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四噺 流れ


 時の流れは早く、ラプンツェルと共に過ごし始めて七年が過ぎた。

 彼女は順調に成長し背丈も伸び、色々なことを一人で出来るようになった。

 着替えなどの手間はかからなくなったが、より活発になった彼女を相手取るのは中々疲れるものだ。


「おばあちゃーん」


 鈴の音のように綺麗な声で私を呼ぶのは、勿論ラプンツェルである。

 廊下を歩いていた私の元に駆け寄ってきて、眩しい程の笑顔で私の手を握る。


「いっしょに何かしようよ!」


 彼女の笑顔を縁取る金色の美しい髪は、三つ編みにされてもなお腰より下まで伸びていた。


 ラプンツェルの長い髪は、彼女が産まれてから一度も切っていない。

 生物の羽や毛は魔法を使う際に、力を制御する媒体となりうる。特に身体の一部である髪は、魔法を使うための力――魔力を制御する起点となる。

 神の加護を持つ彼女ほどの魔力量だと、髪の毛を切るだけで魔力の抑制が出来なくなり、大惨事になる可能性があるのだ。

 魔力の制御方法を教えておかなければ、暴走してしまった時にどうなるか分からない。


「……そうだな」


 年齢的にも、そろそろ頃合いであろうか。


「だったら、勉強でもしようか」

「えーっ!」


 私が指を立てて提案すると、たちまち抗議の声が上がる。


「おもしろくないからやだよー!」


 いつも行っている文字の勉強だと思って、嫌そうな顔をする幼い少女。その膨らんだ頬を人差し指でつつきながら、私はまだ不慣れな笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、今日は魔法の勉強をしよう」





「つえ! かっこいい!」


 宝石のような青い目を輝かせるラプンツェル。その目線の先にあるのは木で作られた細長い杖。

 杖と言っても足が悪い訳ではない。握った者の魔力を流しやすくするために加工されたものだ。

 机の上に置かれた杖は片方の先が丸く、そこに様々な植物が絡み合っている。この植物達のおかげで、体内の魔力を効率良く引き出すことが可能なのだ。


「ああ、お前のための杖だ」

「わたしの? やったあ!」


 絵本などによく出てくる、魔法や魔法の杖が大好きな彼女は、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを露わにする。その動きに合わせて、三つ編みの髪がフラフラと揺れた。


 今回はこの杖を使って、魔力を扱う練習を行わせる。魔力の扱いが上達すれば暴走もしなくなるし、やがて魔法も使えるようになる。どのような魔法が使えるようになるのかは誰にも分からないが、ともかく力の扱い方を知らなければどうしようもない。

 一通りの初歩は普段の勉強で教えてあるので、後は実践あるのみ。


「まず、その杖を握って、体内の魔力を感じられるかどうか試してみようか」


 彼女は頷き、その小さな手でそっと杖を握る。


「どうだ、何か変わった感じはしなかったか」

「うーん……何となく?」


 首をかしげて眉を寄せるラプンツェル。

 魔力を引き出す杖と言っても、その作用は補助のみであり、魔力の少ない者には作用しない。

 彼女は身体に内包する魔力が多いので、初めてでも感じ取れる程の魔力の移動が起こったのだろう。


「初めてで少し分かれば上出来だ、今度はその杖を離して、その違いを覚えるんだ」

「……あっ」


 言われた通りに杖を離したラプンツェルが、何かを感じ取ったのか声を上げる。


「引っ付いてたのが、どっか行っちゃった……?」

「よく分かったな、それが魔力だ」


 金色の頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細める。

 ここまで魔力の流れに敏感なら、練習次第では大人になる前に魔法を習得出来るかもしれない。


「それを何回か繰り返して、魔力の流れを掴むんだ」

「うん、やってみるよ!」


 ラプンツェルは元気一杯に杖を握り直した。





「……よし、そろそろいいだろう」


 しばらく練習して、ラプンツェルはそれなりに魔力を流すコツを得たようだ。

 私の言葉を聞いた彼女は杖を机に置くと、次に何をさせて貰えるのかとうずうずしている。

 そんな様子を横目に、私はいつも使っている棚から藁を一束取り出す。


「まず、藁を温める魔法からやってみようか」

「わら?」

「そう、いつもミルクを温めているあの魔法だ」


 本当はそんな魔法はない。この藁は私が作った特別製で、魔力を通せばそれだけで温まるものだ。

 こう言っておけば、私は魔法を使える、という自信になる。今後の練習にも大きなプラスになるだろう。


「さっきの魔力が流れる感覚で、この藁に魔力を流してみな」


 彼女は受け取った藁を小さな手でギュッと握る。しかし初めてでは上手くいかないらしく、次第にうんうんと唸り始め、最終的に藁を放り投げてしまった。


「むぅうぅー、できないよー」

「諦めずに、ほらもう一回」

「……うん」


 散らばった藁を集めラプンツェルの手に戻すと、彼女は再びそれを握りしめ真剣な顔になった。その碧眼からは、かなりのやる気を感じる。それだけ魔法が使えるようになりたいということだろうか。

 しばらくすると、彼女の持つ藁がほのかに赤く光った。


「あっ、あったかい……あったかい!」


 温まった藁に驚くラプンツェルだったが、その表情は次第に笑顔に変わっていった。


「やった! 出来たよ、おばあちゃん!」


 藁を握る両手を上げ、喜色を露わにするラプンツェル。

 自分の魔力で温かくした藁に頬擦りするその姿は、とても神の加護を持つとは思えない、ごく普通の少女のものだった。


 この子はどのような魔法を使えるようになるのだろうか。その魔法は彼女のように優しい魔法か、あるいは他人を傷付ける類のものか。魔法に振り回されて、彼女の人生が狂わなければいいのだが。

 私は目の前で笑う愛しい少女の行く末を、いるのかどうかも分からない神とやらに祈ってみた。




~~~




 彼女は流れ者。一つの場所に留まらず、風に任せて旅をする。


「んー、面白いことないかなぁ」


 木漏れ日射し込む森の中。白髪の少女が一人、ふわりふわりと宙を舞う。


「仕事する気分でもないし……そうだ!」


 彼女の肌は薄緑。側頭部から生える巻角が、くるりと後ろに流れている。


「風の噂を聞いてみよう!」


 空に翻って魔法を使う。天からキラキラと緑の光が降り注ぎ、少女の元へと集まっていく。


「……ふぅーん、深緑の魔女かぁ」


 その正体は風の悪魔。風を友とし、自由気ままに空を行く。


「面白そうだし、ちょっと行ってみよっかな?」


 彼女は流れ者。一つの目的に囚われず、心に任せて旅をする。


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