53 惑星マーナガルム
一旦別視点へ
43話の続きとなります
唯一皇帝ユミルとの謁見を終え、月の屋敷へと戻ったプルート。
現在彼は、その際に言われたこと――|アーカーシャクロニクル《AC》の閲覧を、一人静かに実行へと移していた。
「何重もの分厚い制限により、これまでは覗く意味など無いに等しかったが……」
アーカーシャクロニクル――それはこの世界で起きたあらゆる出来事を記したとされるデータベースだ。
その閲覧権限は貴族にのみに与えられているが、しかしそれをわざわざ覗き見る者は数少ない。
というのも記された情報の整理が全くなされておらず、しかもほとんどの貴族が持つ閲覧権限ではロクな情報を得ることが出来ないせいだ。
それよりも帝国政府が持つ公式のデータベースを閲覧した方が遥かに早いし正確なため、普段は話題の端に登ることすらなかった。
そもそもの話だ。
この世界で起きたあらゆる出来事を記したデータベース、その存在自体が眉唾モノだとプルートは考えていた。
……これまでは。
「果たして、権限が上がったことで何が分かるというのか?」
そう思いつつも湧き出る興味には抗えず、目を閉じ接続を試みる。
「これは……陛下からのメッセージか?」
すると接続と同時に「とある惑星に関する情報を閲覧すべし」そんな趣旨の内容が彼の脳内へと流れ込んできた。
「……呼び出しはこのためか。私が一向にこちらに接続しなかったため、陛下も焦れておられたのだろうな」
回りくどいやり方だ。
だが理解も出来なくもない。
権限を上げた事実を通信回線を通じて伝えれば、外に漏れてしまう危険がある。
貴族の大半はプルートと同じくアーカーシャクロニクルに対し懐疑的だが、その一方で妄信的な者たちも少なからず存在している。
もしそう言った連中に情報が知れ渡れば、彼の身に要らぬ危険が生じる可能性もある。
そうでなくともプルートは――いやエッジワース家は他の貴族たちから良く思われてはいない。
そして――貴族の殺害は帝国法で禁じられてはいないのだ。
「陛下はともかく――他の貴族たちは弟のことを疎んでいるからな」
それも当然の話だ。
アレがもし暴走でもすれば、星系の一つや二つ軽く吹き飛びかねない。
そして以前に一度、アレはやらかしかけている。
詳しい経緯は不明だが――帝城へと乗り込み、ユミル陛下を殺そうとしたのだ。
陛下自身はそれを許して――どころか面白がっているようだが、他の貴族たちは決してそうではない。
「彼らの気持ちも分からなくはない。だがハッキリ言わせれもらえば、陛下の方がよほど怖いと思うのだがな……」
アレは我が弟ながら異常な力を持っている。
それは紛れもない事実だ。
他の貴族たちが――口調こそ冗談まじりだが――艦隊を動かしてでも抹殺せよとしきりに言ってくるのは、恐怖の裏返しに他ならない。
そんな彼らの気持ちはプルートにだって痛いほど理解出来る。
だが陛下は、どのような方法を使ったかは知らないがあの弟の襲撃を退けて――どころか逆に捕らえて見せた。
おそらく陛下御自身の力ではないのだろう。
だがそれが可能なだけの手札が、あの方の手の内に存在するということだけは確かなのだ。
それに弟は破天荒なように見えて、あれで一応ながら道理を弁えた人間でもある。
他の貴族たちに疎まれている自覚があるからこそ、アレは人類圏の外側で暮らす道を選んだ。
ならば余程のことがない限り――例え弟自身の命が窮地に晒されたとしても――暴走はあり得ないと自信をもって断言出来た。
「陛下が優れた為政者であることは認めよう。200年以上の時を生きた私の――その何代も前からこの世界を大過なく治めてきたのだからな」
今の世界は人類史上かつてないほどに平穏に満ちている。
平民たちは、自身にもっとも適した職につき一生を楽しく過ごす。
そこに自由はないが、しかしそれを代価にして余りある幸福が保証されている。
その自由の無さを、ディストピアと称する者ももちろん皆無ではない。
だがそのように向上心に溢れた者たちに対しては、貴族へと成り上がる道が提示されている。
貴族もまた別の法や義務によって縛られる存在だが、平民よりは余程自由な振舞いが許されており、それで多くの者は満足する。……させられる。
貴族となるには一般に人体改造を受け入れる必要があるとされ、それを材料に制度を批判する者たちもいるが、それは誤解だ。
子孫を確実にヴァナル化させるためが故の処置であり、家を興すつもりが無ければ絶対ではない。
これらの施策で全ての者たちに幸福をもたらすことは出来ないが、それでも絶対多数への幸福を実現し続けてきた。
そうやって長い時を過ごしてきたのだ、この世界は。
うろんな思考に身を委ねているうちに、並列思考によって実行中のデータベース検索がいよいよ目的の惑星へと辿り着く。
「……して、この惑星マーナガルムとやらに何があると言うのだ?」
その外観は、どことなく地球と良く似た雰囲気があった。
恒星との距離などを勘案しても、間違いなくハビタブル惑星であると言える。
衛星が存在しないという点では地球と異なるが、植民惑星として改造するには十分好条件な星であると言えよう。
どうやら、ここが弟の現在いる星であるようだ。
そして陛下が、魔法やらドラゴンやらが存在するなどと世迷いごとを言っていた星でもある。
「なんだと……ここから1億光年以上も離れているというのか? となると、陛下のお力添え無しではまず到達しえぬ領域となってしまうが……」
弟が巻き込まれたと推測される超新星爆発から計算しても、相当な距離が離れている。
これでは調査隊から何ら成果が上がって来ないのも無理のない話だった。
「そもそも何故このような遠方の詳細なデータが存在する? そして何故アレはそんな所にいるのだ?」
人類圏と称される惑星のほとんどは、地球から100光年以内に位置する。
なるべく近しい星系を選んで開拓していったのだから、それは当然の話だ。
唯一、オオヤシマ星系だけが130光年と遠いが、それも1億光年という数字からすれば微々たる差になってしまう。
「陛下は何を知っておられる? アレに何をやらせようとしているのだ?」
表層的な情報だけでは分からないことが多過ぎる。
より詳細を知らねば何も判断できないと、プルートの思考は情報の海の更なる奥深くへと潜っていく。
次回はオルトのいる星へと戻ります




