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六噺 移ろい


 十二歳となり心身共に成長したラプンツェルに、一つの問題が発生した。

 彼女の持つ魔力が増大し、今の場所では匿えなくなってきたのだ。


 私の城には、外敵の魔法などの干渉を防ぐ結界――魔法による防壁が張ってある。だがそれは庭などを含めた広範囲を覆うために作ったものであり、一点に多量の魔力を注ぎ込むと結界が機能不全に陥ってしまう。

 今のラプンツェルの存在はまさしく魔力の塊であり、漏れ出る魔力だけで結界に影響を及ぼす。

 魔力の扱いに長けた者ならば体外への放出を自在に操れるのだが、ラプンツェルはまだ練習の最中であり、現状としては駄々漏れの状態である。


 このまま魔力の増大が続けば、いずれ城の結界では隠しきれなくなる。

 想定以上に膨大になる魔力に、私はかなり焦りを感じていた。


 そして、悩んだ末に一つの決断を下した。





「後は……これも必要か」

「おばあちゃん、何してるの?」


 あくる日、私は今回の計画に必要なものを揃えるべく、城の中で移動を繰り返していた。

 廊下をせわしなく移動する私を不思議に思ったのか、ラプンツェルが見目に劣らぬ美しい声で呼びかけてくる。


 彼女の輝くような金色の髪は、髪留めを起点として幾重にも折り返して、頭と足元を何度も往復していた。その髪の長さは最早人間の限界を超えており、明らかに神の加護を持つ者の兆候が見え始めている。

 早急に手を打たなければ、結界が崩壊し手遅れになるかもしれない。


「ああ、準備だよ」

「準備? 何の?」


 首をかしげるラプンツェルに、私は未だに慣れない笑顔を作りこう答えた。


「引っ越しだ。そろそろお前も、一人暮らしの練習を始めないとな」





 森の中にそびえ立つ石造りの塔。緑の景色に不釣り合いな灰色の壁は、蔦などの植物により幾重にも覆われている。

 全貌を確認しようとすれば、空を仰ぐように頭上を見上げなければならないそれは、人十人が積み重なったような高さであった。


 そして頂上付近には部屋が一つ。入室するための窓も一つだが、それ故に機密性も高い。

 部屋に入るべくこの塔を登るには、梯子に類するものを用意しなければならないが……。


「……よし、結界は正常に作動しているな」


 私は塔の外壁に触れ、内部の魔力の流れが正常であることを確認した。


 この塔には城よりも強固な結界を施した。あらゆる物質を寄せ付けない非常に強力なものであり、梯子をかけることはおろかよじ登ることさえ出来ない。

 たとえラプンツェルを狙う輩が空を飛んできたとしても、部屋の中に侵入することは不可能である。


 当の彼女はその部屋の中にいる。辿り着く方法は一つ。


「ラプンツェル! ラプンツェル! お前の髪を下げてくれ!」


 私は塔の上の部屋にいるラプンツェルに、事前に決めておいた合言葉を投げかける。

 彼女は窓からひょこりと顔を出し、下にいる私のことを確認する。そして自らの金髪を窓枠に取り付けられた折れ釘に巻き付けると、先端を部屋から放り出して塔の下に垂らした。

 梯子のようにぶら下げられたそれは、ちょうど私のいる地上まで降りてくる。


 結界はラプンツェルのために作られたものであり、彼女の魔力を持つものだけは透過する仕様となっている。

 髪に流れる魔力を利用し、私自身がラプンツェルの魔力を纏うことで初めて、結界を通り抜けることが出来る。

 つまり彼女の髪を降ろして貰わなければ、私でさえ結界を出入りすることは出来ない。


 私が金色の梯子をよじ登って窓まで辿り着くと、ラプンツェルは折れ釘から髪を解きながら、その釘を労るように軽く叩いた。


「この釘、すごいね! 全然重たくなかったよ!」

「ああ、こいつはいい『魔道具』だからな」


 窓に設置された折釘は特殊なもので、魔力に応じ特定の性質を発現する魔法の道具――通称魔道具である。これは魔力を送ると周辺のものを固定するように作られており、おかげでラプンツェルに重さが伝わることはない。

 かつて私が集めた魔道具の中に、ちょうどいいものがあったので取り付けたのだ。


 ラプンツェルは塔から降ろした髪を巻き上げると、いつものように何重かに折り返してから、少し大きな銀色の髪留めを付けた。

 彼女に渡してある髪留めも魔道具であり、こちらは私が作ったものだ。魔力を通すと重力に逆らう力が発生するようになっており、異常に長い髪の重さを軽減する仕組みとなっている。


