9 父と娘
本日更新4回目です。
翌朝、目覚めた三人は少し遅めの朝食を摂っていた。
食卓には焼いた黒パンと、コーンたっぷりのスープ、それに朝一で届けられた新鮮な野菜のサラダが並んでいる。
「で、どうだったフローラ? 何か進展はあったかな?」
「も、もう! テティスったら! やっぱりわざとだったのね!」
「ふふっ、ごめんよ。でもさ、こうでもしないとキミって中々行動に移さないでしょ?」
「ううっ、まあ……それはそうなんだけれど……」
女性陣が姦しいやり取りを続けるのをよそに、一人オルトは黙々と食事を食べていた。
(……やっぱ普通の食事ってのは、うめぇもんだな)
ここしばらくの彼の食生活だが非常に簡素であった。
いや、いっそ悲惨だと表現すべきだろうか。
人類圏から遠く離れた星で暮らす以上、食料の補給など期待できるはずもなく、基本は現地調達となる。
しかしマグネターなどという過酷な環境で調達できるものなんて当然限られており、このようなマトモな食事を口にするのは、実に久しぶりのことであったのだ。
ちゃんと味を感じられること。
舌が焼けたり凍ったりしない適度な温度であること。
……そもそも食べ物であること。
何もかもが彼にとっては懐かしく、そのせいかドンドンと食が進んでいく。
「ああ、見かけ通りに結構食べるんだね、キミ。おかわりなら沢山あるし、好きなだけ食べるといいよ」
「そうかい。んじゃまあ、遠慮なく」
無言で淡々と、でもどこか幸せそうな表情で何度もおかわりを繰り返す。
それは食材が無くなるまで続いた。
「ははっ。まさかホントに全部食べちゃうなんてね」
「んあ? まずかったか?」
「いや、別に構わないよ。そんなに美味しそうに食べてくれると、つくった側としても嬉しいからね。ただお昼の分がもうないから、買い出しに出掛けないと……」
「ねぇ! だったらついでに、オルト様の服とかも買いに行きましょうよ!」
オルトのぴっちり黒スーツ姿だが、この国では明らかに浮いてしまう恰好であり、それを心配しての言葉だ。
(あんま長居するつもりはねぇんだがな……。てかそんなにコレおかしいかぁ?)
オルトとしては必要な情報さえ手に入ったら、すぐにここから立ち去るつもりでいた。
とはいえ好意から出た申し出なのは明らかであり、それを無下にするほど彼は野暮ではなく、特に反論を口にすることはない。
「でもオルトさんって背が高いし、身体も大きいから多分既製品じゃ入らないわよね? ならやっぱりオーダーメイドかしら? でも男の人の服って、どの店がいいのかちょっと分からないわね……」
などと買い物へのウキウキを隠せないフローラだったが、残念ながらそれは実現しなかった。
「ん? 来客みたいだね」
気配に気づいたテティスが立ち上がる。
「多分、王都からの使いだと思うけど……」
昨夜フローラたちを寝室へ送り出した後、テティスは王都にいる養父と連絡を取っていた。
もちろん、邪竜フェクダ討伐の報を伝えるためだ。
なので訪ねて来たのは、その調査隊の先触れだろうとテティスは当たりをつける。
フローラの話によれば、邪竜は星となったため死体が残っていない。
昨夜テティスが確認した限りでも、邪竜の気配はこの付近からすっかり消え失せており、滅びたこと自体は恐らく真実なのだとは思われる。
しかし証拠がない以上、詳細な確認は必須だと言えた。
「……なぜあなたが?」
来訪者を出迎えたテティスだったが、その先頭に居たのは思わぬ人物だった。
「ふんっ、いけすかぬ小娘め」
後ろに多数の騎士を引き連れたその巨漢は、テティスの姿を認めるや鋭い視線を向けてくる。
対するテティスの方も負けじと睨み返す。
両者の間に不穏な緊張がはしり、沈黙が横たわる。
それを破ったのは遅れてやってきたフローラだった。
「お父様!? どうしてここに?」
