表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/69

5 救われた少女と舞い戻る星

本日更新5回目です。

 邪竜フェクダは星空の彼方へと消え、舞い戻ってくる気配はない。

 その事実にオルトは頭を抱える。

 

「やべぇ、ちっとばかし加減ミスっちまったか?」

 

 彼としては、実はそこまでやるつもりはなかった。


 ごちゃごちゃとうるさい原生生物に対し、ちょっとお灸をすえてやる。

 ただそれだけのつもりであり殺す気なんて微塵も無かった。


「ったくよー。デカい図体のくせして軽すぎんだよ。ちゃんと肉食ってんのか、肉ぅ?」


 気まずさを誤魔化すようにして、独り言をぶつくさと連呼する。


「あ、あの……。フェクダ様はどうなったのでしょうか?」


 そんな彼へと、少し平静を取り戻したフローラが恐る恐る尋ねる。


「あん? そりゃおめぇ――」


 問い掛けに対し「死んだに決まってんだろ?」と答えかけて、言葉を止める。


 彼女が邪竜のことを様づけで呼んでいたのを思い出したからだ。


 邪竜への攻撃許可をくれたのも彼女ではあったが、それはあくまで殴る事に対してのみ。

 流石に殺す許可までくれたとは思っちゃいない。


「やっぱ、マズかったよな? そのワリィ……」


 取り返しのつかない事をしでかした。

 そんな想いから素直に頭を下げ謝罪の言葉を口にするが、対する少女の反応は少し妙だった。


 その表情にまるで動きが見えないのだ。


「あの……。もしかして、フェクダ様は死んだのですか?」


 感情の籠らない声でそう尋ねてくる少女。


「フェクダ? ああ、あのデカトカゲなら……おそらく生きちゃいないだろうな……」


 一方のオルトは呟きながら、拳に残る感触を思い出す。


 インパクトの瞬間、顔の肉が鱗ごと引き千切れ、顎から頭蓋までの骨が全て粉々に砕けた。

 そのような損傷を受けても、まだ命を保てる生物なんて普通はいない。少なくとも彼は知らない。


 少女の手前、言葉を濁したが、実際には間違いなく死んだ――殺したと思っていた。


「そう……ですか。フェクダ様は――いえあの邪竜はもう滅びたのですね?」

「ああ、マジすま――」


 再度謝罪を述べようとするオルトだったが、途中で言葉に詰まる。


 少女が突然泣き出したからだ。


「うそ……。まだ生きてもいいの? 夢じゃないわよね……?」


 ポロポロと大粒の涙を零しながら、うわ言のように呟いている。


 そのまま彼女はオルトへと駆け寄り、その厚い胸板へとすがりつく。


「お、おい、どうしたよ!? 何で泣く!? ……ったく勘弁してくれよ。女の涙は苦手なんだよ」


 助かった喜びと安堵から涙を流し続けるフローラと、抱きつかれ視線を左右にさ迷わせるオルト。


 しばらくそんな二人の平和な時間が、夕闇の中で静かに流れていった。



 ひとしきり涙を流し切り、ようやく落ち着きを取り戻したフローラ。

 それからオルトの方へと向き直り、口を開く。

 

「あの……本当にありがとうございました」


 やや声を上ずらせながらも深々と頭を下げる。

 

「……ああん、もしかしてあのデカトカゲ、ぶっ殺しても問題なかったのか?」

「ええ、もちろんですよ。そのお蔭でわたくしはこうして生きていられるのですから……」

「そうかよ……。はぁ、なんだよ。ビビッちまって損したぜ……」


 希少生物の保護は、人類圏で生きる者全てに課せられた義務だ。

 それがおとぎ話の中にしか存在しないはずのドラゴンであればなおさらのこと。


 彼としてもそれを好んで無視するつもりはなかったのだが、怒りに任せてついやり過ぎてしまった。

 だがそれで喜ぶ者がいるのなら、まあ別に構わないかとも思う。

 

「……あの邪竜のせいで一体何人が死んだかも分かりません。あなたは我が国の恩人です」


 過去の犠牲者たちを思い一瞬悲しそうな表情を浮かべた後、すぐに晴れやかな笑顔へと変じたフローラが、また頭を下げる。

 それに対し、オルトは無言のまま照れたようにして顔を背けた。


「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね。わたくしの名はフローラ。フローラ・ハーシェルと申します」

