3話
「次の全員出勤は1ヶ月か~…」
身長が145cmの小さなスナイパー、サヤはため息をつく。本部から送られてくる大きな依頼は彼女の所属している部隊[S]全員で行うことになっている。それが凶悪テロ組織であろうが、はたまた200万ドルを投資して挑んでくる愛すべきバカの対応のどちらかが主になってしまうのだが。
「日本もこれじゃ銃社会だよな~。皮肉なもんだ、エアガンが本物の銃よりも取り回しがいいなんてよ」
染めた金髪のチャラ男、Rは嫌味混じりにそう呟く。
「JJ社って、今では確実に世界の裏で糸引いてるおっそろしい会社ですよね」
「だろうよ。なんせどこの国も手出しができない。本部の所在地も不明。恐ろしい企業だぜ」
「あはははは…」
そんな危なげMAXな上を持った私達だが、JJ社はのびのびと仕事をさせてくれている。
依頼は月に30件ほど送ってくる。その内部隊一個丸々動かなければならないほどの案件はせいぜい1か2くらいだ。
残りの25件くらいは個人でこなせるものだ。一応ノルマがあって、一月、絶対に1人につき一件はこなす事。全ての案件を片付けなくても全く問題が無いらしい。自由な働き方である。
内容は様々。エアガンの試射、レポートの提出だったり、イメージアップのためにテレビに出たり。大手企業の護衛をする事だってあるのだ。
「やっぱりもう遊びじゃないよなあ…」
「ここまで来てしまった以上、仕方ないですよ~」
「まあそれもそうか…」
「じゃあ夜もそろそろ遅いので。お先です、あーるさん!」
「おっす嬢ちゃん、気つけて帰れよー」
彼女は学校帰りの制服のままここに来て、制服のまま帰る。今日は荷物も少なく、学校の用意だけ入った革のリュックだけを背負って帰った。
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「それでアオイ。結局の所どうなんだね」
Sの司令塔とも呼べる軍曹は、高校二年生の男子にそう問いかけた。
「だーかーらー違うってば。サヤとはそういう関係では断じて無いっ」
「ほぉ~なるほどやっぱり片思いと」
「ちがっ、アンまでそういうこと言いやがって」
「おいおい少年顔が赤いぞ~?」
ロシア系顔白肌金髪青眼の男アンドリューはいつものようにアオイをおもちゃにして遊んでいた。
「まあしゃあないよな…お嬢ちゃんは可愛いから…」
「うむ。あれほどの容姿はなかなか見られんぞ。背が足りないのが難点だが」
「馬鹿野郎軍曹、そこもまたプラスポイントなんだよ… 背もなければ胸もないが、やっぱり顔と性格が良ければ…」
あーーーーーーーーもう!! とアオイが大きな声で叫び上げる。その声は盛大に反響して、コンテナの並ぶ倉庫の奥まで行って帰ってくるほどだった。
「ばっかアオイめ! 流石にバレたわ!」
おい、向こうにいるぞ! あっちだ!! 囲め囲めと声が聞こえてくる。じきにこのコンテナ内部にいる事もバレるだろう。
「そもそも面白い仕事あるって聞いてしょうがなく着いてきたらなんだよ! 100人抜きチャレンジって!悪い予感はしてたんだよ!!」
「まあまあ、せいぜい中堅が頑張って集まったくらいのやつだからさ」
「本部もなんてもん企画しやがる…テレビ中継されてるんだろ、盛大に荒らしてやるからな…」
そう言うと彼は両腰からメインウェポンの大型フォールディングナイフ、Glauca B1を取り出した。刃の部分はしっかりとインクが塗りたくられており、殺傷能力は一切ない。
「おお、珍しくマジだねえ」
「流石に100人はヤバいだろだって」
「まあ確かにな、現実的に考えてありえん」
「そう言いながらこの仕事に3人で行こって言ったバカは誰なんだ?ん?」
「俺だ」
「え…? 軍曹が言ったの…?アンじゃなくて…?」
「残念、俺ではない」
「はっはっは、たまには動かんと鈍るだろうと思ってな」
「はあ~… いいよ、やる。サポートお願い」
そう言って彼はコンバットナイフ2本だけを構えて飛び出した。軍曹、アンも彼に続いてコンテナの反対側から飛び出す。
「い、いたぞ! あれはs7だ、絶対に近付くな、撃ちながら引け、引けー!!」
「成程、ここは7人か。軍曹は右端のカバーにいるの、アンは左から2人お願い。」
「「了解」」
撃たれているにも関わらずがむしゃらに正面からアオイは突っ込んだ__いや、がむしゃらに見えて、実は全て彼には理解している。弾道、着弾時間、数、撃った人間の瞬きまでも。
「なんて化け物だ!!」