「でも、髪が千切れないか心配だったよ……」


 自分の髪を撫でながら確認するラプンツェルだが、その金髪は一本たりとも欠けてはいなかった。


「大丈夫だ、お前の髪は引っ張った程度でどうこうなる強度ではなくなっている」


 実はラプンツェルの魔力を受け異常な成長を遂げた髪は、長さだけでなくその頑丈さも相当なものになっている。

 手で引っ張っても千切れることはなく、私の体重をかけてなお傷んだ様子はなかった。


「むー、それは悪口?」

「傷まなくて綺麗なのだから悪いことではあるまい?」


 眉を寄せ頬を膨らませるラプンツェルをなだめるため、その頭をワシャワシャと撫で回す。しばらくすると彼女は満足したのか笑顔で私の元を離れ、部屋に設置されたベッドに座って別の話題を切り出してきた。


「そういえば、どうして髪の毛を使って登ってくるの? 梯子でもかけたら?」

「そんなに長い梯子をどうやって持ってくるんだ」


 結界のことを知らないラプンツェルは当然の疑問を口にするが、これは想定内の質問であるためすぐに切り返す。


「じゃあ縄みたいな梯子を作って、上から私がぶら下げたら? この釘があったら簡単だよ」

「それは駄目だ、この距離だとお前がそのまま城に帰れてしまう」


 実はこの塔は城からあまり遠くない。塔にもう一つ窓があればそこから見えてしまうであろう距離であり、少女の足でも少し歩けば簡単に帰ってこれてしまう。

 ――というのは建前で、本当は塔の結界からラプンツェル本人が出てしまうのを防ぐためである。

 ここにラプンツェルを連れてくる時も、一時的な結界を張った荷車を用意した。再びラプンツェルを運ぶとなると、それ相応の準備が必要となるのだ。


「そんなことしないよー!」

「たとえしなくても、『いつでも帰れる』という安心感があったら城と同じだろう」


 そっかあ、と眉を落とし落ち込んだ様子のラプンツェル。


「……もしかしてお前、もう寂しくなってきたのか?」

「全然寂しくなんかないよ! だけど……」


 からかいの言葉をかけると、彼女はその青い目に涙をにじませて、上目づかいに私を見つめてきた。


「今日は、一緒に寝て欲しいな……」

「……フフッ、今日だけだぞ?」


 ラプンツェルの年相応に幼らしい言動。その姿を見て久々に、無意識に笑顔を浮かべてしまった。

 周りの人を笑顔に出来るこの子には、自分の笑顔になれる人生を歩んで欲しい。私は彼女を優しく抱きしめ、そのぬくもりを感じながらそう願った。


「……初日からこんな調子で、一人暮らしが出来るようになるのか?」

「が、がんばるもん!」


 ラプンツェル自身のためにも、彼女には私の元から離れて貰わなければならない。その時には私もまた一人きりの生活に戻ることになる。

 ……どうやら、寂しさを覚えているのは彼女だけではないようだ。

 人のぬくもりを思い出してしまった私は、再び続くであろう孤独の時間に耐えうるのだろうか。


 少女との生活が終わりへと近付いていることを感じながら、私は一つしかない窓から移ろう雲を見送った。




~~~




 暗い、昏い穴の中。荒々しい岩肌に囲まれた空間で、背の曲がった男がポツリと一人。


「時は移ろうもの」


 蝋燭以外の光源のない洞窟に、低い声の唸るような呟きが響く。

 黒いローブのフードを被った男は、屈むように丸まって蝋燭の前に佇んでいた。


「その流れを断ち切ることの、なんと痛快たることか」


 俯いていた男が前を向き、その顔を蝋燭の炎が照らし出す。

 フードの中の茶色い顔は骨が浮き出ており、老人と呼ぶに相応しい姿である。


「鳴動する生命が時を待たず果てる様の、何と美しいことか」


 フードが作る影の中で、ぼさぼさとした緑の髪が不気味に揺れる。

 その側頭部から耳元を覆うように下に伸びているのは、ゴツゴツとした二本の角。


「生きる者が最期に散らす魔力の、なんと美味たることか」


 土の悪魔と呼ばれる男は、自らのひび割れた唇を舌で舐める。


「儂のために散っておくれ、『神の愛し子』よ」


 生気のない眼差しで蝋燭の炎を見つめ、痩せ細った腕をゆっくりと伸ばしていく。


「全ては儂の、掌の中に」


 土の悪魔は皺まみれの顔を歪ませニヤリと笑い、開いた手をゆっくりと握った。


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