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五噺 対立


 日が落ち暗闇が支配しつつある紫の空の下で、私とその男は向かい合うように立っていた。

 協力出来ない、そう言い放った真っ赤な男――ソルマの表情は優れない。


 こんな戦闘狂の男でも、炎の悪魔の中では上に立つ者だ。状況次第では私の味方でいられない、やむにやまれぬ理由があるのだろう。

 この男が敵に回るくらいなら、いっそここで始末を――。


「まあ話を聞けゴテルよ、()()協力出来ないのには理由があるのだ」


 私の不穏な考えを見抜いたのか、ソルマが右腕を広げながらなだめるように言葉を放つ。


「貴様に殺気を向けられるのは歓迎だが、今はそれどころではないであろう? だからそんな顔をするな」

「……」


 ……表情に出ていたか、思わず自分の口元を抑える。どうもラプンツェルと暮らし始めた日から、自分の感情が制御できていない気がする。


「もしこの一連の出来事がエンデの仕業なら、奴は海中にある水魔の城に戻った可能性が高い」

「海の中か、どうりでお前が手こずっている訳だ」


 海の中は炎の悪魔であるこいつにとっては最悪の環境である。溶岩の満ちる火山の中であっても生きると言われている炎魔であるが、流石に炎の通用しない水の中では呼吸もままならない。

 ということは、戦闘狂のこの男がエンデとやらとの戦いに協力出来ない理由は……。


「流石に海の中で炎は使えんし、炎魔の我では力になれそうもない。先程協力すると言っておいて申し訳ないのだがな」

「……それを先に言え。詳しい場所は知っているのか?」

「ああ」


 そう言ってソルマが提示した場所は、とある海の底にあるという水没した城であった。確かに水の魔法の扱いに長けた水魔でもなければ、海底に沈んだ城に到達するなど早々出来ないだろう。炎の悪魔であるこの男ならなおさら、である。

 だがまあ私はその限りではない。水の中でも活動するための手段はいくつかある。


「潜入してみるか、少し準備が必要だが」

「やはり貴様は海の中でも行動出来るのか、羨ましい限りだ。その方法で我も連れてはいけぬのか」


 水の中でも炎を出す方法はないだろうか、と真面目に検討し始めるソルマ。誰も連れていくとは言っていないのだが……。

 別に海中でも連れていけないことはないのだが、その手段がこいつの熱を上げる魔法と相性が悪い。魔法を使うなと言ったところで、戦闘になればこの男はどうせ我慢が出来なくなる。


「魔法を使った瞬間、お前のその真っ赤な身体が海の藻屑になるが、それでも構わないならいいぞ」

「……遠慮しておこう」


 火力の高い炎の悪魔も海の中ではあまり役に立たないので、今回は大人しく留守番でもしておいて貰おう。


「仕方あるまい、我は一度戻って部下を連れてくることにする、どうやら大事になりそうだからな」

「私が行っても解決出来ないと言いたいのか?」


 わざわざ自らの住処に戻るというソルマに対し、今からでは間に合わないのではないかと思い聞いてみると、彼はその赤い腕を組み目を閉じて重々しく口を開いた。


「何かが起こりそうな気がするのだ。貴様の悪い予感とやらも、まだ終わっていないのだろう?」

「ああ、今回の一連の事件は不可解な事が多過ぎる」


 戦うことしか頭にないこの男も、一連の事件の不穏な匂いを嗅ぎ取っていたらしい。

 エンデという悪魔の存在はどうにもきな臭い。事態が悪化してラプンツェルへと波及する前に、早々に決着を付けた方がよさそうだ。


「それに今まで沈黙を保っていた奴がこれだけ派手に動いたのだ、既に拠点を移しているという可能性も高い。そうなった時に人手は多いに越したことはあるまい?」

「……そうだな、その時は頼むとしよう」

「まあそうならん事が一番だがな、フハハ」


 笑いながら大股で去っていくソルマを尻目に、海中用の準備をするために自分の城へと歩を進める。

 だがソルマは森に足を踏み入れる直前、立ち止まったかと思うとこちらに軽く首を向けて口を開いた。


「……今回の潜入調査だが、細部まで気を配るといい。まあ貴様が見落とすなど万が一にもないだろうが」

「何故だ?」

「いやなに、そうした方がいいのではないかという、ただの我の直感だ」


 何やら意味深な言葉を残したソルマは、次第に森の闇の中へと溶けて消えていく。

 夜の帳に冷やされた空気が、夜風に乗って森へと逃げていった。




~~~




 とある海の底、沈んだ城塞の玉座の間にて。

 二人の悪魔は水の静寂を背景に、互いに向かい合って言葉を交わしていた。


「エンデ様、何故対象を手に入れる際に魔法を使用したのですか」

「あら、無意識の内に魔法を使ってしまってたのかしら? バカな女を上手く口車に乗せたと思っていたのだけれど……」


 私の魔法が効いてたなら逆らう訳ないわよね、と呟くエンデ。青き悪魔は煌びやかな装飾品を身に纏い、豪華な玉座に足を組んで座っていた。


「魔法の使用によって、深緑の魔女に存在が露呈した可能性があるかと」


 気だるげに自らの黒髪を弄る彼女に、犯した行為の危険性を進言する白き悪魔のネイ。無感情な声で淡々と語るネイの表情は、彼女の口調同様に感情の起伏の無い様子であった。


「どうせ王都を攻めるのだからすぐにバレるもの、女が手に入ったのだから問題ないわよ」

「そうですか……」


 しかしネイの忠告を一蹴したエンデは、自分の手柄を強調するかのように口を動かし続ける。


「それにしてもあの女、予想以上の逸材だったわ。これでようやく()()を動かせる」


 青き悪魔は膨らんだ唇の間から舌を出し、ゆっくりと舌なめずりをする。


「さあ、楽しい楽しい戦争を始めましょう!」


 立ち上がったエンデは窓に向かって両手を広げ、広大な海へと声高らかに開戦を宣言する。

 彼女と会話をしていたはずのネイは、いつの間にか部屋の中からいなくなっていた。


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