「フローラか。そなたが無事ということは、邪竜フェクダが滅びたというのは本当なのだな?」
壮年の騎士がフローラへと――自分の娘へとそう問い掛ける。
このガタイに恵まれた騎士こそがフローラの父親にしてこの一帯を治める貴族――ハーシェル侯爵その人であった。
「は、はい。この方が邪竜を打ち倒し、わたくしを救ってくれたのですよ」
嬉しそうにオルトのことを父親に紹介するフローラ。
「……その珍妙な恰好をした男がか? 信じられぬな」
「え、ええ。まあ確かにちょっと恰好は変ですけど、とってもお強いのですよ!」
その後ろではオルトが「なぁ、俺の恰好って、そんなにおかしいか?」などと小声で尋ねていたが、テティスは取り合わない。
「まあ何でも構わぬ。真偽などすぐに知れようからな」
「……ではここに来たのは、邪竜に関する調査のためではないと?」
テティスが訝しむ声を上げる。
「当たり前であろうが? そのような雑事、わしの仕事ではない」
「ではこんな薄寂れた屋敷に、一体どのようなご用向きでしょうか、侯爵閣下?」
「ふん。相変わらず口の減らぬ娘だ。だがまあ良い。儂の目的はただ一つ、娘を連れ戻すことよ」
その言葉を聞き、テティスが身構える。
父親が娘を迎えにきた。
それ自体は特におかしな話ではない。
だが死の運命から逃れたばかりの実の娘へと、ねぎらいの言葉一つかけない侯爵に対し強い不信感を抱いていた。
そうでなくとも実はこの二人、元々仲が良いとは言えない。
侯爵はテティスのせいで娘を失ったと考えており、その事を酷く恨んでいた。
それに対しテティスの方も初めのうちこそ申し訳ない気持ちを抱いていたが、その後に受けた数々の嫌がらせのせいで、そんな想いもすっかり消し飛んでいた。
そこにはテティスが対立派閥に属するオルバース伯爵の養女であるという点も、強く影響している。
「はぁ……分かりました。ごめんね二人とも」
険悪な雰囲気を引き裂くように、前に出たフローラが軽い口調でそう述べる。
「さっ、行きましょうお父様」
父の袖をつかみ、急いでこの場を去ろうと促すフローラ。
これ以上の揉め事を避けるためだったが、しかし侯爵は動かない。
「……フローラよ。何故この娘を頼った?」
「なんでって……夜も遅かったし、それに一番近所だったから……」
「馬鹿者が! そのせいで儂がどのような迷惑をこうむったか、分かっておるのか!」
怒りに声を荒げた侯爵が、手を振りかざす。
「きゃっ!?」
振るわれんとする暴力を前に、思わず目を瞑るフローラ。
だが彼女の頬に痛みが生じることはなかった。
「なっ!? ……貴様ぁ!」
「話はよくわかんねぇがよ。暴力は良くねぇぜ、おっさんよぉ」
オルトが間へと割り込み、その手を掴んだせいだ。
「ぐぬぬっ!」
振り払おうとするがピクリともしない。
侯爵の方が一回り程大きいにもかかわらず、どれだけ力を込めようとも、オルトの肉体は大岩のようにして揺らぐことはない。
「閣下!? この無礼者め!」
「貴様、その手を離せ!」
遅ればせながら主への無礼に気付いた騎士たちが、慌ててオルトを引き剥がそうとする。
だがその動きを侯爵自身が、残る左手を掲げて制した。
「……分かった。お主の言う通りにしよう。だからその手を離してはくれぬか?」
「ああ。こっちも家族の問題に口を挟んじまって悪かったな」
侯爵が緊張を解いたことで、オルトもにんまりと笑みを浮かべ、その手を放す。
「ふんっ、娘が世話になったな。これは礼だ」
握られた場所をパッパッと払ってから、懐から金貨の詰まった袋を取り出し、ぞんざいに投げ渡す。
「こんなのいらないよ」
「ふんっ。ならば、その男に新しい服でも買ってやるのだな。いくぞフローラ」
「ごめんね……テティス」
つき返そうとするテティスを無視し、ハーシェル侯爵は娘を引き連れ去っていく。