「……俺はオルト。オルト・エッジワースだ」

「姓を持つということはオルト様も貴族なのですね? ですがエッジワース家という名は耳にした事がありません。もしかして他国の方なのでしょうか?」

「ああん? 貴族っちゃ貴族だが、そんな大そうな家じゃねぇよ。それに俺はもう家を出ちまった身だしな」


 実家は兄が継いでおり、彼は良くも悪くも家に縛られない自由な立場であった。


「そうですか。ともかく助けて頂いたお礼をしなければなりません。どうか我が家へ――」


 その誘いに対し、オルトは手をヒラヒラと横に振る。


「こっちが勝手にやったことだ。気にすんな」

「ですけど……」


 実際オルトの認識としては正しくそうだった。


 別にフローラを助けたようとしたつもりもなく、ただちょっとうるさいトカゲを黙らせようとした。

 ただそれだけのことでしかない。


 なので問題が無ければそれで良く、感謝や謝礼などは特に求めてはいない。

 

(それによぉ、いくら現地人から許可をもらったとはいえ、希少生物をぶっ殺しちまったのは事実だしな。UENの連中が何か言ってくるかもしれねぇし、その前にさっさとトンズラかますのが一番だぜ)


 むしろそんな懸念の方が大きく、だからこそこの星から急いで立ち去りたいと考えていた。


「うっし、じゃあそろそろ上に戻るとするぜ」


 そして思い立ったら即行動、それが彼の性分だ。


「上……ですか? そういえばオルト様は……」


 記憶を辿り、彼が現れた状況を思い出すフローラ。


「うそっ……本当に空からやってきたのですか?」

「ああ。生身で大気圏突入出来るやつなんて、あんまいねぇしなぁ……」


 なら驚くのも無理はないかと、一人納得顔のオルト。


 そのまま彼は図太い両脚を大きく折り曲げ、力を貯めていく。


「その……また会えますか?」

 

 フローラが名残惜しそうな視線を向ける。


「星の巡りが良けりゃ、またどこかで会う事もあるだろうさ。じゃあな、嬢ちゃん」


 そう言ってビシッと敬礼をしたオルトは、顔を上へと向ける。


 そして貯めていた力を解放した。


「キャッ!?」


 蹴った衝撃で、地面が大きく抉れ砂ぼこりが舞う。


 一瞬、見失ったフローラが空を見上げると、その姿は豆粒ように小さくなっていた。


「……なんだったのかしら? これ……夢じゃないわよね……」


 呆然と己の頬をつねるフローラだが、そこにちゃんと痛みは存在した。



 空へと舞い上がったオルトは順調に加速し、すぐに宇宙速度へと達する。


 だが雲の海を抜け、成層圏へと辿り着いた辺りで異変が生じた。


「ん? なんだぁ? 今なんか妙な感触が……」


 そう思った瞬間に、彼の視界が反転した。

 星から脱出する軌道にあったのが、気が付けば地上へと真っ逆さまに落下していた。


「なんだこりゃぁ!? マジ意味分かんねぇぞ!」


 そうして再び重力に轢かれ、地上へと舞い戻っていく。


「ちっ。メンドクセェが、しゃあねぇな」


 だが前回とは異なり、今度は着地への意識をちゃんと持っていた。


 地上に人間が暮らしていることが判明した以上、下手な着地をすれば今度こそ人を潰してしまうかもしれない。

 である以上、安全な着地は必要不可欠だ。


「そういや、これやんの久しぶりだな」


 わきをしめた状態で脱力し、両脚を揃えたつま先が地面へと触れる。


 その瞬間、ひざを斜め前に突き出し、身体をその逆へと捻った。

 するとすねの外側、ふとともという順に接地し、その勢いのまま後転するような形を取ると、力がお尻、背中へと逃げていく。


 このように5箇所に順序良く接地することで着地の衝撃を殺す技術を「五接地転回法」と呼ぶ。


 見事な着地を決めて立ち上がったオルトの前には、一人の少女が立っていた。

 大きな目をパチクリとさせて、呆然とこちらを見つめている。


 それに対し、気まずそうに顔を背けながらオルトは告げる。


「よ、よう。また会っちまったな、嬢ちゃん」

「お、オルト様!?」


 本日2度目となるフローラの下に舞い降りた星の正体は、またしても彼であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