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62 解放

 場に重苦しい沈黙が漂う中、それを破ったのはオルトの叫びであった。


「ったく! 勝手なこと抜かしてんじゃねぇぞ、このデカクジラ! なんでコイツがよぉ、んな面倒な役目を押し付けられなきゃなんねぇんだ!」


 仲間たちからずっと迫害されてきたデスピナに、その長という大役を担わせること。

 その困難さは、部外者の彼にだって容易に想像がついてしまう。


『人間よ。これは我らの問題なのだ。口を挟むのは控えてはもらえぬかな?』

「うるせぇ、ダチが困ってんのに黙ってられっかよ!」

『……友達(ダチ)か。この子をそのように呼んでくれることには感謝しよう。だがこれは我ら海竜の存続に関わる話なのだ』


 唾を飛ばしながらそう言うオルトに対し、アリオトが落ち着いた声で応える。


 施された封印によって、彼らリヴァイアサンは他の種族と上手に付き合っていく術を手に入れた。

 だがその代償として、まだリヴァイアサン・メルヴィレイと呼ばれていた時代から脈々と受け継いて来た本質を失いつつあった。

 今それをきちんとした形で受け継いでいるのは、この場にいるアリオトとデスピナのたった二頭だけ。


 そしてアリオトの死が間近へと迫っている以上、ここでデスピナが海竜王を継がなければ、その流れは絶たれてしまう。

 そうなれば彼らはいずれ、ただ魔法を扱えるだけのデカいクジラへと落ちぶれてしまうだろう。


 それは海竜王の名を継いだ者として看過できない事態であった。


「……要するにテメェがもうすぐ死んじまうのがワリィんだろ? もちっと頑張れねぇのかよ?」

『無茶を言ってくれるでない、人間よ。これでも長らく老体に鞭を打ち続けて来たのだ。もう休ませて欲しい……』


 オルトの言葉に、老クジラは勘弁して欲しいと言わんばかりに、ぶるぶると巨体を震わせる。


「ちっ、なんだよこの状況。くそっ、ダメだな。こんなん認められるわけがねぇ!」


 オルトは拳をわなわなと震わせながら、必死に否定の声を叫んだ。


 アリオトの言い分そのものは理解できないでもない。

 だが、この結果を認めてしまえばデスピナの将来は真っ暗だ。


 ……そう確信してしまえる程に、他の海竜たちがデスピナへと向ける視線は昏い嫉妬に満ちていた。

 デスピナが口を閉ざしたまま沈黙を保っているのは、そのことを本人が一番理解しているからだろう。


「けど、じゃあ、どうすりゃいい?」


 オルトはそう自分に問いかけた。


 力で無理を押し通したところで解決する問題ではない。

 それでもどうにか道を開こうと必死に思考を重ねていくが、良案は何一つ浮かんでは来てくれない。

 

 もともとグダグダ考えるのは苦手なのだ。

 いや幼少の頃はそうでもなかったが、これまでの人生が彼をそう変えてしまった。


 考える暇を与えられず、力押しでなければ乗り切れなかった苦難の連続。

 それこそが、今の力の権化のような彼を形作った。


 もちろんそのことによって解決できた問題は数多く、その選択に一切の後悔はなかったが、しかし今のような場面で役に立たない事実は揺るがない。

 

 ……かに見えた。


「こんだけ鍛えても、まだ足りねぇってのか! くそっ、やっぱ俺に檻は砕けねぇって、そう言いてぇのかよ! いいや違うはずだ! そんなん認めねぇぞ! 何が何でもぜってぇ、どうにかしてやらぁ!」


 認めがたい現実を振り払うように顔を大きく揺さぶりながら往生際悪くそう叫んだ彼の胸部から、突然淡い光が漏れ始めていく。


「ああん? なんだこりゃ?」


 心当たりのない謎の現象を前に、間抜けな声を漏らすオルト。


 その困惑にもかまわず、輝きは全身へとゆっくり広がっていく。


『え!? 何これ? なんで君が……』


 全身を覆った輝きは、徐々に徐々に明るさを増していく。


『ま、まさか!? なんという圧だ……。有り得ぬ……人間がこのような魔力を……』


 輝きの正体は魔力だった。

 気が付けば、デスピナやアリオトをも上回るほどの膨大な魔力が、彼の内側から湧き出ていた。


『よく分かんねぇけどよぉ……なんか、こいつがありゃ何でもできる気がすんぜ!』


 それが魔力であるとオルト自身は理解していなかったが、溢れる全能感が道を指し示してくれていた。

 その声に従い、オルトは拙いながらに魔力を操っていく。

 

