51 竜たちの思惑
「んじゃよぉ、他に魔力持ってる生き物はこの近くにゃいねぇのか?」
『もちろん、いることにはいるよ』
リヴァイアサンが支配するこの海だが、他の生物だってちゃんと生息している。
彼らの餌となる生物が。
「はぁん? ならそいつらもドラゴンってことになんのか?」
『違うよ。魔力を持ってるのと魔法を使えるのはまた別の話さ。君たち人間にだって魔力を持ってる個体はいたと思うけど、それをドラゴンとは呼ばないでしょ?』
「んだなぁ。てことはそいつらは魔力は持ってるが、魔法は使えねぇって訳か? ったく、ややこしい話だな……」
そうぼやきながら、髪をガシガシとかきむしる。
魔力を持たないオルトにとって、その辺の理解は残念ながらまだまだ不足していた。
魔法と魔術の違いについても、以前テティスから説明を受け頭では理解していたつもりだったが、いざ見分けるとなるとまた話は別となってくる。
「まあいいさ。ならそいつらを狩りまくって食えばいいだけの話っつぅこったな?」
『うーん、それはそうなんだけどね……』
それが出来ないから困ってるのさと、巨体をぶるぶる大きく揺らすデスピナ。
大波が生じるが、背に乗っているオルトは特に動じることもなく呑気に告げる。
「ああ、それをあの連中が邪魔してくるって訳か」
『そういうこと』
「なら俺が追っ払ってやんぞ?」
そう言ってグッと拳を握って見せるオルト。
『その気持ちは嬉しいけど、やめておくよ』
その姿に頼もしさを感じつつも、デスピナはやんわりと断りを入れる。
理屈はともかくこの人間は間違いなく強い。
その力を借りれば、仲間たちからの妨害を退け、餌を得ることは多分難しくはないだろう。
だがそれでは意味がないと感じていた。
『同じ餌を食べてもさ、ただ差が縮まらなくなるだけだからね』
ずっと彼がデスピナの傍に居てくれるのなら、それでも問題はなかった。
仲間たちの多くはまだ成長期のようだが、それにも必ず限界は存在する。
ならいつかは追いつけるはずだ。
だが生憎と彼がここに滞在するのは一時のことである様子だ。
ここでその実力を背景に強硬手段を取ったとして、彼が去った後は元の木阿弥に――いや下手をすれば更なる状況悪化も十分あり得る話だ。
「はぁん、となると、もっと質のいい餌が必要ってわけか?」
『……そういうことになっちゃうね』
現状の打開には、今よりちょっと強くなるくらいじゃ足りない。
もっと劇的な成長が必要だ。
少なくとも仲間たちに並べるだけの強い力が得られる程の。
「つってもよぉ……」
海中に棲む魔力持ちの生物を食べるだけでは足りない。
かといって共食いも出来ない。
オルトからしても、状況は八方ふさがりのように思える。
「……ん? 何だありゃ?」
ああでもないこうでもないと彼が頭を悩ませていると、ふと遠くの空に大きな影が映った。
『ああ、あれは風竜だね』
「てことは、あのでっけぇ鳥もドラゴンてぇことなのか?」
サイズ自体は二回りほど小さいが、オルトをこの海へと叩き落した元凶――天空竜ドゥーベとよく似たシルエットをしていた。
『そうだよ。風竜オプテリクス――天空竜ドゥーベの眷属たるドラゴンさ』
「なぁよう? なんかこっちを見てるっぽいのは気のせいか?」
遠くの空を旋回しつつも、オルトたちから付かず離れずの位置を維持していた。
『……多分気のせいじゃないと思うよ。群れから孤立したリヴァイアサンなんて珍しいからね。きっとあわよくば僕のことを餌に、とでも考えてるんじゃない?』
自分の命が狙われているというにもかかわらず、そう語るデスピナの口調は非常に醒めたモノだ。
『これは推測だけれどね。僕が群れに入れて貰えないのも……そりゃぁ、一番は僕が弱いせいなんだけど……』
「ああん? そんだけじゃねぇって言いてぇのか?」
『うん……。きっと彼らは風竜たちと戦いたがってるんだよ。アリオト様の寿命がもう近いからね。その後を継ぎたいのさ。そのために……』
海竜王アリオトの座は、もっとも魔力に優れたリヴァイアサンが継承するとされている。
そのため同格のドラゴンを食らうことで、保有魔力の増大を狙っていた。
「……そういうことかよ。要するにオメェは囮って訳か」
『そっ。僕らと風竜とじゃテリトリーが違うから、普通はまず争いにはならないからね。特に僕らリヴァイアサンが好戦的なのは、世界中に知れ渡っちゃってるし。でも、群れから孤立した美味しい獲物がいればどうかな?』
もしかしたらそれを狙い、風竜たちが下へと降りて来るかもしれない。
そこへ奇襲を仕掛けようとの思惑があるのではと、デスピナは疑っていた。
『アリオト様程じゃないにしろ、ドゥーベ様だってかなりの老齢だからね。代替わりの日も多分そう遠くはないんじゃないかな? となれば風竜側だって似たような事を考えてても、全然おかしくはないよね?』
「なるほどな。なんとなく状況が読めてきたぜ。はぁ、領地争いの次は後継者争いかよ……。ったく、これが歴史は繰り返すって奴なんだろうな……」
もっともオルトの感覚からすれば、それらは全て過去の話だ。
UEN発足以来、そのような争いは――少なくとも記録上は――大小問わずただの一度も発生していない。
「うっし、分かったぜ。なら今日の飯は鶏肉で決まりだな!」
『ええっ!?』
今の話からなんでそうなるかと、驚くデスピナ。
それに対しオルトは笑顔で告げる。
「なぁ知ってるか? 食っていいのはよぉ、食われる覚悟のある奴だけなんだぜ?」
『もう、なにそれ……。でも……そうかもしれないね』
オルトの言葉を聞いた小さな巨クジラは呆れた声を漏らし――それからクスクスと笑った。




