2話
サバゲーにおけるフォースランキングNO.1チーム[S]に、1人として一般人は存在しない。
グリーンベレー上がり、元アメリカ軍将官、元特殊部隊SWAT隊員など。
サバゲーだけに及ばない、ありとあらゆる状況に備え人材を集められた超特殊部隊。今ではJJ社専属の民間自衛部隊としての働きが主である。
隊員は全員で9人。フォースの上限は24人だが、あえて少ない人数で動くことにより統率力を高めている。
「あおいー!! 次のお仕事、イメージアップ系のやつだってさ~!」
携帯に送られてきたJJ社からのメールを読み上げ、机越しにハンドガンの手入れをするアオイに話しかける。
「サヤ、俺はその手の仕事は苦手って言っただろう。パスパス。ミヤと一緒にいってらっしゃい。」
彼の肩の上では例のごとく、モモンガのモンガーがピーナツをがりがりとかじっていた。
「そう言わずに来てよ! みやちゃんテストで散々な成績だったーって言ってたじゃん。あれは3日か4日は来ないと思うね」
「じゃあ1人でいってらっしゃい」
「もう!」
「ピエー」
サヤと呼ばれるこの二つくくり低身長JKは、よくいる普通のJK。何故そんな彼女がこんなへんぴな場所にいるのかは、運命の巡り合わせと言ってもいいだろう。
_____
「はあ、疲れた。プールの補習長すぎだし…」
サヤが中学3年の時、季節は夏も半ばだった。
プールの補習の後、友達と立ち話をしている間に遅い時間になってしまった。いい高校に行こうという気持ちはあんまり他の人ほど湧かないが、周りがやっているので自分もしなければいけないという焦燥感は一応あった。
「帰ったら勉強かあ…」
二つくくりにしている髪バンドの飾りが揺れる。彼女のお気に入りのもので、1週間に3回は学校につけて来ている。
大きく風が吹いた。びゅう、と。反射的にスカートを抑える。その時だった。目の前から高速で何かが飛んできた。
「わあっ」
これもまた反射的に顔を背けようとしたが、そのまま向かってきた小さなソレは、サヤの頭へと直撃した。
「ふごっ」
乙女らしからぬ、普段の声よりも一段と低い空気を口から出す。当たった衝撃は思ったよりもそこまで痛くはなく、どうやらふわふわしたもののようだった。
「…一体なんだったんだろう」
ぶつかってきたソレの行方は結局不明のままで、まあたまにはこういうこともあるよねという前向きな気持ちで、さっさと家に帰ろうとした時。
「…あれ!?」
ないのだ。彼女のおさげの片方が。ぶつかってきた例のアレに持っていかれたのだろうか。赤いガラスのボールのついたお気に入りの髪バンド、落としたのなら探さなければ。
「いやいや、ぶつかって落ちるって、そんなミラクルあるかな…」
探してはみるが、なにせ外はすっかり暗く見つかりにくい。中学生の彼女は携帯を学校に持っていく訳にも行かないので、手持ちの明かりすらない。
「これは見つかんないかなあ…ん?」
視線を上げた先、視界の左上。器用にも、フェンスの上で赤いガラスボールを持ってじゃれているモモンガがいた。
住宅街と店の集合する都会の間くらいの立地のこの辺りに、不自然に佇む森のような場所。この森のような小さな山のような場所一体は高いフェンスの内側にコンクリートの壁で囲われており、どこか気味が悪い。
一応私有地らしく、中で何が行われているのかは誰も知らないらしい。見せかけはおもちゃショップの私有地で、軍事兵器の開発をしているとかいう都市伝説も聞いたことがある。
「ちょっと返してよー!」
さっきぶつかってきたのはこいつだったのか! しかしフェンスの内側に逃げ込まれると取り返しようもない。
「そーっと、そーっと…」
じゃれていて低身長JKには気付く素振りもないモモンガ。静かに近づけば取り押さえられるかもしれない。
「とやーーーー!」
「ピエーーーーーー!?」
