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二噺 責務


 風を切る黒いローブがばさばさとはためく。箒に乗り空から見渡しても、その全貌を掴めないほど広大な魔女の森。

 先程、この森のとある地点から大きな魔力を感知した。


「この魔力は……魔物の群れか」


 様々な植物の茂る森の中に降り立った私は、辺りの魔力を感じ取りそう判断する。

 周囲の木々に隠れて姿は確認出来ないが、複数の魔力反応があり突然現れた私を警戒している。気配を隠し取り囲むように移動しているが、魔力の操作が拙いため居場所が露呈している。これは魔物と見て間違いないだろう。


 魔物とは魔力を一定以上貯めこんだ生物や物質が、体内に魔石と呼ばれる魔法を制御するための部位を形成したもの、もしくはそうなった個体が繁殖したものである。

 また魔力の多いい地域では、魔力そのものが身体を形作り魔物になることもある。

 私の住む魔女の森は生物が多く、漂う魔力が濃いため魔物を発生させやすい。魔女が住むという理由以外で、この森が忌避されている要因の一つでもある。


 ともかく、今回の魔力反応は魔物の発生が原因だったのだろう。魔力の制御が上手く出来ていないのが、魔物になったばかりの獣である証だ。


「さて……」


 魔物の数は六体……いや、魔力を隠すのが上手い個体が一体いるな。全部で七体か、この程度ならさっさと片付けてしまおう。

 魔物達が一向に姿を見せないのが厄介だがここは森の中、『深緑の魔女』にとって庭も同然である。

 ローブの内から杖を取り出し、魔力を込めながら横薙ぎに振るう。直接的には見えない魔物の位置、その付近の草木を急成長させ魔物を包み込もうとする。


「ガッ!?」

「ガウッ!?」


 すると周囲の木々の後ろから獣の声が上がる。この鳴き声は狼か、どうりで統率が取れているはずだ。

 三匹は瞬時にその場から離れたため逃してしまったが、残り四匹は植物の檻の中に閉じ込めた。魔力を込め檻を締め上げると、バキバキと骨の折れる音と共に中の狼は絶命した。


「グルァ!!」

「バウアッ!!」


 難を逃れた魔物達は私を敵と見なしたのだろう、すぐに動き出した二匹が左右から襲いかかって来る。右から来る狼は魔力の操作にある程度長けた個体らしく、魔力を纏うことで身体能力を向上させているようだ。先程魔力を抑え込んで隠れていた魔物だろう。


 しかし魔物とはいえ元は狼、多少の駆け引きで容易く仕留められる。

 軽く杖を振るい、向かってくる狼達の眼前に植物の壁を作る。左から迫っていた狼は、突然現れた緑の壁に驚いて足を止めた。その瞬間を狙い植物で締め上げれば終わりだった。


 一方右側の狼は魔力で向上した身体能力なら、草木の中を付き抜けられると判断したのだろう。走る速度を緩めることなく壁へと突っ込んだ。

 だがそれこそ私の思う壺だ。狼が壁に突入した瞬間を見計らい、魔力を込めて植物を幾重にもきつく縛り付け、身動き一つ取れなくしてやった。


「ガルァ!!」


 そうして捉えた狼に止めを刺す直前、気配を殺し私の後ろに回り込んでいた残る一匹の狼が、木々の陰から飛び出て襲いかかってきた。

 勿論、魔力を察知出来ている時点で対応は容易だ。だがその狼を屠ったのは私の魔法ではなく、突如狼の背後から噴き出てきた紅蓮の炎だった。

 高熱に包まれた狼は激しくのたうち回り、やがて息絶え黒い塊となった。炎の発生源を見ると、森には馴染まない真っ赤な男がふんぞり返っている。


「こんなところで何をしている、ソルマ」

「それは我の台詞だ。隠居生活は終わりか、ゴテル?」


 我としては嬉しい限りだがな、と拳を閉じたり開いたりしながらこちらに歩み寄ってくる男。

 鋭い角を生やした赤き悪魔は、獲物を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。


 魔女のローブと悪魔のマントが、森を吹き抜ける一陣の風にばさりとなびいた。





「……という訳で、借りを返しに来たぞ。ああ、ダンの奴は厳しく修行させている、許してやって貰えるか」


 ソルマの話を聞くにどうやら、この前の決闘を部下が邪魔した件の謝罪らしい。

 あの決着について納得していないのは、むしろソルマの方であろう。理由を付けて私に絡みに来ただけ、と考えるのが妥当か。


「あれは気が抜けていた私の落ち度だ、それにあの傷のおかげで分かったこともある。別に構いやしないが……」


 そうは言ったが、この男は一度言い始めたら聞かない男だったな、と自分の顎の辺りを触りながら思考する。せっかく手を貸してくれると言っているのだ、この戦闘狂に手伝ってもらうのも悪くあるまい。