全て優雅にかわしていく。前に進めるスピードを一切緩めることなく。スライディング、ロンダート、滑り込みを駆使してひたすらに突き進んでくる。
「せりゃあ!」
彼の2本のナイフは同時に2人の人間の首元に大きくインクを着けた。
「なんて強さだ…」
インクを着けられた2人がそう言い終わる前に、一度ナイフを収納してインクを再付着させ、その隣にいた、呆気に取られた左2人も同じように制圧。そうしている間に、軍曹とアンが作戦通り残りの者を既に制圧し終えており、ここは一件落着、と言いたいところだが。
「アオイ坊、次が来るぜ」
「分かってる。後93人。キリが無いからもう一本使うよ」
「いいんだが、サヤお嬢のサポート無しでいけるのか?」
「俺だって成長してるさ。まあ見てなって」
そう言ってアオイは右太ももから同じコンバットナイフをもう一本取り出した。右手で日本指に挟み、左手は逆手持ちで前に構える。
「全力のサポート、よろしく」
「はあ、しゃあねえなあ」
「サヤお嬢ほどのものは期待しないように」
「大丈夫だって」
そう言ってアオイは一気に姿勢を低くして走り出した。初速からチーターと見違える程の俊敏さ。陸上選手にも容易くなれただろう。
「い、いたぞ… うわああああああ」
アオイは敵を見つけ次第右手でナイフを投げ、ジャストで首元に当てる。それが落ちる前に走り込んでスライディングで回収、そのまま一度高速で収納してインク補充。それをずっと同じ前に進む速さで繰り返している。
「いやあ仲間といえどあれのサポートは本当に苦労するぜ」
「今は集中したほうがいい。サヤお嬢ほどとまでは行かなくても、彼の直線上以外の相手なら容易く仕留められる」
「へいへい、分かってますって」
そう言ってる間にもアオイは更に加速度的に速さを増し、投げるナイフの数もどんどんと増えてきた。いっぺんに三方向投げて、回収して近くに更に敵がいたら切りつけて補充。ぎりぎり回収が間に合わず1バウンドしたものは、ちょうどそれに合わせて到着するようにし、少し浮いた所を小指でさらに浮かせて器用に回収。
5分後には、インクで塗れた人間97人で溢れかえっていた。
「アオイ坊、何人やった?」
「途中から数えてない、ごめん」
「大丈夫だ、アオイがやったのは43。俺が18でアンが29。最初に7人やったから後は3人だな」
「…良く数えれたな、流石軍曹だわ… アオイ坊、ダメージはどんくらいだ?」
「結構かすりもらった。まだ70%は残ってる」
「上出来じゃねえか! まあ俺らのサポートもなかなかだったしな!」
「否定はしない。かなり良かった。」
「ほう、アオイが珍しく素直ですね」
「うるさい、疲れてるんだ」
そう言う彼は少し息を切らして、軍曹とアンからかなり離れた場所にぺたりと座り込んだ。
「…おい、アオイ坊! ばか、後3人残ってるの忘れてるだろ!」
「…あっ」
その時タタタタタンと軽快な音が倉庫中に響いた。
「あー言わんこっちゃないな…」
「大丈夫!ギリギリ生きてる!! 後3%しかライフないけど!」
「死んでなけりゃ上等!行くぜアオイ坊!せいぜい死なんように逃げ回れよ!」
アンはそう言ってクラウチングスタートを決めた。
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「今日はマジで疲れた…」
「ナイフ三本も結構いけてたし、嬢ちゃんにもいい所見せれたんじゃねーか?」
「何言ってるんだアオイ。テレビで見てたよーってグループに送ってたぞ」
「…まじかよ」
「最後へまったからなあ、そういう所だぞウブ少年」
「うるせえ」
「まあ今度はせいぜい怪我せんよう嬢ちゃんにサポートしてもらうこったな」
「…」
「アオイ、そこは照れる所ではないぞ」
「うるせえ!!」
「本当に大好きなんだからなあ、恥ずかしくて学校では声もかけられないって噂聞いたぞ」
「どっからだよ!そんな信憑性の欠片も無い情報、信じるほうがおかしいぞ!」
「でも事実だろう」
「いや… あれはクラスが違うせいで階も違うからであってな!!」
仕事の帰り道、夕暮れ時3人。被っていたそれぞれ異なる表の仮面を外し、いつものような他愛ない会話を交わす。アオイの恋愛話からいつの間にか夕飯をどこで食べるか議論になり、さらに彼らの会話は白熱する。
チーム[S]は、銃をぶちまける事が世界一上手い事以外は、特記することがあまりない。一つ言うならどこに行ってもうるさいので少し他の人に迷惑だ、ということくらいだろうか。