だがしかし、ジャンプしてもフェンスの上まで身長が届かず、ジャンプしてぶつかったフェンスの衝撃でモモンガは森側へと落ちて行ってしまった。
「あーーーーー! 待ってなさいこのモモンガ! ぜっったい捕まえてやるから!」
そうサヤは言い、背負っていた荷物と肩に下げていた手提げ袋をフェンスの向こうへと投げた。手の空いた彼女はがしがしとフェンスをよじ登っていく。彼女は小さいなりにすばしっこく、木登りくらいなら難なくできる。見た目の割に動けるので、体育の時間によくびっくりされる。
フェンスの上はとげとげ(彼女は名前が分からなかった)になっていたが、勢いをつけて一飛びでくるりと一回転しながら飛び越し、そのまま地面へ降り立った。
「…あれ、モモンガ逃げちゃったかな」
ひとまず投げた荷物を回収し、奥へ進む。
「なんか気味悪いなあ、引き返したほうがいいかなあ」
よく考えなくてもこれは不法侵入そのもの。我ながら大胆な事をしたものだ。
「…いやいや、ここまで来たんだから引き返せるもんですか!」
…だが嫌な予感がしてならない。なんとなく周りに人の気配を感じるようなするし、しないような気もする。
「…こわいい」
それでもあのモモンガを探すまでは頑張ろうと自分にむち打ち、一歩一歩踏み出していく。
がさりと音がした。その方向に目を向けるが、何もいない。ただの草。でも確実に何かいる。
「あのモモンガかな…?」
その時後ろのほうから音がした。パーンという音。そのまま目の前にあった木にばしゃあとオレンジ色のインクが飛び散った。
「ひああああああああ」
「…!? こいつ一般人か?」
先程気配のした場所から声が聞こえ、バサっという音と共に人が現れる。自分と同じ歲くらいの男の子だった。手には大きな銃を持っており、肩には例のモモンガを乗せていた。あ、いた、と一瞬思ったが、それよりも先にヤバいという思考が自分を占拠してしまった。
「あ、あのすみませんすぐ出ていきますので!」
「うーん… 企業スパイの可能性もあるしな、動かないで荷物を置いて」
「ひええええはいいい」
「皆、一旦中止、トラブル発生! このゲームは一回終わって俺のとこの座標まで来て」
耳につけた発信機で他の人と連絡しているらしい。どうやら大変なことになってきたみたいだ。
「おいおいアオイ坊、いつから女連れ込むようになった?」
「違うって」
左目に大きな傷、日本人離れしたアメリカンな顔。そしてやはり手には銃。他にもぞろぞろと集まってきては自分を囲むように銃を構えてくる。
(あぁ、無情なり。私はきっとここで死んでしまいます。さようならお母さんお父さんどうかお元気で…)
「ほおー、中学生ちゃんじゃん、この辺近所の制服だし」
金髪男がそう問いかける。
「ひとまず、なんでここにいるんだか説明してもらおうか。」
「えーっとですねえ…」
事の顛末を全て目に傷の入った男に説明する。
「モモンガ…か。アオイ坊、ポケット見てみろ」
「なんで今…って、え?なんで?」
アオイと呼ばれた彼のポケットから、赤いガラスボールのついたそれは出てきたのだった。
「お前さんのペットがそのお嬢ちゃんに悪さしたんだろうさ。そのままそいつが寝床にしてるお前さんの服のポケットに持ち帰ったんだろうさ」
「このくそモンガーめ!」
アオイはモンガーと呼ばれたそのペットの頬をぐにゃぐにゃと伸ばす。モンガーはピエーピエーと抗議しているがお構い無しのようだった。
「…あの、なんで皆さん銃なんか持ってるんですか…? やっぱり結構、アレな感じの人達なんですかねーあははー…」
もしそっち系の人なら私は生きて帰れないだろうなあと思いながら、隣でモンガーをいじめる少年に問うた。
「残念ながら、半分はそんな感じかもな」
「ヒエっ」
「こらこら怖がらせるんじゃない。…そうだな、みやっちゃんいるか?今すぐここ来れるか?」
