俺の腕の中に帰ってきた。ご丁寧なことに、部署ごとに互い違いになるよう書類が積まれている。

 このお使いに思うことがないわけじゃないけど、行く道のついでだしと引き受けることにして、俺は執務室から出ていった。




 各部署に挨拶がてら、書類を突き返してきた。どこがダメか聞いてくる人もいて、それに丁寧に返答していたら、練兵場に来るのが遅くなってしまった。


「もう兵士たちは訓練を終えちゃったみたいだな」


 王城に勤める兵士は、熟練兵と新兵だ。

 熟練者が新たに兵士となったものを一年から二年かけて鍛え、鍛え上がった兵士たちは国境砦や村に赴任する仕組みとなっている。

 その新兵の仕上がり具合を見ようと思っていたのだけど、当てが外れてしまった。


「さて。書類仕事で鈍った体を、シャキッとさせるとしますか」


 俺は柔軟運動をしてから、練兵場を走り始める。そして走りながら、気配を消す神聖術を行う。

 神聖術は肉体が生み出す力――生命力とか気功のようなものを操る技。多量に力を放出させれば、超人のような振る舞いができる。それこそ魔法が雨霰と降る中を、怪我なく疾走してのける神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの兵士のように。

 では気配を消す――つまり体が生み出す力を極力下げると、果たしてどうなるだろうか。

 答えは簡単。膂力が弱くなる。

 ここら辺は、帝国から帰ってくるときに気付いたことだな

 さらに気配を消す量を一歩進めて、気配を樹木並みから幽霊並み――感が良い人じゃないと目の前にいても気付かないところまで落とした状態にすると、膂力が極大まで減って、まるで全身に重りがつけられたような状態になれる。


「はひっ、はひっ。こうやって動くと、筋肉がすぐに疲れてくるし、心肺機能も下がるから、トレーニングに最適だな。けど、苦しいな、はひっ、はひっ」


 最も虚弱化しての筋力と体力向上の訓練は、俺が神聖術を使えることを隠した方がいいんじゃないかとアレクテムに言われたことを受けて、始めることに決めた。訓練中に神聖術使っているじゃないかと突っ込まれかねないけど、気配を消すことで他人に知られるリスクを減らせるのだから、むしろいい方法といえるはずだ。

 と張り切ってみたはいいけど、全身に重りを括りつけたかのように重い体に、脚を踏み出すたびに筋肉が震えてきてしまう。

 練兵場を二周する頃には、汗だくで、脚だけでなく背中の筋肉も疲労の熱を持つようになる。


「はふっ、はふぅ。さて、打ち込みだ」


 備品から木剣を取り出す。普段なら棒きれのようにしか感じないはずなのに、膂力が弱まっているため、まるでバーベルを握っているかのようにずっしり来る。 

 俺は両手で木剣を持ちながら、打ち込み用の杭の前に立つ。

 剣を振り上げて、ゆっくりと下ろしながら杭に当て、当たった瞬間に柄を持つ手をギュッと握る。

 ゆっくり振り上げ、再びゆっくりと下ろし、杭に当て、ギュッと握る。

 なんで打ち込みを、こんなにゆっくりやっているかというと、体の各部の動きをチェックしながらやっているからだ。

 筋力が虚弱になっていることで、動きが硬い部分や、変に力が入っている部分が、いつも以上に良くわかるんだよね。

 さて何度か動きを確かめたところで、今度は一歩下がった位置から、踏み出しての斬りかかりに入る。右足で踏み出し、杭を木剣で打ってから足を戻し、次は左足を出して戻し、そして右足の踏み出す。ここでも動きはゆっくりだ。

 次は二歩踏み出しながら、杭に斬りかかる。二歩の斬りかかりの具合に満足すれば、三歩、四歩と距離を離していく。

 最後は、走りながらの斬りかかりだ。ここでは、ゆっくりじゃなく、出来るだけ素早く攻撃を行う。


「とりゃああああああああ」


 声を上げながら走り、杭を木剣で打つ。走って元の位置に戻り、再び走りながら斬りかかる。

 走りながらの打ち掛かりを、虚弱化している心肺機能の限界までやってから、息も絶え絶えの状態で芝生に腰を下ろした。


「ちょっと、熱を入れすぎた。けど、気配を消すのを止めれば――」


 神聖術を止めて、体が発揮する生命力を元に戻すと、急に体が楽になった。


「――はぁ、はぁ。はー、落ち着いた」


 額から流れる汗を手の甲で拭いながら、地面から立ち上がり、水飲み場へ。

 山間の国だけあってもともと美味しかったけど、乾いた体に川から引いてきただけの水がもの凄く染みわたる。

 その心地よさに、思わず何度も何度も、ごくごくと飲んでしまう。

 ようやく渇きが癒えて一息ついたとき、背後に気配を感じた。

 振り返ると、俺が見知らぬ兵士が二人立っていた。

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