「……そうだな、過激派の悪魔を減らそうと思う。特に、今回私が動き始めた理由を知っているような奴らを、優先的に排除していきたい。協力してくれるか」

「我としては趣味の範疇であるし構わんが……そこら辺の悪魔の相手なんぞ、貴様一人でも構うまい?」


 過激派の悪魔は人間と敵対する思想を持っており、その凶暴性から人間に恐れられている存在である。

 人間との共存を目指す穏便派の悪魔と違い、過激派は人間を下等な生物と考えており、人間を支配しようと企んでいる者も多い。

 この過激派の存在のせいで、穏便派までもが人々に忌み嫌われているのだが、大人しい悪魔にとってはいい迷惑であろう。


 かつての私は過激派の悪魔と正面から対立し、ひたすらに襲いかかる脅威から人々を守っていた。


「私一人では手が足りん、流石に何万もの数を相手には出来ん」

「過激派の奴らはもうそんなにおらぬぞ」


 そしてその数を危惧していた私だったが、ソルマの口から出たのは意外な事実だった。


「どういうことだ」

「かつての貴様のせいで獲物……いや、過激派の数が減ったのだ、まあいずれも気に喰わぬ奴らだったがな」


 数が減っていると言われても信じられなかった。どれだけ倒しても次から次へと悪魔が現れる悪夢は、未だ記憶に新しいくらいだ。

 いや、私が今これだけ行動を起こしているのに、表立って動きを見せる悪魔がいないのがその証拠かもしれない。


「貴様がどれだけの過激派の奴らを葬ったか。そしてその余波で、どれだけの過激派が穏便派に乗り換えたか……我もここ百年程は、気に喰わぬ奴を『決闘』の餌食にしてきたが、過激派の数は大幅に減っていると断言していい」


 木に寄りかかったソルマは自身の焦茶色の髪を弄りながら、後先考えずに狩れる獲物が減ってしまった、と愚痴のように呟いている。

 どうやら悪魔内で派閥争いもあったらしい。倒すべき敵が少ないというのは何よりの情報だ。


「我の手が必要かは微妙なところではあるが、残っているのは厄介な奴ばかりであるのも事実であるからな。ところで、貴様が魔法で捕まえているその魔物だが……」


 だが今、見えない敵の数は重要ではない。直近の問題の種は、私の魔法に捉えられた狼にあった。


「ああ、何者かに魔法を行使された形跡がある」


 最後に植物で捉えた狼は止めを刺さずに放置していたのだが、この魔物からは微少だが他人の魔力が感じ取れるのだ。

 他の個体より魔力を扱えたのも、何か手を加えられていたせいだろう。

 明らかに人為的な魔法の痕跡。この魔女の森で問題を起こすことの意味を分かっていない者か、はたまた……。


「貴様の存在を知った上で誘導するために魔物を放った、過激派の奴の仕業であろう」

「狙いは……ラプンツェルか」


 敵対する悪魔が私に察知されるリスクを冒してでも、私を誘導する利点はラプンツェルの存在以外にない。彼女の有する力を手に入れれば、それこそ国を滅ぼし人間を支配出来るようになる可能性さえある。


「あの国の王城には結界があるし、王都は多くの騎士が常駐している。ラプンツェルが危険な目に合うことはまずないはずだ」


 とはいえ、ラプンツェルが襲われる可能性はかなり低い。仮に襲撃の手筈が整っているのなら、このように私に察知されるような行動は起こさず、いきなり仕掛けたはずだろう。つまりまだ準備中、あるいは偵察の段階か。

 だが、たとえまだ手を出していないのだとしても、ラプンツェルを付け狙う卑劣な輩を許せるはずもない。

 みしり、と思わず杖を握る手に力が入る。


「まずは、この魔物を仕向けた犯人を捜すとしよう」

「ああ、手を貸そうではないか。決闘でラプンツェルとかいう娘を守ってやる約束もしたからな」


 杖を振るい、狼を捉えている檻に向けて魔力を送る。植物が瞬時に狼の身体を締め上げ、数刻もせずにその息の根を止めた。

 少し魔力を込め過ぎてしまった、どうやら気持ちが昂っているようだ。逸る気持ちを抑えて歩き始めるが、その歩幅はいつもより大きい。

 ソルマはそんな私の様子を見て、口角を上げて笑みを浮かべている。先程まで彼の寄りかかっていた木の表面は、彼の炎のような肌の熱で黒く焦げていた。


 木々の隙間を抜ける細い風では、私達の熱を冷ます事は出来なかった。




~~~




 彼女は渡り者。興味の移り替わりもまた、風のよう。


「あー楽しかったなぁ、人間はやっぱり面白いなぁ」


 宙に浮く少女は森を行く。その髪は純白、その肌は薄緑。


「でも仕事もしないと怒られちゃう……『闘将』に話をしなきゃいけないんだけど、今どこにいるかなぁ?」


 魔力を放つ彼女の元に、空から降り注ぐ緑の光。友の風は世の噂を運ぶ。


「ふむふむなるほど、近くにはいるんだね」


 その正体は風の悪魔。悪魔の証である一対の角は、くるりと巻いて後ろに流れている。


「それならその内、会えるかな?」


 彼女は渡り者。気分の移り変わりもまた、風のよう。


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