6 天才少女と気の短い男
本日更新1回目です。
その後、何度か星からの脱出を試みるオルト。
しかし同じことの繰り返しにしかならなかった。
成層圏までは順調に辿り着くのだが、そこから先がどうしても進めない。
なぜだか軌道が反転し、地上へと戻されてしまうのだ。
「くそっ、わけわかんねぇぞ……」
これまで何度となく惑星脱出を成功させてきた彼にとって、このような経験は初めての事だ。
解決方法がまるで見えず、途方に暮れてしまう。
「その……もう日もすっかり落ちてしまいましたし、今日はもう帰りませんか……?」
「ん、ああ。そうだな……」
両手を握り不安そうな表情のフローラ。
(こんくれぇの暗闇なんて、別にどってこたぁねぇんだがな。まあ、かといってこんな荒野に放り出すのもな……)
そんな気遣いが出来る程度には紳士であった。
「んじゃ、お言葉に甘えて世話んなるとするぜ、嬢ちゃん」
「……はい!」
フローラの表情がパァっと華やぎ、元気よく返事をした。
「このまま我が家に……と言いたいのですが、ここからでは少し遠いですね。そうだ、テティスのところに行きましょう」
「テティス? 誰だよ、そいつぁ?」
「わたくしの一番の親友なんです。この近くに住んでるんですよ」
「そうかい。まあ任せるぜ」
そうして2人は連れ立って夜の荒野を歩き始めた。
◆
ここは邪竜の棲み処の西、その怒りを買わないだろうギリギリの場所にある小高い丘の上。
そこに一軒の大きな屋敷がぽつんと建っていた。
屋敷の広さに反し、住人はたった一人だけ。
歳の割に幼い見た目と低い背、そして膨大な魔力を宿した少女だった。
彼女は自室にこもり、黒いインクに頬を汚しながらずっと研究に耽っていた。
「ダメだ、こんなんじゃまだ届かない。あの硬い鱗は貫けない……」
ドラゴンに代表される巨大な魔物が共通して持つとされる闇の魔力。
それによって強化された彼らの肉体は、非常に頑強だ。
しかも邪竜フェクダはそれに特化した存在であり、その防御を貫くのはこれまで人間の魔術では不可能だとされてきた。
だからこそ人間は――王国は邪竜フェクダに対し膝を折り、定期的にいけにえを差し出すこと平穏を得ていた。
しかし少女はそれを認めない。
いや認めたくないと言うべきか。
「ノートゥングの完成を急がないと……」
少女は紛れもない天才だ。
魔導院を主席で卒業し、宮廷魔導師にも既に内定済み。
だがその任に就く前に、少しの猶予を手に入れる。
それは己が才能を盾にした精一杯のワガママだった。
そうして勝ち取った時間を、少女はとある目的のために費やすことを選択する。
その目的こそが邪竜フェクダの打倒であった。
「足りない足りない! 全然足りない! このままじゃフローラが……」
しかし研究は上手くいかず、焦りばかりがドンドンと積もっていく。
本来ならば、次のいけにえには少女が選ばれるはずだった。
邪竜が満足するだけの魔力を持ち、しかも天涯孤独という身の上は実に都合が良かった。
いけにえに選ばれた少女は、その日まで仮初の自由を与えられ魔導院での生活を送ることになる。
だがそこで少女は抜きんでた才覚を示してしまう。
結果、それを惜しんだ国が身代わりを用意しようと動き、そうして選ばれたのが彼女の親友――フローラだった。
魔力こそ膨大だが、その扱いを持て余しており魔導師としては三流未満。加えてハーシェル侯爵家の末娘という身の上も災いした。
対立派閥の貴族らが、ここぞとばかりに高貴さゆえの義務を高らかに叫んだことで、強硬に反対していたフローラの両親もついにその話を呑まざるを得なくなってしまう。
「フローラはボクが救ってみせる!」
目の下に青いクマを浮かべながら、少女は一心不乱にペンを振るい続ける。
邪竜を倒し親友の命を救うため、ただただ必死に。
だから屋敷の扉をノックする音にも、名前を呼ぶ親友の声に気付けなかったのも、全部仕方がないことだった。
◆
研究に集中していた少女の耳に、ドゴォォォンと何かを破壊した音が届く。
「な、なに!? まさか邪竜の襲撃!?」
ビクッと怯えた少女は筆を走らせるのを止めて、周囲の様子を伺う。
どうやら音の出所は屋敷の玄関口の方からだ。
「……だれ?」
杖を構え警戒しながら向かった少女を待っていたのは、妙な服装をした背の高い男だった。
その足元には、突き破られてバラバラとなった扉の残骸が転がっている。
「おお、留守じゃなかったんだな。ワリィ、いくら叫んでもよぉ、うんともすんとも返事がねぇから、ついな?」
どうやらこの見知らぬ大男が扉を破壊した犯人らしい。
「……この屋敷に何の用かな? もしかしてボクを浚いにでも来たのかな?」
そう尋ねながらも、油断なく杖を構える少女。
どちらかと言えば学者肌の少女だが、戦闘技術だってまあ一流だ。
実際に賊なんかに襲われ、単身で撃退した経験も何度かある。
二人の間に緊迫した空気が流れるが、それもすぐに途切れる。
男の背後から、少女の良く知る声が響いたからだ。
「テティス!」
「……フローラなのかい?」
彼女が別れの挨拶に訪れるには、まだ早いはず。
いぶかしみつつも大好きな親友との久しぶりの再会を前に少女の――テティスの表情がほころんでいく。
「会いたかったわ、テティス!」
フローラが駆け寄り、テティスへと抱きつく。
同世代のはずの二人だが、その身長差から仲の良い姉妹のようにも見える。
「ボクもだよ。けど急にどうしたんだい? それに、なんだいその恰好は……?」
自分よりも何かと成長目覚ましい身体の柔らかな抱き心地を堪能するテティス。
だが、すぐにあることに気付いてしまう。
彼女が白無垢の儀式装束――いけにえの衣装を身に着けていることに。
「ちょっと色々あってね……」
「こんな遅くに訪ねてきたのは、やっぱり何か訳があるんだね?」
本来ならば今頃は家族と残された時間を静かに過ごしているはず。
なのに、こんな夜分遅くに事前連絡もなしにやってくるとは。
何かのっぴきならない事情が裏にあることを感じ取り、表情を正し真っ直ぐに視線を向ける。
「ええ……。少し長い話になるんだけど聞いてくれるかしら?」
「もちろんさ。けどその前に中に入りなよ。この辺りの夜は結構冷えるからね」
そう言ってまずはフローラたちを屋敷へと招き入れる。