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68 竜巫女の過去

『我もここまでか……』


 無言で目の前に立つオルトの姿を見て、己の死を覚悟したドゥーベはその瞳をスッと閉じていく。


(人間を甘く見るなと言った我が、このような形で人間に敗れるとはな。なんと皮肉な話だ……)


 己の無様な現状に対し、心の内でそう自嘲するドゥーベ。


 とはいえその事を責めるのは、少しばかり酷な話であるとも言えた。


 戦いそのものは、終始一貫してドゥーベ有利に進んでいたのだ。

 もしそこに失敗があったとすれば、それはデスピナとオルトの戦いを直接見ていなかった点に尽きるだろう。

 

 もしあの戦いを直に見ていてさえいれば、オルトの異常な成長能力についても気付けたはず。

 ならばそれを計算に入れ、別の戦法も選べたはずなのだ。


 それを知らず、正面からガチンコの殴り合いを選んだ時点で、実は初めから勝機など無いに等しかったのかもしれない。


「おぅおぅ、随分静かになっちまったな?」


 身動きをやめ静かになったドゥーベを見下ろしながら、首をかしげるオルト。

 そこに一人の少女が降り立った。


「ああん? なんのつもりだ?」

「ドゥーベ様はやらせない! やるなら先に僕からやりなよ!」 


 その少女は手を大きく広げ、うっすらと瞳に涙を貯めながらも、背中のドゥーベを守るようにして立ち塞がった。


「おいおい……」

『我が巫女ピティアよ。もう良いのだ。若いお前までもが死ぬ必要などない』

「ダメだよ! そんなの僕は絶対に認めないから!」


 退がるよう促すドゥーベだが、ピティアにそれを受け入れる様子はない。

 いやいやと首を何度も振りながら、まるで見た目相応の幼子のように、頑としてそこから動こうとはしなかった。


「なんだぁ、この状況はよぉ? なんか俺が悪者みてぇじゃねぇか?」

『あははっ、向こうからすると実際割とそうなんじゃない?』


 納得いかない表情をオルトが浮かべていると、デスピナがそう苦笑を返した。

 

 実際問題として、オルトらにも言い分はあれど、ドゥーベの眷属を狩ったことは紛れもない事実である。


「ああ……そういやそんなんもあったな」

『意外と薄情な人間なんだね、君。いや……別に意外でもないかな?』

 

 デスピナにとっては紛れもない恩人ではあったが、客観的にその行動を分析すれば、決して善人のそれとは言えないことなど、すぐに気付いてしまう。


(まっ、僕には何も関係ないけどね)


 とはいえ救われた事実に変わりはなく、心のうちでひっそりと彼の勝利を祝うのだった。



 《竜巫女》ピティア。

 裕福な商家に生まれた彼女だが、今はただのピティアと名乗っている。

 

 その理由は主に二つほど。

 一つは彼女が家を出て、ドゥーベの竜巫女となる道を選んだこと。


 もう一つは、その家がとっくの昔に潰えてしまったことだ。


 そして実家を滅ぼしたのは、他ならぬ彼女自身であった。


「いや! いや!! やめてぇ!!」


 まだ見た目相応の年齢だった頃、ピティアは多くの男たちによって誘拐された。

 