通信機越しに誰かと連絡をしているらしい。
「1つ言うなら、俺達は別にほんとにヤバイやつって訳じゃない。まあ時としてそうなる時もあるだろうが…これを見せた方が早いな」
そう言って傷の男は、隣にいた金髪の男に銃を向けて乱射。タタタタタンと軽快な音を森中に響かせた。
「ひやああああああひとごろ…あれ?死んでない」
「嬢ちゃんはサバゲーって知ってるかい?最近すっごい流行ってる」
「まあ、テレビとかでもよく見ますし、学校でも男の子達はその話ばかりなので」
「まあいわゆる、それを仕事でやってるんだよ、俺達は」
「ということは、いわゆるプロの人ですね、オリンピックとかにも出る感じの」
「まあ俺らはオリンピックのほうは出ないけどな…そういうことだ」
「…す、すごい!」
サヤはサバゲーのことはほんとに聞くだけのレベルで、興味というほどの興味は無かったが、
「じゃあ、テレビとかにも出たことあるんですよね!」
「まああるけど、顔は見た事ないだろう?」
「…無いですね、テレビはよく見るのに」
「そうだな、国籍不明の仮面のチームって言ったら分かるかい?」
「ああ、それなら凄い有名ですよね。謎ばっかり、どこの国の人たちなのかも全然分からなくて、ランキングに現れて2ヶ月で50位以内に入ったっていう。知らない人はそんなにいないと思いますよ?」
「そう、それが俺達だ」
「…ええええええええ!!?」
サバゲーに興味のないサヤですら知っているほどの知名度を誇る、確か名前は…
「…S、でしたっけ」
「ほう、この娘よく物を知っている」
先程まで一切口を開かなかった、眼鏡を掛けた日本人の男が口を挟む。威圧的で、はっきり言って恐怖だ。
「ひいい…」
「おい軍曹怖がらせてるんじゃねえぞ」
「いや、そんなつもりは…」
その横で口は挟まないがニヤニヤしている男。軍曹と呼ばれた彼の脇腹を銃の後ろの部分でガスガスとつつく。
「遅くなってごめーん!持ってきたよ~」
明らかに同じ歳くらいの女の子。しかも制服。どう見ても隣の中学校の制服だ。自分の身長と同じくらいの大きさのリュックを担いできていた。
「おおみやっちゃんごめんなあ。アオイ坊んとこのモンガーがこの嬢ちゃんに迷惑かけたみたいでな」
「わあ、貴方第一中学の子よね! ここで同じ歳の子を見れるなんて思ってもなかった!!」
「まあそれで、ちょっと持ってきてもらったんだ」
「なるほど、見た感じ完全に初心者ですし、試し打ちして帰ってもらおうと」
「そういうことだ。イメージアップも大切だろうからな」
「…えっと、話が勝手に進んじゃってますけど」
「おおすまんな。嫌なら帰ってくれて全然いい。出口までアオイ坊に送らせよう」
「…いえ、少しだけ試させてください!」
奇妙な巡り合わせだ。アオイが遠くの木に的の書いた紙を貼り付ける。真ん中だけ赤が描かれており、あれを目掛けて撃て、という事らしい。
「…なんて言っても私やったことないので分からないですよ」
「大丈夫大丈夫! 私が全部教えてあげるから!」
ミヤと呼ばれている同じ歳の女の子からゴーグルと片手で握れるサイズの銃を渡され、使用方法をレクチャーされた。わきは閉めて。マガジンに弾が入っている事を確認してストックに入れる。セーフティーを解除して狙いを定める。しっかり左手でも握る。
「じゃあ、よーく狙って引金を引いて」
息を止める。銃についた照準をしっかり赤い的も直線上に置く。
パンっと短く響く音。彼女の撃った弾は見事に紙の端へと直撃した。
「おお、初めてにしちゃあ見事じゃねえか」
そのまま彼女は具合が分かったようで、マガジンの弾が無くなるまで撃ち続けた。
「…おい、嬢ちゃん、初めてって言ったか?」
周りは言葉を失ってしまった。2発目、3発目も紙の端のほうへ当たる程度だったが、4発目から全て赤い的の点だけを確実に射抜いていた。0.1mmとさえ違わずに。それを12発、連続で。
