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58 目覚めの時

『ぐふふっ、僕全部分かっちゃったぁ……』


 食事を終えたデスピナが、トロンとした目でそう呟いた。


「ああん? 随分唐突だなぁ、おい? 一体何が分かったつぅんだよ?」

『ふふっ、それはねぇ! あいつらが揃いも揃ってなーんにも分かってないバカばっかりだってことさぁ!』


 そう言って視界の端で風竜と戦っている同胞たちへ、嘲るような視線を向けるデスピナ。


『あははっ、どれだけ鶏肉(風竜)を狩って食べたところで、アリオト様の後継者になんてなれないのにねぇ。ホント可哀想な連中さぁ』

「お、おい……急にどうしたよ? やっぱさっきの肉のせいか?」


 明らかにこれまでのデスピナらしくない言動を見て、オルトは少したじろいでしまう。


 つい後押しをしてしまったが、やはりまずかったのかと後悔しつつある彼へと、弾むような声が届けられる。


『違うよぉ、オルト。ねぇ君さぁ、大昔の――まだこの星に来る前の僕らのことを知ってるんだよねぇ?』

「ああん? 大昔……もしかしてリヴァイアサン・メルヴィレイのこと言ってんのか? やっぱお前ら、あのデカクジラとなんか関係あんだな?」

『そうだよぉ。この惑星が開拓されたときに運び込まれた多くの種族、その内の一つが彼らだったのさ。それが長い年月を経て、魔法を扱えるように進化したのが僕らリヴァイアサンなんだよー』

「やっぱそうだったか」


 ここまではオルトもなんとなく予想していた話だ。


『けどねぇ、彼らは少しばかり凶暴過ぎたみたいでねぇ。そのままにしておくと、昔みたいにこの星の生き物を全滅させちゃう怖れがあるからって、その抜きんでた凶暴性やら闘争心なんかを封印されちゃったのさぁ』


 だからだ。

 人間や他の竜たちとの盟約を律儀に守り、テリトリーの外へと乗り込んでまで争いを起こそうとはしないのは。


「……なるほどなぁ。でもそいつはよぉ、別に悪いことでもねぇんじゃねぇか? あんま誰彼構わず喧嘩売っても先なんてねぇからな」


 しみじみとそう呟くオルト。


『そうだよねぇ。ホント君の言う通りさぁ。……でもねぇ、そんな小賢しい生き物はさぁ、もう誇り高きリヴァイアサンとは呼べない。そんなの……魔法をちょっと使えて図体がデカいだけのクジラに過ぎないのさぁ!』

「おいおい、そこまで言うかよ……。で、今のおめぇはそうじゃねぇって言いてぇのかぁ、デスピナ?」

『そうだよぉ。僕らに施された封印を解くカギはただ一つ。それこそがコレだったのさぁ』


 そう言ってデスピナは、血に濡れた口を大きく開いてみせた。


 かつて海洋惑星メルヴィレイで起きた悲劇。

 目ぼしい獲物を狩り尽くし飢えた彼らの祖先は、ついには同族同士で血で血を洗う闘争を始めてしまう。


 引くも地獄進むも地獄、その不毛かつ凄惨な戦いは、見かねた人間たちが介入するまで長きに渡り続き、その総数を1/100以下にまで減らしてしまう。


 それは彼らにとっても思い出したくない悲しい過去であり、二度と繰り返してはならない歴史でもあった。

 だからこそ、この星へとやってきた彼らはその再現を強く恐れた。

 封印が施されたのもそのためだ。


 だが強くなるためならば、例え同族だろうと容赦なく喰らうのが彼らの本質だ。

 どんなモノだろうと喰らって糧とし強くなろうとしなければ、それはもはやリヴァイアサン・メルヴィレイとは呼べないのだ。


 魔法という別次元の力を手に入れ名を変えた今も、その根っこの部分は何一つ変わってなどいなかった。


『封印を解除した者だけが、次の海竜王アリオトたる資格を得られる。……だからさぁ、今いるリヴァイアサンの中でその資格を持つのは、この僕だけなのさぁ!』

「ああん? つまり何が言いてぇんだ? ようはあれか? てめぇがその海竜王とやらになるってことか?」


 封印を解除したことで、同時に彼らが忘れていた過去の記憶をも思い出したデスピナ。

 同時に別の欲求がその内側には芽生えていた。


『そうだよぉ。……でもその前にさぁ! 君の肉を食わせてよぉ、オルト!!』


 デスピナが大口を開けてヨダレを垂れ流しながら、そう咆哮した。


「ダメだなこりゃ。完全に酔っぱらってやがる。……ったくよぉ。ホント世話が焼ける奴だな」


 大きく波打ち揺れる氷上で、ポキポキと拳をならしながら、デスピナを迎え撃つ姿勢を取る。


『あははっ! 君の強さは僕だってよーく知ってるさ!』


 本来のデスピナは非常に憶病な性格をしている。

 だからこそ彼のことを信頼すると決意しつつも、頭の片隅では警戒心を捨てきれずにいた。


 そしてその想いはずっと囁いていた。

 もし何かの間違いで彼が敵に回った際、どう対処するか考えろと。


 もっともこれまでは、その想像は飽くまで夢想に過ぎなかった。

 当時のデスピナの実力では逆立ちしたって、オルト相手に勝ち目などなかったからだ。


 けれど今はもう違う。

 海竜王足り得る程の膨大な魔力と、何より強者と敵対しても引かない度胸を――リヴァイアサンとしての本性を目覚めさせていた。


『……でもねぇ、どんなに強くとも君が生きている以上、殺せない道理なんてどこにも無いんだよぉ!』


 オルトを倒しその肉を食らうべく、デスピナが魔法を発動する。


『母なる海よ、さぁ、僕の敵を食らい尽くすんだ! 《タイダルストリーム》』


 周囲の海面が急激に盛り上がり、直径1kmにも及ぶ特大の大渦が生み出されていく。


「うおぉっ!?」


 当然近くにいたオルトもまた乗っていた氷板ごとその中へと呑み込まれていく。


 その渦の回転は徐々に徐々にと上へ向かっていた。

 大量の海水が巻き上がり、彼の肉体もまた大空高くへと打ち上げられていく。


 だが、その表情に歪みはない。


「おいおい、この程度で俺がどうにかなっとでも――」

『もちろん思ってないさ。忌まわしき風よ、彼を宙に縫い留めるんだ! 《ウインドリストリクション》』


 余裕のオルトの言葉を遮り、デスピナが次の魔法を発動する。


「うおっ!?」


 空に投げ出されたオルトの肉体が、見えない網に捕まったように急停止した。


「ちっ、またこの展開かよ。けどなぁ!」


 海中ならば泳げても、空を自由に動き回ることは彼にも難しい。

 だがドゥーベとの戦いで一度、この不自由な状況は経験している。


 そのため彼の対応は素早かった。


「おらよぉ!」


 すぐさま右拳を振りかぶる。

 そこから繰り出した衝撃波によって、その元凶を吹き飛ばそうとする。


『それも読めてるよ。《アクアドレイン》』


 だが振り上げられた拳が、そこから動くことはなかった。


 持ち主の言う事をまったく聞いてくれず、沈黙したまま。


「……なんだこりゃ?」


 見れば、その拳は水気を失い、カピカピに干からびていた。


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