50 捕食成長
『ね、ねぇ、さっきの何やったの?』
「何って、見てりゃ分かんだろ? ちょいと小突いただけだぜ?」
『いやいや……おかしいでしょ?』
そんな軽いノリでリヴァイアサンたちが押し流されるなんてこと、まず有り得ない。
彼らにとって人間とは脆弱な生き物だ。
魔法を扱えず、ただ一方的に搾取されるだけの餌に過ぎない。
一部、魔術なんて猿真似を使って対抗しようとする輩も存在するようだが、それもごく少数。
それらとて彼らの巧みな連携を前にしては、やはり敵とは成り得ない。
しかもこの上半身だけの人間からは、魔力の気配など一切感じられない。
……だというのに、どうしてこんな真似が出来るのだろう?
「それよりよぉ。一つ頼みがあんだが、いいか?」
『な、何かな!?』
その言葉にデスピナは瑞々しい巨体をビクンと震わせた。
理屈はさておき、目の前の人間が危険だと――デスピナを狩り得るだけの力を持っていることは先程の一件を見ても明らかだ。
だから、何かとんでもない要求が飛んで来るのではないかと身構える。
「いやな。ちょっと上に乗っけてくれねぇか?」
だが、それはただの取り越し苦労に終わる。
◆
プカプカと海上に浮かぶ巨大クジラ。
その広い背中にオルトは大の字になって横たわっていた。
「ふぅ、助かったぜ。水ん中だと、どうにも落ち着かなくてよぉ……。それによぉ、なんか身体の治りも微妙に遅い気がすんだよな」
『そ、そう……』
そもそも人間の身体って、そんなにポンポンと生えてくるモノだったっけと思うデスピナだが、しかしツッコめずにいた。
「うっし、おかげですっかり元通りだぜ。さてと、そろそろ帰っとすっかな……」
今のように陽光を浴びながら波に揺られてのんびり過ごす時間も悪くはないが、しかし彼にはやるべきことがあった。
お礼参りに向かう気満々、そんな猛々しいオーラを全身に漲らせていく。
そんな彼に対し、デスピナがおずおずと尋ねてくる。
『ね、ねぇ、一つ訊いてもいいかな? 君ってホントに人間……なの?』
「ああん? それ以外にどう見えんだよ?」
言われてデスピナは言葉に詰まる。
確かにその姿形は、どう見たって人間にしか見えない。
……それでも勇気を振り絞り、本当に問いたい事を形にしていく。
『ねぇ、だったらさ……。なんでそんなに君は強いの?』
再生能力もそうだし、デスピナよりも大きく強い海竜たちを魔力も使わず――ただの拳だけで容易く追い払って見せた。
そして何より――そんなちっぽけな身体で、どうしてこの危険な海の中でそんなに堂々としていられるのか。
それら全てが不思議で不思議で仕方がなかったのだ。
「そりゃぁもちろん鍛えってから……って、んな答えが欲しい訳じゃねぇみてぇだな」
そう言って少し困ったように頭を掻くオルト。
デカい図体に反して気の小さなクジラだ。
その様子が、檻から出たがっていた彼らの姿と少しだけ重なって見えた。
「うっし、決めたぜ。俺がオメェを強くしてやんよ!」
『ん? ……ええっ!?』
デスピナの意思など一顧だにすることなく、勝手にそんな宣言をした。
◆
「いくつか確認しときてぇ。テメェもその魔法ってのを使えんのか?」
一連のやり取りの中でその単語が出てきたことを、オルトは耳聡く拾っていた。
『まあ一応、僕だってドラゴンの端くれな訳だし、そりゃぁ……』
そう返しつつも、その言葉尻は弱々しい。
「ああん、ドラゴンだぁ? どう見てもデカいだけのクジラじゃねぇか?」
『くっ、クジラ……あはは、まあ見た目はそうかもしれないけど。うーん……陸の上の人間たちがどんな風に考えてるかは良く知らないけど、普通ドラゴンって言ったら魔法を扱える生物全般を指す言葉だよ?』
「はぁん、なるほどなぁ。言葉ってやつぁ、やっぱムズィな」
最初に出会ったドラゴンが、いかにもドラゴンらしい外見をしていた事も影響しているのだろう。
目の前のバカでかいクジラの姿と、ドラゴンという単語をイマイチ結びつけれずにいた。
「んでよ、なんでテメェはそんなに連中からバカにされてんだ?」
『こっちが気にしてることを平然と口にしてくれるよね。はぁ、もう分かってるとは思うけど、見ての通り僕が小さくて弱いからさ……』
オルトや人間にとっては巨大なデスピナも、リヴァイアサンの成竜という括りで見れば、小さく弱い個体に過ぎなかった。
「ああん? たしかにさっき見た連中はどいつもこいつもクソデカかったけどよぉ、別にその魔法ってのがありゃ図体のデカさなんて関係あんのか?」
魔術や魔法が幅を利かせるこの星において、身体の大きさは強さの指標として宛てにならないと感じていた。
実際、今のこの状況に彼を追い込んだのも、見た目は小柄な少女であった。
『うーん、一般的にはそうなのかもしれないね? でも僕らリヴァイアサンにとっては、身体の大きさはそのまま保有魔力の大きさをも示す重要な指標だからね』
「どういうこった?」
『ねぇ、保有魔力ってどうやれば増やせると思う?』
「……良く分かんねぇけどよ、沢山飯食ってぐっすり寝りゃいいんじゃねぇのか?」
少し頭をひねるも、生憎とそんな貧しい発想しか彼には思い浮かばなかった。
『あはは、とってもシンプルな答えだね。でも、それで大体正解だよ。まあ……もうちょっとだけ正確に言えばさ、その食事の質こそが重要なんだ。僕は質の悪い餌しか食べれてないから魔力が少なくて、だからこんな風に身体も小さいのさ』
デスピナが自らを卑下するようにそう呟く。
海竜たちは、その有り得ない程の巨体を魔法によって支えている。
そのため保有魔力の大きさが、そのまま身体のサイズにも強く影響していた。
「てこたぁ、あれか? 要はその魔力ってのを増やしゃーいいのか?」
『まあ、それはそうなんだけど……。保有魔力を大きく増やそうと思えば、どうしたって魔力持ちの餌を沢山食べないといけないからね……』
「魔力持ちか、分かったぜ。うっし、じゃあ早速そいつらを狩りに行くとしようぜ!」
『えっ? 何をさ?』
唐突なその発言に対し、デスピナは呆気にとられた声を漏らす。
「ああん? そんなん決まってんだろうが? お前のお仲間をだよ」
一方、オルトは歯を剥き出しにし、笑顔でそう告げた。
デスピナをただ弱いというだけで虐めているようなクソッタレな連中だ。
ならそれを狩ることに躊躇などなかった。
『いやいや、待って待って! 共食いなんて僕はやだよ!』
だがデスピナは、それに同意しなかった。
いくら飢えているからと――強くなりたいからと、そこまでするつもりは全くなかった。
「あぁー、そういやそうだよな……」
そう言われてオルトもようやく自分の発言の意味するところに思い至る。
結果、その案は無事却下された。




