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乙女ゲームな設定の話

婚約破棄令嬢の溜息

 今わたくしの前に立つのは、わたくしの婚約者であるこの国の王太子クレール殿下。

 わたくしはオーバン侯爵の娘、アデレイド。


 ここは人払いをした魔術学院のサロンで、今はクレール殿下とわたくしの二人きり……

 扉の外には殿下の従者を務めるランディがいるけれど、大声を出さなければ中での会話は聞こえないでしょう。


 二人きりでのお話にしてくださったクレール殿下には感謝いたしますわ。

 そう、このイベントは、本当ならば学園の食堂という衆目の中でのことだったはずですもの。


 クレール殿下から言われることを、わたくしは知っていました。


「アデレイド、すまない。僕との婚約はなかったことにしてくれないか」


 そうです、これは婚約破棄イベント。

 本来よりは、ずいぶんと穏やかで申し訳なさそうな言葉ですわね。

 まあ、でも、婚約破棄には違いありません。


「……はい。殿下がそうおっしゃられるのであれば」


 抵抗はしてみたものの、やはりこうなってしまうとは……

 運命、あるいはゲーム補正というものは、強力なものと改めて思います。


「ありがとう、アデレイド」


 クレール殿下の微笑みが、胸に刺さります。

 この微笑みも、これからはヒロインだけのものなのですわね……


 わたくしは所詮、悪役令嬢。

 その運命からは逃れられなかったのだわ。


「それでは、アデレイド。もう一つ、僕の願いを聞いてくれるだろうか」

「わたくしに……? なんでございましょう、わたくしにできることでしたら、なんでもお聞きいたしますわ」


 これがクレール殿下に請われる、最後のお願いになるのですもの。

 政略で結ばれた婚約でしたけれど、わたくしは本当にクレール殿下のことが好きでした。

 その最後のお願いならば、なんでも叶えたいと思います。


「本当に? なんでも聞いてくれるのかい? アデレイド」

「もちろんですわ」

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ。それでは君には今宵から僕の愛妾になってほしい」

「うけたまわり…………は? 愛妾……?」


 愛妾?

 愛妾って、王族が正妃の他に娶るおめかけさんですよね?


 …………なんで?

 今、わたくし、確かに婚約破棄を言い渡されましたわよね……!?





 ……茫然としている間に、わたくし、殿下の寝室に連れ込まれました……





「お、おおおお待ちくださいませっ。おお落ち着いてください殿下っ」

「僕は落ち着いてるよ。アデレイドは落ち着いてなさそうだけど」


 これが落ち着いていられましょうかっ。


 だって、もう寝台の上なんです……!

 既に半分くらい脱がされかかってるんです……!

 それで殿下が上にのしかかってるんです……っ!


「でも、君が慌てるのもわかるからね。その泣きそうな顔がたまらなく可愛いから、少しだけ待ってあげる」


 クレール殿下はそんな意味のわからないことを言いながら、わたくしの目尻にキスをしてきました。


 本当に意味がわかりません。


「ヒロイ……違った、コレット様はどうなさるのですか」

「コレット嬢? ……ああ」


 わたくしとの婚約を破棄して、ヒロインのコレット嬢を正妃に迎えるってシナリオじゃありませんでしたの?

 ……いや、わたくしを愛妾にして、コレット嬢を正妃にする……というのは成り立つのかしら?


 二股ですか?

 ハーレムですか?


 でもさすがに元正式な婚約者を愛妾に回して、新しく正妃にする婚約者を迎えるというのは、世間的にかなりエグいと思いましてよ……?

 わたくし、お父様のお怒りがとてつもなく怖いのですが。


「クレール殿下、婚約破棄したわたくしに情けは無用ですわ。わたくしを愛妾などという立場で残しては、コレット様のおためにも、クレール殿下のおためにもなりません。口さがない者に付け入る隙を与えるばかりです」

「コレット嬢は関係ないよ」


「……は?」

「ごめんね、アデレイド。君がやきもち妬いてくれるのが嬉しくて、可愛くて、わざとコレット嬢を気に入ってるふりをしていたんだ」


「ふり……?」

「うん、ふり。本気じゃなかった。彼女にも悪いことしたけど、まあ、彼女には崇拝者が他にもたくさんいるからいいよね」


 攻略対象のイケメンたちで逆ハーレム築いてましたものね。

 でも、本命はクレール殿下だったと思うのですが。


 ……あら?

