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二噺 幸か不幸か


 目の前に、赤ん坊。彼女の名前はラプンツェル。

 木の柵で囲われた小さなベッドの中の、白い毛布の上に横たわる、産まれて間もない碧眼の少女。

 むちむちとした短い腕を、何かを訴えるかのように上下に振っている。


 私はヤギの乳が入った壺を棚から取り出しながら、連れてきたばかりの頃の苦労を思い返していた。


 彼女は大きな魔力を持っているので、特殊な魔法の結界で囲まれたこの城から出ると、他の魔法使いや悪魔達に見つかってしまう。

 なのでラプンツェルはこの城から出られず、彼女の育児を人に任せることも出来ない。そもそも任せられる知り合いなど、とうの昔にいなくなってしまっていたが。

 かくてラプンツェルの子守りをすることになったのだが――赤ん坊の面倒、特に、夜泣きには苦労した。何故泣くのかさっぱり分からないのだ。

 子育てどころか、近頃は人と表立った関わりすら持っていなかった私は、笑顔の作り方も忘れていた。


 庭で育てた魔法の藁で壺を覆い、魔力を込める。ゆらゆらと赤い光が藁に集まり、周りの空気を温かくしていく。その熱でミルクを人肌の温度に調整し、ラプンツェルに与える。


 魔女となった私が、まさか、子育てとは。

 こんな状況、夢にも思わなかった。不思議な巡り合わせもあるものだ。


「フフッ」


 思わず笑みが溢れてしまった。何故だろうか……。

 ああ、そうか。笑顔とは、こういうものだったな。


 私を見たラプンツェルがキャッキャと喜んでいる。普段は見せない表情の私が珍しかったのだろうか。


「……そうだな」


 これからこの子には、様々なことを学ばせなければならない。

 この世界のこと、自らの力のこと――そして、人という生物のこと。人一倍過酷な未来を乗り越えるために、物事の表と裏を見分ける力も必要になるだろう。

 だが同時に、生きていくには幸せも必要である。笑顔を忘れるような、私のような存在にはなってはならない。

 そのために。


「少し、遊ぶとしようか!」


 私は自分でも不自然と分かる、ぎこちない笑顔を作った。




~~~




「深緑の魔女が動きを見せたそうじゃない……悪魔の天敵と恐れられた、あの魔女が」


 無音の空間に、甲高い女の声が響き渡る。


「はい、人間の赤子を城に入れたらしく、産まれたばかりの人間の反応が城に消えました」


 その言葉に、落ち着いた声色の女が返事をした。


 そこは、海の底。魚群が雲のように流れる、暗く静かな蒼き世界。

 まばらに茂る海藻の原の中に、かつての文明を思わせる、水に沈んだ城塞がぽつり。


「やはり面倒ね、あの城は。結界としても、魔法防壁としても完璧に近い」

「魔女の名は伊達ではないということでしょうか」


 本来、人など死体でしか存在出来ないような海底で、二人は言葉を交わしている。

 水の悪魔が住まう水魔の国。城には魔法の結界が張られており、城の中は海水ではなく空気で満たされていた。


「ワタシ達の邪魔ばかりするから、引っ込まざるを得ない状況にしたのだけれど……出来ればずっと引きこもっておいて欲しかったわね」


 宝石が散りばめられた豪勢なドレスを纏う、青い肌の悪魔が溜息交じりに首を振った。


「それにしても……子供? 魔女が子育てでもするのかしら?」


 肩まで覆う長い黒髪を弄りながら、青き悪魔はクスクスと笑い始めた。頭上には銀色のティアラが乗っており、その左右から渦を巻いた角が突き出ている。


「その後観察を続けたところ、城の周辺で細々と行動をしているようです」


 笑う彼女に返答する女は、人間が見れば病的と言うであろう、白い身体を携えていた。特徴のない簡素な服装をしているが、青い髪から覗く短い巻角が、彼女を悪魔だと証拠付けている。

 白き悪魔の女は、無感情な声で報告を続ける。


「野菜を収穫していたり、ヤギの乳を絞っていたり……」

「ヤギの乳!」


 青き悪魔はその内容に、笑いを堪えきれず噴き出した。


「ホントに子育てしてるみたいねえ、アハハハハ!」


 黒い髪からティアラがずれるのもいとわず、青き悪魔は腹を抱えて笑い始める。白き悪魔はその光景を、感情のない眼差しで見つめていた。


「……何かおかしいのですか?」

「いいえ、何でもないわ……でも、急に動いたということは、その人間の赤子には何かあるわね」


 理解出来ずに首をかしげる白き悪魔をよそに、青き悪魔の興味は別の話題に移る。


「例えば、ものすごい力を持っているとか。もし『神の愛し子』の力が手に入れば、人間ドモにもっと恐怖を味合わせられるでしょうねえ……ああ、久々に、絶望に満ちた魔力を腹一杯食べたいわ!」

「人間は感情の起伏さえ引き起こせば、絶望や悲しみでなくとも魔力を放出するのでは?」


 自らの羊のような角を撫で、ニヤニヤと笑う青き悪魔に、白き悪魔が見解を述べた。


「バカね、負の感情に満ちた人間の魔力こそ、一番美味しいんじゃない! 特に、阿鼻叫喚する人間ドモを見ながら食べる魔力は絶品よ!」


 その意見を否定し、感情の昂るまま言葉を紡ぐ青き悪魔。両手を頬に当て、うっとりとした表情で虚空を見つめる。


「ああ……まずは観察ね。魔女の匿っている子供について、詳しく調べなさい」

「はっ」


 青き悪魔が夢見るは、恐怖と絶望からなる悪夢の祭典。最悪の世界を空想しながら、海の底の悪魔は静かに動き始めた。


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