No.2
意識が深い闇から浮上する。
重たい瞼をうっすらと開くとやけに眩しい光に少しだけ目が眩んだ。
脳にはそれが覚醒の合図だったようで、
沈んでいた意識は一気に破裂し、背中に当たる硬い土の感触と
肌寒さに一気に飛び起きる。
硬い場所で眠っていたからか、背が軋むように痛んで
呻き声が勝手に口から漏れていった。
いつもの夢を自室で見ていた筈なのに、
なかなか珍しい事もあるもんだ…と未だ霞む瞳を周りに向ける。
何処か懐かしく感じるこの場所も
夢で見た事、あったのだろうか…
故郷に帰ってきたような気さえする。
「とりあえず、歩くか…」
こんな所に座っていても何にも分からないので、
とりあえず立ち上がり、服に付いた土を
軽く払い落としてから歩き始めるも
靴を履いていない事に気がつき、
昔の人は裸足でよく生活出来たなぁ、なんて思いながら一歩一歩不確かだが歩き始める。
うん、小石が多くてめっちゃ脚痛い。
普通はこんな場所に倒れてたら、
パニックでも起こすんだろうけど、私は至って冷静だった。
寧ろ、何この状況、魔法みたい!
平凡な人生にこんな面白いことしてくれてありがとう!
位には思っている位だ。
知らない場所を歩くのは確かに怖いかもしれない。
どんな危険があるか、とか考えたら命さえも奪われかねない。
でも、それ以上にこの美しい景色や澄んだ空気が
現実の世界とは何処かかけ離れているように見えて…
死にたくは無いけど、楽しまなくては損な気がする。
「死にに行くみたいで本当は好きじゃないんだけどねぇ。」
第一、恐怖や警戒心は時に人の判断を鈍らせる、
と頭の片隅に浮かぶ。
私は警戒心とか持つと、ダメ派。
警戒心や恐怖で視野が狭まって緊張しちゃうから、いつも通りの判断が出来なくなってしまう。
だから、軽い警戒心は勿論持つけど自分を追い込むまでの警戒心は必要ない。
と、私の意思とは違う何かが押し付けてくる。
この感覚は何処か夢を見てる時と似ていた。
体の赴くままに、
迷いもなく、ただただ続く道を歩いていく。
すると、視界が大きく開けた。
澄んだ蒼い空に青々しい緑の森。
脚元にはもう道は無く、崖のようになっていたが、
ここからなら下の森もその先に続く大きな城も
蒼い空もよく見る事が出来た。
どれくらい遠いかは分からないけど、
掌サイズ代に見える城の近くをドラゴンらしき
形の影が通り過ぎて行く。
非現実的な光景に、やはりここは地球ではないんだと確信してしまったが
それと同時にワクワクもしていた。
こんな何処を見渡しても森って場所に
ぽつん、とある城なんて…もしも地球にあったら
絶対文化遺産でも、なんでもなってると思うし
観光名所にもってこいの場所だと思う。
でも、流石にこんな風景教科書でも見た事ない。
ドラゴンみたいな、あんな大きな空飛ぶ生物
地球には存在してなかったし、異世界確定ですね…本当に。
なんて、思いながら…ふ、と夢の出来事を思い出す。
いつも見ている魔法を使える夢。
都合が良いかもしれないけど、試してみる位いいんじゃないかと思った。
こんなファンタジーの世界に来てるなら、ぜひ試してみたい!
魔法。子供の頃には誰もが憧れたであろう、魔法。
やりたい事を思い浮かべる。
空に飛び上がる感覚と浮遊感を想像しながら、
地面を一蹴りする。
すると、それに答えるように体は空へと大きく飛び上がり
生きてるうちには感じる事が出来なかった
風を全身で浴びながら、空を切るという行為をしていた。
お腹の底がきゅう、と縮むようなジェットコースターの感覚を感じるが
風の心地よさに体を預けてしまえば
それは心地よさへと変わっていく。
こんな楽しい事が出来る世界。
なんて素晴らしいんだろう。
風に身を任せながら、あの大きな城の方向に飛んでいく。
なかなか上手く行くもんだ。
近くに寄れば寄る程、真っ白な大理石で作られた陶器のような
滑らかで美しい外装が見えてくる。
地球でいう、ベルサイユ宮殿に近いだろうか?
なかなかお城らしい外装をしている。
もっと分かりやすくするなら某魔法学校映画のような
そんな何処かワクワクさせるような古めかしく怪しいながらも
冒険心を引く、そんな雰囲気のお城だった。
そんなお城の周りを円を描くように飛ぶ。
なかなか城壁も高く、庭のような場所もとても広い。
この城の土地は、もしかしたら
某夢の国なんかよりも広いのかもしれない。
すると、一瞬視界が大きく揺れた。
いや、違う。
それは私の視界が揺れたんじゃなく、
目の前の景色が揺れたのだ。
風に靡くカーテンのように、光の反射で
一瞬キラリと目の前が光る。
窓ガラスと言ったほうが分かりやすいかもしれない。
それは恐らく結界が何かで、
この城を包むようにドーム状になっていた。
よくある攻撃を跳ね返す魔法のドーム、
と、言った所だろうか?
なかなか面白い。
無謀にもこういう厄介ごとに飛び込んで行く私を
よく思わない人間も多いだろう。
だけど、折角思い通りに出来る力があるのに使わないなんて勿体無い!
やらないで後悔するより、
やって後悔したほうが諦めもつく。
そう思う私の顔は何処かニヒルに微笑んでいただろう。
私は、円状に飛ぶのをやめてその場に止まる。
手でドームに触れればビリビリと体に電流が走っていく痛みを感じ、思わず声を上げるが
何故そこまで苦しいものでもなかった。
私の体はまるで、痛みなど些細な事。
そんな事を言っているように、
頭から姿勢が変わったりしない。
それどころか、体の中にこの魔力を取り込んでしまえばいいじゃない。
なんて言葉まで浮かんできて、
痛みは文字通り些細な事として消えていった。
「開錠」
そして、そのままグッ、と掌を
光の壁をに向かって押し込むように中へ押す。
すると、手の形に沿って虹色にキラキラと光りながらドームは溶けるように消えていく。
夢の時でもそうだけど、やりたい事を
思い浮かべて其れを手と自分の言葉で言えば
やりたい事は思い描いた通りに実現する。
だから、この言葉を言わなきゃ魔法を発動出来ないとか無い。
その分、自分の想像力と語彙力が物をいうみたいなので
なるべく想像は具体的にやりたい事の結果までの流れを素早く思い浮かべながら
其れを一言に込めて呟かなきゃいけない。
裏の意味を込めて言葉を言わなきゃいけない所なんか
とても役者に似ていて面白い。
さて、行きますか。
私は光の壁が開いた場所から城に向かって飛び始めた。