6話
中学二年生の時、3人の男子に同時に告白された。よくわからなくて、とりあえず3人とも丁重にお断りした。
中学三年に上がって早々、歳下の後輩に言い寄られ、告白された。接点もあまりない男子だったので恐怖を感じた。即お断りした。
中学三年も半ばの夏休み、今度は高校二年生の男に告白された。怖かったので丁重にお断りしたが、しつこかったため身内に相談した。最後は警察沙汰になったが無事に解決した。
「ほんと、恋愛運ないなあ…」
身長145cm。今全世界においてもっとも普及したスポーツ、サバイバルゲームのチャンピョンチーム[S]。その隊員の一人、スナイパー役をつとめるのは歳17の、パッと見ではどこにでもよくいるような、高校二年生。名を、サヤ。スナイパーの腕は比喩表現無しに世界一。過去にも未来にもこれ程の撃ち手は、数人しか現れまい。
6時間目の授業も後半に差し掛かる。クラスの半分の人間は机に突っ伏して意識を飛ばしている空間。コミュニティ英語は魔の授業と呼ばれ、英語担当の軽沢先生の子守り歌のような声に耐えれるものは、強靭な精神を持つものとして、称えられる者に値する。
サヤもうとうとはしていた。一番後ろの窓際の席という最高の場所を引き当て、ストレスフリーな学校生活を送っている。今日も恒例のごとく、窓から射す太陽の光にぽかぽかと温められて、眠りの境界と現実をさ迷っている所だ。
そんな頭の片隅で、彼女はいつものようにある思考に陥る。彼のことで。
その彼の名はアオイという。サバゲーは銃を用いて戦う、遊び、スポーツ。そんな環境でナイフを振りかざして踊り狂うのが彼である。器用に何本ものナイフを操り、銃相手であれなんであれ、勇敢に正面から突破していく。奇襲なら失敗する事など皆無だ。
「初恋相手が彼なんて…私もほんと運がないなあ」
アオイはいかにも恋愛には程遠い存在。そもそも彼の脳の辞書の中にそんな言葉はない。それらしい素振りをとろうが、思わせぶりな発言をしようが、彼には一切届かない。いわゆるド鈍感。アオイのばか。あほ。とまと(彼女はトマトを好まない)。
同じ部隊、同じ学校、ましてや戦闘時のお互いのサポートをしあう相棒関係。それでもそっち方面の距離が一切近付かないのは、彼が単純に鈍感なだけか、それともそのせいにしておいて自分の意気地無さを隠しているだけだからか。
(私にあるのはスナイパーライフルの腕だけだし…アオイも多分そこしか見てないしなあ…)
そうぼんやりと思いながら見つめた1つの雲は、彼が愛用しているコンバットナイフにそっくりの形をしていた。
その1つ下の階、アオイもまた、彼女の事を考えていた。
最初にサヤを見た彼は、背が低いなあとしか捉えていなかった。が、彼女は控えめに言っても愛嬌のある顔をしている。学年裏男子ランキングでも2,3位を争う人気度。
(俺は絶対1位だと思うんだけどな)
恋愛なんて生まれてこの方興味の無かった自分だが、彼女と過ごす時間が長くなれば長くなるほど、彼女の良さをどんどんと知っていく。笑い方、人をほっとけない性格、ドジな所。あまり人に悩みを打ち明けない所、すぐに無理をする所。
(俺らしくもないな)
学校でも、彼女の特徴の1つと言ってもいい少し長めのおさげを日々目で探す毎日が、いつからだったか、いつの間にか訪れていた。
(まあ俺なんかじゃあ、サヤには到底適わないだろうし、縁のない話だけどな)
彼女は男子からも女子からも人気者。陰側のグループに属す俺からは、本来なら見ているだけの存在。スナイパーの腕も一流。入る隙なんて無い。
そうぼんやりと考え、眺めた先の窓の雲は、彼女がいつも手にしている狙撃銃の形によく似ていた。彼の書く数学のノートの方程式は、途中で途切れていた。
同じ雲を見つめ、全く違うものを思い浮かべる二人。それぞれの想いは奇跡的に二年間交差され続け、今に至る。
これからそれらが交わることがあるのだろうか。二人含め運命の女神もまだ知らぬまま、彼女は銃の引き金を引き、彼はナイフで斬り踊るのだろう。それが彼らを繋ぎ止める、唯一の方法なのだから。