 それでは、なんでわたくしは婚約破棄されたのでしょう?


「殿下……」

「なに? アデレイド」

「それではコレット嬢の他に恋人がいらっしゃるのですか?」

「他に恋人? そんなのいるわけないじゃないか。今も昔も僕はアデレイド一筋だよ?」

「わたくし、さきほど婚約破棄されたと思いますけれど」

「うん、婚約破棄した。だって、もう我慢できなかったんだ」


 我慢?


「わたくしに我慢できなかったのですか?」

「そう、そうなんだ」


 わかってくれるかい、とクレール殿下がわたくしの目を覗き込んできました。

 わたくしのどこかが、それほど不快でいらっしゃったということですね。


「申し訳ございません。気が付きませんで……」

「それはしかたがないよ。アデレイドは女の子だからね、男の僕の気持ちを察しろと言うのが酷だとはわかっている。そもそも察してもらえてもね……正式に初めから正妃に迎えるなら、初夜に純潔の確認がある。このまま婚約を続けるなら、少なくとも結婚式は学園を卒業した後、二年も先だ。二年もおあずけなんて、我慢できるはずがない」


 殿下は、また意味のわからないことを。

 クレール殿下とわたくしは魔法の素質のある貴族の子弟の通う魔術学園の同級の一年生です。

 もうじき進級ですけれどね。


 そもそもの話、この世界はわたくしの前世における乙女ゲームと同じなのです。

 わたくしは現代で生き、その乙女ゲームをした記憶のある女性の転生……だと思われます。

 記憶が甦ったのは、ほんの数ヶ月前ですけれど。


 どうせ記憶が甦るならば、もっと早くに甦ってくれればよかったものを、わたくしが思い出したときには既にゲームの期間は始まっておりました。

 ぶっちゃけまして、だいぶ手遅れだったのです。


 ヒロインも登場しており、クレール殿下とも仲良くなっていて、わたくしは嫉妬のあまりヒロインにいやみを言い……

 それで既視感を繰り返して徐々に前世の記憶を思い出した、というのは、皮肉と言うより他ありません。

 思い出した記憶は他人の物語のようで、わたくしの人格に影響を与えることはありませんでしたが、行動には当然影響を与えました。


 そのまま突き進めば恋するクレール殿下から婚約破棄を言い渡されるとわかっていて、なにも対策しないなんてことはありえないでしょう。

 まずヒロインを苛めないように、皮肉を言わないようにしました。

 悪役令嬢アデレイドの登場するイベントを実行しないようにも苦心しました。


 ですが、運命は……あるいは乙女ゲームのシナリオの強制力はかなりのものだったのです。

 回避しても回避しても、異なるタイミングで、意図しないことが、イベントと同じような解釈になるのです。


 たとえばヒロインの制服にお茶をかけるイベントは、ティータイムではなくて、食堂で水をかけるに変わりました。

 わざとかけたのではなくて、人がぶつかってきてよろけたのですが……目撃した他の生徒が誤解したのです。

 階段で突き飛ばすイベントは、走ってきた他の生徒が体当たりしたようなのですが、ちょうどわたくしが階段を上から降りてきたため、その他の生徒も巻き込んで突き落としたと思われたようです。


 他にもいくつか……


 そして、極めつけがさきほどの婚約破棄イベントですわね。

 場所などは変わりましたが、婚約破棄は行われました。


 思い出すと溜息が出ます。


「まだコレット嬢のことが気になる?」


 クレール殿下が耳元で囁くように訊いてきました。

 光揺らめく豪奢な金の髪が頬をくすぐります。晴れた空のような青い瞳が、わたくしを覗き込んできます。


 クレール殿下は眩しい夏の光のような、美しく爽やかな王子様です。


「君がそんな溜息を吐くのはコレット嬢のことを考えているときだ。君が嫉妬してくれるのは喜びだったが、君が泣きそうな顔でいたり憂い顔で溜息をこぼしているのには……」


 殿下の吐息は甘く、声は掠れています。


「たまらなく興奮する」


 ……意味がわかりません。


「ごめんね、アデレイド。僕はちょっと嗜虐趣味があるようなんだ」


 ああああ……お願いですから、危険な発言はこれ以上聞かせないでくださいませ……!