 そうしてただ周囲へと放散されていただけだった魔力が、形をなしていく。


「おらよ、大体こんな感じか?」


 オルトの願望によって形を変えた魔力が、眩い光の塊となって彼の右拳へと宿る。


「これならやれっぞ! うっしゃ! こいつを食らいやがれぇ!!」


 オルトはその拳を振りかざし、おもむろに右ストレートを放つ。

 放たれた膨大な魔力は極太の奔流へと変じ、そのまま一直線に飛んでいく。

 

 その先にいたのは……


『え!? ちょっ!? 待って! いきなり、なにしてんのさ! アリオト様ぁ!』

『ぐぬぁぁぁ!!!』 


 デスピナの制止の叫びも空しく、アリオトの巨体が光の奔流へ呑み込まれてしまう。


『そ、そのさ……。僕のことを考えてくれたのは、まあ分かるんだけど、流石にこれはちょっとダメでしょ……』


 振り返ったデスピナが引き攣った声でオルトへとそう告げる。


 ここでアリオトが死にさえすれば、恐らく海竜王という大任からは逃れられるだろう。

 だがそれはリヴァイアサンという種族の衰退をも意味する以上、デスピナにとっても受け入れ難い選択であった。


「おいおい、なに勘違いしてやがんだ? 良く見ろよ?」

『へっ?』


 そんなデスピナの抗議の声に対し、オルトは心外だといわんばかりの表情で前を指差した。


 光の奔流が収まった後、そこには先程と何一つ変わらないアリオトの姿が残されていた。


『むぅ……。人間よ、我に何をした?』

『え……うそ? あれ……アリオト様、その御姿は……』


 いや何一つ変わらないというのは間違いだ。

 確かに怪我などは負っておらず、そのシルエットにも特に変化は見られないが、しかし以前と明らかな相違がその身には生じていた。


『ぬぅ、内側から力が漲ってくるのぉ。そう、これはまるで全盛期の頃のような……』


 活力に溢れ少し高くなった声で、しみじみとそう呟くアリオト。


 しわくちゃだった表皮に張りが戻り、染みだらけだった肌は鮮やかな紺一色に染められていた。


『えっ、えっ? うそ? 若返った?』

『……どうやらそのようだ。先程のアレは時間遡行の……いやそれとも違うのか? 人間よ、なぜお主が魔法を扱えるのだ?』

「……魔法? ああさっきの奴のことか? そんなん知るかよ。そうなりゃいいなって拳ぶん回したら、なんかそうなっちまったってだけだ」


 アリオトの問いに対し、あっけらかんとそう告げるオルト。


『ぬぅ、無自覚に魔法を発動しおったか。長きに渡る研鑽の末に生み出した我らが秘法を、こうもあっさりと再現してしまうとはな。やはり人間とは恐ろしい生き物よ……』

「ははっ、そう褒めんなよ」

『別に褒めてはおらぬがの……』


 その小さな呟きは、オルトの耳には届かずにいた。


「うっし、良く分かんねぇがこれなら文句はねぇんだろ? んじゃ爺さん、まだまだ現役頼んだぜ」

『まったくお主という人間は……。年寄りを休ませるという思いやりを少しは持てぬのか?』


 そう言ってアリオトは、ぶしゃぁと大きく潮を吹いて不満の意思を表明する。

 だがそれをオルトは笑い飛ばした。


「はっ、年寄りなんてのはよぉ、ちょっと気ぃ抜いたらすぐボケちまうからな。多少扱き使うってやるくらいが丁度いいんだよ」

『言ってくれるな、人間め』


 肉体こそ若返ったたものの、アリオトが老いた海竜である事実は変わらない。

 それを知っていてなお堂々と扱き使う宣言をしてきた彼に対し、苦笑を返すアリオト。


「ユミルの奴もなんかそれっぽいこと言ってたしな。見た目の年齢なんて、あんま関係ねぇとかどうとかだっけか?」

『ほぉ、人間にもそのような……いや待て……? お主、今ユミルと言うたか??』


 その名を聞いた瞬間、若返ったはずの声が元に戻っていた。


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