 これは後から分かった話だが、彼女の実家を恨む者たちによる犯行だった。


 当時、連邦内でも有数の財を為していたピティアの実家だが、その悪どいやり方故に多くの恨みを買っており、その代償を払わせんと、彼らはまだ幼いピティアを拉致したのだ。


 捕まったピティアが運び込まれたのは、人里離れた昏い森の奥だ。

 周囲に人気は無く、誰かが助けてくれるかも、などという淡い期待さえも抱かせてはくれない。


 その状況にピティアは、泣きじゃくりながら彼らに尋ねる。


「ぼ、ぼくが何をしたっていうの……」

「何を……だと? そいつはてめぇの親に聞きやがれってんだ!」

「ああ、俺の親父もお袋も……お前らのせいで!」

「弟を返しやがれ! この腐れ外道どもが!」


 ただ純粋な疑問から発せられたその言葉が、彼らの怒りに火をつけてしまう。

 全く身に覚えのない罵倒を大量にぶつけられて、ピティアは何も返せずにただ泣く事しかできない。


「う、うぇ……ぐすっ」


 後手を縛られ憔悴し、項垂れた少女。

 それを見下ろす男たちの表情は邪悪に歪んでいた。


 ひとしきりその様子をニヤニヤと見守ってから、彼らは互いの顔を見回してから、頷き合う。


「な、なにするの!? や、やだ……いやぁぁ!!」


 多くの大人たちの手が伸び、彼女の小さな身体を押し倒していく。

 抵抗しようとするも、手は縛られたまま、足や顔も床へと押し付けられ、泣き叫ぶ以外の抵抗は許されない。

 纏う衣服が次々と乱暴に剥ぎ取られ、ついにその純潔が汚されんとしたその時、空に大きな影が掛かった。


『珍しき魔力の波動に惹かれ、来てみれば……』


 そこから不機嫌そうな声が響き、一帯の木々を震わす。


「なんだぁ?」

「おい!? なんでこんなとこに風竜が!?」

「ただの風竜じゃねぇぞ? くそでけぇ! や、やばくねぇか?」


 木々を薙ぎ払いながらゆっくりと降下してくるその巨体に、男たちの表情が恐怖に引きつっていく。


『失せよ』


 発せられたその一声によって、彼らは脇目も振らず一斉に回れ右をし、方々へと散っていく。


 一人取り残されたピティアは、どうにか事なきを得ることが出来た。


「そ、その……ありがとう……ございます」

 

 破かれ露わとなった肢体を腕で隠しながら、そう礼を述べるピティア。


『なに、ただの気紛れだ。それよりも人間の娘よ。我が元へと来ぬか?』


 その誘い文句が、半世紀近くも続いた一人と一頭の繋がり、その最初の出会いとなった。



 内に秘めたその魔力をドゥーベによって見出されたピティア。

 その育成を担ったのは死にかけの老婆――先代の竜巫女であった。


 天空竜ドゥーベとトロヤ連邦を繋ぐ架け橋。

 星の開拓初期から続いたその繋がりだが、竜巫女たる素質を持つ者が長らく生まれず、今まさに絶たれかけんとしていた。

 そんな時に、たまたまドゥーベが見つけたのがピティアであったのだ。


「同じ言の葉を用いてはいても、風竜と人間とではどうしたって物事の捉え方に大きな相違が生まれてしまうものです。ですから、その隙間を埋めてあげるのが竜巫女の仕事なのですよ。良いですか、ピティア。これからはあなたがドゥーベ様をしっかりお支えしなければならないのです。分かりましたか?」

「……はいっ! ぐすっ」


 そんな言葉を残し、老婆はあっさりと死んだ。

 引き取られてから、僅か1年足らずの出来事だ。


 その後、竜巫女の座を引き継いだピティアだったが、しばらくはその遺言の意味をイマイチ良く理解していなかった。

 身につけた魔術の技を生かし、人間社会でドンドンと成り上がっていく。

 だが連邦の中枢へとかかわっていくうちに、実家に関する悪い噂が嫌でも耳に入ってくるようになった。

 

 その度に攫われた時の恐怖が蘇り、当時は意味不明に思えた彼らの怒りにも理解が及んでいく。

 

 だが腐っても自らが生まれ育った実家だ。

 それをなんとか否定したくて調査を行った結果、彼女の口から嫌悪に塗れた言葉が吐き出されることとなった。


「賄賂、恐喝、人身売買、エトセトラエトセトラ……。叩かずともいくらでも埃が湧いて来るような有様だね……」


 自らが味あわされた恐怖――このように幼いまま成長を止めてしまう原因となった出来事に対し、ずっと恨みと恐怖を抱きながら生きてきた。


 そんな被害者であるはずのピティアをして、その犯人らに対し同情を禁じ得ない程の悪行の数々を彼女の実家が犯していたことが判明してしまう。

 

 悩んだ末に彼女は選択する。

 自らの実家を断罪し人間社会とのしがらみを切り捨て、かつて先代より託された竜巫女としての責務に専念する道を。


「ねぇ、ドゥーベ様? なぜ僕の身体は、まだ成長を止めたままなのかな?」

『ふむ。心的トラウマは乗り越えたように見える。となれば、原因は他にもあったということだろう』

「他にも……?」


 他ってなんだろうと首をかしげるピティア。


 彼女が少女の姿のままなのは、誘拐された時に受けた心の傷が原因だとされていた。


 だがそれからもう10年以上の時が流れ――実行した犯人たちや、その原因となった実家の者たちはもう全員死んでいる。

 未だあの時のことを忘れた訳ではないが、フラッシュバックを起こし、心を乱すこともなくなっていた。


 本人的には十分乗り越えれた心持ちであったが、しかし彼女の身体は変わらず時の歩みを止め、少女の姿のまま。


『……我の口からはなんとも言えぬ。が、あの方ならば、もしや何か知っておるかもしれぬな』

「ドゥーベ様、あの方とは……?」


 そう問いつつも、それが誰かについておおよその見当はついていた。


 八大竜であるドゥーベが、敬称をつけて呼ぶ者など他にはいないからだ。

 

『天照竜ミザール様だ。この星の開拓時から生き続けてきたあの方ならば、何か知っておられるかもしれぬ』


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