 見た目の爽やかさが詐欺になってしまいますっ。


 あっ、しかも気が付けばなんか再開されてますっ!


「ででで殿下っ。待ってくださいませ……!」

「ん、まだ待つの?」

「お願いです」


「納得してくれたのではないの?」

「いえ……やはり意味がよくわかりません。婚約破棄と愛妾の繋がりが。ええと、その、コレット嬢との関係が偽りであるのなら、やはりなぜ婚約破棄しなくてはならなかったのかが。わたくしになにかご不満があっての婚約破棄ならば、結婚式が二年後であることは関係がないような気がいたしますし、ましてや愛妾にするなんて」


 おかしいですわよね?

 このゲームのシナリオはどこに行ってしまうのですか。


 婚約破棄すればいいというものではないと思うのですよ……!?

 ……もしかして、婚約破棄さえすればいいのでしょうか。


 今までのイベントも、とりあえず形だけなぞっていれば良かった……?

 見た目だけなぞれば、その後のことは、どうでもいい……?

 そう言えばあのシナリオは、悪役令嬢と婚約破棄したからと言って、必ずハッピーエンドになるわけじゃなかったような……!


「違う、不満なのは結婚式が最短でも二年後なことだ。二年も待てないんだよ。君が可愛いのが悪い。だから最初からアデレイドを正妃にするのは諦めたんだ。愛妾なら結婚式しなくていいからね。僕が召し上げたと言えば、それで愛妾になる。そして初めは愛妾でも、世継を産んで、そのとき正妃が空位なら繰り上がって正妃になる。そうでなくてもアデレイドのことは、卒業したら改めて式も挙げるし正妃にするよ。どうせ僕は君以外を娶る気はないし、それで父上とオーバン侯を説得したんだ。学生の間は愛妾として、君を僕の側に置きたいって」

「……側に……?」

「そう、この学園寮の僕の部屋は王族専用の別棟だろう? ここでは愛妾と暮らしてもいいんだよ。王族は子どもを作るのが義務だからね。だから一回正妃が前提の婚約を破棄して、君を愛妾にしてしまえば、残り二年は君といっしょに暮らせる」


 愛妾として、いっしょに暮らす。

 もちろん、義務を果たすことになるわけですわよね……


「オーバン侯も渋々だけど納得してくれたよ。アデレイド以外娶らないし、絶対世継は君に産んでもらうって約束したんだ。だからアデレイドも協力してね」

「……協力ですか?」

「うん、君の協力なしには実現しないから」


「え、でも」

「協力してくれれば、嗜虐趣味は我慢するよ。あんまりいじめないから」


「あっあんまりじゃなくて、絶対いじめないでくださいませっ!」

「うーん、自信はないけど、協力してくれたら努力する。協力してくれなかったら……たぶん恥ずかしいことさせたりとか、いっぱいいじめちゃうよ。協力してくれるね?」

「はっ、はいっ」

「約束だよ。毎日協力してね? いいね? ――よし、今から協力してくれるよね?」





 ……それから朝まで殿下に協力させられました。


 初めてだったのに、翌日は声が嗄れているし、夕方まで動けませんでした……

 こんなのを毎日協力とか、わたくし死んでしまいます……!





 そしてわたくしが愛妾になったあと、毎日のように遅刻して学園内をよろよろ歩いているのを見たヒロインはクレール殿下の攻略を諦めたらしいです。

 奪えないと思ってくれたのならば良かったのですが……


 生温い同情の視線を向けられ「はやまらなくてよかった」と言っているのを聞いてしまって、溜息が出ました。


 そして溜息を吐いていたら、殿下が興奮してしまって更に大変なことに。


 ……溜息を吐くと幸せが逃げると言いますが、わたくしの場合は体力が逃げていきます……


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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿下を応援して良いのか? アデレイドを励ませばいいのか? うん、迷うよね [一言] いじめ甲斐がありそうです
[良い点] こちらでははじめまして。ムーンではカタカナ名で感想を書かせていただきました。 碓井様の作品を知ったのはなろう側からでしたので、こちらもしょっちゅう読み返して楽しんでいます。乙女ゲーム系が…
[一言] かるーい下ネタがイイ! ごちそうさまでした (*´pq`*)ムフッ
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