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57 禁忌破り

 エンジバット、ハイトーンと相次ぐ風竜四天王らの死を契機とし勃発した風竜オプテリクスと海竜リヴァイアサンの大紛争。


 彼らの激しい争いによって一帯の海域が荒れ狂う中、デスピナとオルトはそこにひっそりと混ざり込み、戦いに敗れた風竜たちの肉を喰らっていた。


「おおう。わざわざ狩らなくてもドンドン肉が舞い込んでくるぜ! こいつは最高だなぁ、おい!」

『ぐふふっ、肉だぁ。美味しいよぉ、えへへ、ここはもしかしてぇ天国なのかなぁ……?』

「って、おいおい、流石にちょっと食い過ぎじゃねぇか? 大丈夫かよ? 前みてぇにダウンすんなよ?」


 一心不乱に食べ続けるデスピナの姿を見て、少し心配になったオルト。


『ぐふっ、大丈夫だよぉ。こーんなに美味しいお肉を前に倒れたりなんかしないよぉ』

 

 だがデスピナの食べるペースは、衰えるどころかドンドンと増していくばかり。


「そうかい……なら別にいいけどよ。てかまだ食う気かよ?」


 最初のうちはデスピナ同様、この状況に喜び思う存分食べまくっていたオルト。

 だが流石にちょっと食べ過ぎたのか、その手は止まっていた。


 脂身が少なく弾力に富んだその肉は、部位によって異なる味わいを見せ、彼の舌を大いに楽しませてくれたが、それももう限界だ。


「よく飽きねぇな……」


 そろそろを違う味を欲していた彼の目の前で、ぶわぁっと海面が大きく盛り上がる。


「ああん? こいつぁ……お仲間じゃねぇのか?」


 大波の後に現れたのは、白目を剥き腹を上に向けた巨大クジラの姿であった。


『みたいだねぇ、もぐもぐ。でもそいつ、もう死んでるっぽいよぉ?』


 肉を咀嚼(そしゃく)しながら、さも興味なさげにそう答えるデスピナ。


「……クジラ肉か。良く見りゃ結構美味そうだよな」

 

 思わずそう唾を呑んでからハッとする。

 同じ種族であるデスピナを前に無神経な発言だったと。


 だが当のデスピナは特に気にした様子もなく、なおも肉をむさぼり続けていた。

 その様子を見て、湧き出る食欲を抑えきれず、つい尋ねてしまう。


「な、なぁ? このクジラの肉なんだがよぉ、その……ちょいと味見しても構わねぇか?」

『もぐもぐ、別にいいんじゃない? せっかくのお肉を無駄にするのも、もったいないしねぇ……』

「そうかよ。おめぇがそう言うんなら……んじゃまあ、ちょっとだけ……」


 デスピナが気にしないと言うならば、もはや彼に止まる意味など無かった。


 本能の赴くままに死んだ海竜の腹へと飛び移り、その肉へと勢い良くかじりついていく。


「おおぅ、こいつはなかなか……」


 どちらかと言えば淡白な風竜の肉よりも脂分が多く癖の強い味ではあったが、それが丁度良い刺激となってくれた。

 海水の塩分や血の鉄の苦みとがぶつかり合いながら、彼の口内で激しいシンフォニーを奏でていく。


 心底美味しそうに次々と肉を頬張っていく姿を見たデスピナは、気が付けば喉をごくりと大きく鳴らしていた。


『ううっ、でも……』


 オルトが今食べているのは、風竜の肉とはまた異なる種類の――しかし大量の魔力を含んだ極上の食材だ。


 だが……それらは同族の肉なのだ。


 流石にそれを口にしてしまうのは色々とマズイ。

 理性はそう否定していたが、デスピナの本能はそれらを強く欲していた。


 リヴァイアサンにとって本能に基づく欲求の強さとは、人間などの比ではない。

 その先が破滅の道だと知ってなお突き進んでしまう程に、抑えがたい強烈な衝動を伴う。


 それでもどうにかギリギリで踏みとどまっていたデスピナだが、その背を押す声が届けられてしまう。

 

「別にいいんじゃねぇか? 同族食いのタブーなんてもんはよぉ、所詮は社会を円滑に回すための歯車の一つに過ぎねぇ。けどおめぇは、その社会から弾かれちまったんだろ? ならそれを律儀に守る必要なんてねぇんじゃねぇか?」


 それはオルトが持つ本音の一つであったのは確かだが、何より迷うデスピナを後押しするために発せれた言葉であった。


 彼の信条の一つとして、進むか止まるか迷った時は進むべきだというモノがある。

 例えその結果、何も得られずに多くを失ったとしても、歩みを止めることで失ってしまうモノの方が大きいと考えているからだ。


 普段は自身の持つその信条を、わざわざ他者へと押し付けるような真似は慎んでいたオルト。

 だが今のデスピナの姿がかつて見たクジラたちの面影とぶれたことが、彼の行動方針を少しだけ狂わせてしまう。


『うん……そうだよね! それにさぁ……よく考えてみれば、みーんな僕を虐めてた連中なんだよね。いや……それだけじゃない! こいつらは僕を風竜たちの囮にしようとさえしてたんだ! ……ならさぁ、その肉を食べるくらい、全然許されるよねぇ?』


 オルトの後押しにより、これまでずっと内へと貯め込んできた昏い感情が噴出していく。

 そうなればあとはもう早かった。

 

 他者の許しと自らを肯定する理論武装、この二つが揃ってしまえば、人間は大抵の行為を躊躇なく行えてしまう。

 そしてそれはリヴァイアサンであるデスピナにも同じ事が言えた。


『ぐふふっ、それじゃぁいただきまーす!』


 そうしてデスピナは禁忌の扉を押し開いた。

 

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