「…風が無いとはいえこいつはすげえ芸当だぜ。」
「…みやっちゃん、SR持ってきてるかい」
「う、うん、一応」
「よし、組み立ててくれ。アオイ坊は400m先にターゲットを置いてきてくれ」
「400m!!? 流石に無茶あるってよ隊長!」
「まあまあ」
「…えっと、私どうすれば?」
「ちょっとまってねー…よし、組み立て完了!」
みやは手早くパイプのようなものや鉄の部品を組み立て、1つの大きな銃を差し出してきた。
「スナイパーライフルよ。狙撃銃。映画とかでもよく見るでしょ?」
「ええ、まあ」
使い方をレクチャーされる。大体のことを頭に入れて、手順を踏んでいく。
このスナイパーライフルはボルトアクション式というらしい。玉を込める。レバーを引いて銃の内部に一発分送りこむ。セーフティーレバーを解除。木の部分をしっかり頬に当てて銃を固定。
「…重い!」
「最初は寝転んで置いてやったらいいよ~」
「なるほど」
そう言うとみやが大きなブルーシートを引いてくれた。銃につけるスタンド(バイポッドというらしい)も追加でつけてくれた。
息を止めて、引き金を引く。パンという音と共に発射されたペイントBB弾は400m先のターゲットの中心を射抜く…とまではいかなかったが、赤い点のすぐ右あたりを射抜いた。
「あー…結構狙ったのになあ」
「…嬢ちゃん、400m先のターゲットに当たるってだけでも凄いことなんだぜ。そうだな、風の影響かもしれん。吹いてる方向に合わせて少しずらすんだ、やってみな」
うん、と頷きながら2発目の装填をする。ボルトアクション方式特有の一発撃って装填。レバーをがしゃりと引く。空の薬莢が押し出されて外へピンと弾き出される。
「その銃はまだプロトタイプでなあ。BB弾のくせに火薬を使うおもしれえやつさ」
どおりで先程と一撃の重さが違うわけだ。集中し狙いを定める。風を感じて、赤の点を照準から少しずらす。
「おいおい隊長、流石に風みるやつないと無理じゃ」
「まあ見てなって」
引き金を引いた。
「ほんとに持ってるやつってのはな、」
吸い込まれるように、ただ一つの点に、
「当てるとこでは当ててくるもんなんだよ」
そのまま赤い点へ直撃し、オレンジ色のインクをばら蒔いた。
「…嘘だろオイオイ…」
周りにいた連中は唖然としていた。スコープを覗いた先のターゲットの中心から確実に円をインクが描いていた。
(…なにこれ、楽しい!)
テンションの上がった彼女はレバーを引く。狙って、撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
それら全ての弾は、1つとして赤い点を外すことは無かった。
「…嬢ちゃん、うちのとこ来ないかい。テレビにも出れるし給料も超いいよ」
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「いいもん、どうせテレビ出ても顔出さないから学校でもバレないし!」
テレビに映るのは夢ではあるが、サバゲープレイヤーとして目立ってしまうのはどうも話が違う。結局仮面をして表に出るので、どこに行こうと自分とバレることは無いのだが。
「じゃあいいじゃん、次の土曜だろ?行ってこいよ」
「わかりましたーーー給料欲しいので行ってきますっ」
「…結局貯めるだけ貯めてちょっとしか使わないくせによ」
「高校生らしい生活とは大事なんですよ、ただでさえ毎日銃撃ってるとまともな感覚失いそうで怖いわあ」
「もう手遅れなんじゃね」
「うるさい」
いつものような他愛ない会話。
ガンショップの奥の扉に繋がる森。扉を入ってすぐ右へまっすぐ行ったところにその階段はある。下って扉を開ければ彼らの[第二の家]。チーム[S]とは、彼ら9人それぞれ自身にとっての、第二の家族でもあるのだった。